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4話 夕子は『試練』弐を越えられるのか否か


***


 お母さんを殺した――この現実を――いや、妄想を私はまだ受け止められない。

 妄想だと分かっていても、私はお母さんを殺した。何がどう転んだとしても、それは変わらない。

 お母さんを殺した感覚がこの手に――この身体に纏わりついて、離れない。

 忘れることもない。消えることもない。記憶から外れることもない。

 絶望が身体中を支配する。私はもう、どうにかなってしまいそうだ。それこそ――今にも、消えて――


「夕子ちゃん」


「……委員長……」


 私の――最後の――しがみつける存在。

 誰も――『×()』も――××(ハル)もいなくなった。ここには誰もいない――目の前の彼女以外。


「私……人、殺しちゃった。それも、お母さんを殺した。この手で……、絶対に自分の手から殺した。殺すことを覚悟しないで殺して――私どうにかなっちゃいそう。これから私どうなっちゃうのかな。私には分からない。分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない――教えてよ! 私はこれからどうすれば――!」


 パンっ!

 乾いた音が私の世界で響いた。

 その音は、私の頬を平手打ちした音。

 平手打ちした相手は――委員長だった。


「どうして……委員長。私、何か悪いことした? ねぇ!? どうして今、私を叩いたの!?」


「クヨクヨすんな! ゆーちゃん!!」


「えっ?」


「あたしはゆーちゃんが好きだ。だけど今のその姿はなんだ!! 妄想で人を殺すくらい、誰でもあるだろ!! ゆーちゃんはそれが行き過ぎただけだ!! 本当の母親を殺してないだろ!!」


 ……どうしてそんなこと、言うの?

 そんな否定をしたら、


「……ハルはいないなんて言い方、しないで!」


 私の幻想が幻想だと自覚したい今、幻想が幻想だと否定されたら、私は――どうにかなってしまう。


「ハルは現実にはいない――それはもう分かってるんでしょ?」


「どうしてそんな冷たいこと……」


 どうして、冷たい言葉を浴びせようとするんだ……委員長は。

 いつもそんなことしないのに。どうして委員長は――、


「まず一つ正しておくよ、ゆーちゃん。あたしは現実を話しているだけ。幻想の世界では自由だよ。それこそ――なんでもアリ。だから、そこにとやかくは言わない。だけどね、現実と妄想は自覚して区別する必要があるんだ」


 妄想を妄想だと自覚して?

 妄想と現実を区別して?

 そんなの、


「そんなの、妄想なんかじゃない……」


 私の妄想はいつでも現実だった。いつでも現実として認識できていた。それが壊れて、崩壊して、終わって、どうにもならなくなって、袋小路で、だから今、絶望しているんだ。

 ……。

 委員長に……、


「委員長に、私の気持ちの何が分かる!!」


「分かんないよ! でも、現実でお母さんは死んでいない!! それは分かるでしょ! ――区別、できるでしょ?」


「…………」 


 本当はお母さんを殺していない――それは区別できている。

 だけれど、区別したと認識したら、私は幻想の――今までのことを全て否定してしまうことになる。ハルとの付き合いもそれこそ――消えてしまうことになる。それが嫌だ。

 まだハルと出会ったのは数日だというのに、――いや、本当はもっと前からであったはずだ。

 筆記体のX/Pを鏡映しにしてそれぞれの文字を別々に回転処理した――4/6からハルはいた。それからだ。ハルの記憶をどれだけ消しても、自身の心に刻まれ続けた。


『「初めましてゆーちゃん!」という記憶を消し、

 「ゆーちゃん、初めましてあたしは朝原晴陽。ハルって呼んでくれるとうれしいかな!」その記憶を消し、

 「ハル登場! やっほー初めまして、あたしハル! ゆーちゃんはさ――」その記憶を消し、

 記憶を消し、

 記憶を消し、

 記憶を消し、

 終業式までの三か月間、毎日毎日、ハルの記憶を消していたが、終業式には記憶を消すことを躊躇って、そしてハルと付き合った』


 そして、ハルと付き合った結果がこれだ。幻想と現実を理解しないといけない。つまり、私は妄想と付き合ったことを自覚しなければいけない。

 妄想と付き合ったことを自覚すれば、そのショックで私はハルのことを、消してしまうかもしれない。

 それなら死んだほうがマシだ。


「本当にそれでいいと思ってるの、ゆーちゃん?」


 委員長が私の目の前で問う。


「死ねばもう、ハルに会えなくなる。ハルと再開することはない」


「そんなこと……」

 ない。


 そう言いたかったけれど、駄目だった。その通りだった。死んだら永遠とハルに会うことは無い。


「でも、妄想と現実を上手く区別していけばハルとだってまた会える――そう思わない?」


 妄想と現実を上手く区別……。


「そんな区別、できるか分からない……」


「できるよ、ゆーちゃんなら! あたしも手伝う! 別人格のゆーちゃんも手伝ってくれるよ。そしたらきっと本当の意味で――ハルと付き合えるよ!」


 委員長の励ましは嬉しい。でも――


「クヨクヨしない! ゆーちゃんは自分と向き合えるほど強いんだ! あの禍々しい幽霊だって、立ち向かって倒せたんだ!! ゆーちゃんならきっと『試練』を超えて、ハルと付き合えるって信じてるから!!」


 委員長の感情が私に流れ込んできた。

 その本流はすさまじく大きく強く、そして何よりも熱かった。……委員長はこんなにも、私を想ってくれていて、願ってくれている。

 だから、私は答えるんだ!


「……分かった。私、この『試練』も、次の『試練』も超えるよ!」


「(<『試練』弐>――<妄想否定の間>クリア)」


 『試練』の終わりを告げるコールが流れた。


「(続いて<『試験』最終>――<鏡の間>に変更し、『試練』を開始します)」


 いよいよ、『試練』も最後の一つとなったようだ。

 それに安堵したと同時に、委員長は口を開く。


「夕子ちゃん。あたし、どうやらここまでみたい。あと一つの『試練』は本当の自身の克服のみ――だからあたしはここにいちゃ駄目みたい。最後の『試練』は参加できないけど、夕子ちゃんなら乗り越えられると思う。頑張れ!」


 唐突な内容に私は驚く。だけれど、私はもう一人で立ち向かえると思っている。だからこそ、私はいう。


「安心して委員長。絶対に乗り越えるから先に現実で待ってて!」


 その瞬間、再び世界は黒一色となり、委員長はいなくなってしまった。

 代わりとして現れたのは、無数の鏡だった。大小さまざまなものが、三百六十度――どこを見ても鏡だらけだった。

 そこに映し出されたのはハルだった。


***

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