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幽霊と付き合うことは可能か否か


夕子(ゆうこ)という人間において、イマジナリーフレンドは、仲良くなりたい現実にいる人を幻想の友達と置き換えているだけだ。別の人格――『夕子』はその置き換えをひた隠しにでき、夕子を騙し続けている。夕子を騙すことは、『夕子』にとって簡単だ。例えば、イマジナリーフレンドを似ている概念に置き換えれば、夕子は騙される。*


 真夏。うだるような暑さに、私は外に出ることさえ億劫になっていた。

 でも、今日は学校高校一年生一学期の終業式。明日が夏休みだと思えば、この程度の暑さは気合でなんとかしよう。


「よしっ! 今日も一日頑張るぞっ!」


 夏休みという名のご褒美のために、あと一日の辛抱だと、自分を鼓舞した。


 家を飛び出し、自転車に乗って、高校へと向かう。

 公道――自動車や自転車、バイク、信号機、歩道。様々な物が見えるけれど、それは誰でも見ることができるものだ。

 私は、普通の人には見えない存在を見ることができる。

 それが幽霊。幽霊とは言っても、足がない幽霊ではなく、人間を半透明にしたかのようなものだ。

 私はそれを幽霊だと気づく前、霊感があるとは思っていなかった。けれど、幼いころを思い出してみれば、そのころから幽霊は見えていた。

 幼いころ、幽霊という存在は当然知っていた。しかし、そのときの私の幽霊の定義は『足のない、白くて透明な存在』程度の認識だった。人が透明なら、それは幽霊ではないという考えがあったのだ。少なくとも、幽霊ではないと勘違いしていた。

 小学生低学年のとき、その存在が幽霊だということを知った。それ以来、私は霊感を持っていることをひた隠しにしている。


*『夕子』はこのように、夕子にイマジナリーフレンドを幽霊だと誤認させて騙している。*


 幽霊は好きではない……と思う。私の生活を不便にさせているから。でも、だからと言って嫌いなわけではない。

 不思議だけれど、幽霊には特別な感情を抱くこともある。これが、私にとっては、イマイチよくわからない。


*夕子の独白を、『夕子』は嘲笑う。「作った存在に、特別な感情を抱くわけがない」と。*


「おはよう! 爽やかな朝だね!」


 自転車を漕ぎながら、挨拶されて、思わず「おはよう」と返そうとしたけれど、気づく。


「幽霊?」


 半透明の存在。自転車を漕いでる速度で、足を動かさずついてくるのは、まさしく私の知っている幽霊だ。

 黒髪ロングは艶やかで、触ってしまいたいほどに綺麗に見える。そして不思議なのは制服を着ていたこと――それも、私の高校と同じ制服。となると、彼女は私の高校にいた幽霊なのだろうか。


「そうだよ、あたし幽霊! 名前は朝原(あさはら)晴陽(はるひ)。あなたのお名前は?」


「――夕子(ゆうこ)雨月(あまつき)夕子よ」


「へぇ、いい名前だね! これから学校に行くの? だったらあたしも行こうかなー」


 会話になり始めて、私は人目を気にするが、近くに人がいなかったので、安心して幽霊と話す。


「駄目。私と一緒に学校に行くのは、駄目」


「えー! 来ちゃダメなの、ゆーちゃん!?」


「ゆ、ゆーちゃん?」


「そ、夕子だからゆーちゃん。あたしにもあだ名付けて!」


 ここまでうるさい幽霊は稀だ。幽霊は未練があるから存在するはずなのに、彼女にはそのような雰囲気を感じない。しかも、いきなり話しかけてあだ名を付けてほしいなど、ネガティブな人間が多い日本では中々いない。

 私は晴陽に、どのようなあだ名をつけるか少し悩む。目の前の彼女の名前は朝原(あさはら)晴陽(はるひ)だから……、


「ハルちゃん……とか?」


「ハルちゃんかー。ゆーちゃん、ネーミングセンスないかもねー」


 せっかくあだ名考えたのに、否定された……。

 なんだかなあ。初対面でそこまでズバズバと言われるのは、幽霊の特権だと思うけれど、それでもあまりにズバズバ言い過ぎだ。


「あっ、高校見えてきたねー。このまま高校についていくのはやっぱ駄目かなー?」


「そうね。さっきも言った通り、学校に来るのはやめてほしいかしら。幽霊が近くにいると、どうしても視線を向けてしまうから、他の人に変な噂立てられかねないのよ。だから、学校が終わったあとならいいわ」


「そっか。分かった! じゃ、またあとでね、ゆーちゃん!」


 晴陽――ハルちゃんはそのままどこかに行ってしまった。

 そして眼前にはハルちゃんに言われた通り、目の前に高校が見えた。






*****






 私はスクールカーストで、最下層に属する。それは、ある意味では当たり前だ。

 私は女子たちのグループの輪に入ろうとせず、むしろ輪に入ることを拒絶していた。だから、自然と弾き出された。

 女子という生き物は集団が好きだ。感性を理解してほしい、同意してほしい、回りに共有したいからこそ、多く人がいる場所を好む。

 本来なら、私もそこに――グループの輪に入りたかった。しかしながら、ある事実を冷静に受け止めて考えれば、私は弾き出されるべき存在だ。

 私には、幽霊が見える。だからこそ、意味不明な行動を起こしているように見えるときがある。例えば、幽霊と会話しているとき、幽霊と喋っていることがバレなくても、勝手に独り言をつぶやく人とみなされ、気持ち悪いと思われるかもしれない。そして嫌われて、グループの輪から外される。

 そういうのは、ごめんだ。それなら、初めからグループの輪にいないほうが断然マシ。


 孤独で孤高ではない存在――落ちこぼれのように演じ、相手から手を差し伸べても冷たくあしらう。それが、高校生活での私だ。

 そんな私でも、積極的に話しかけてくれる人がいる。


「夕子ちゃん、おはよう!」


「……おはよう」


 学級委員長だ。女子で、男子からの人気はそこそこらしい。

 黒髪ロングの彼女の髪は、触ってしまいたいほど艶やかだ。そして、明るい性格。


*その特徴はさっき出会った『ハル』のようだ――その考えを夕子は排除し、『――』の記憶をほとんど消した。*

*『夕子』はそれを知り、夕子という人間を滑稽だと笑う。「委員長のようなイマジナリーフレンドを作ったのはお前だろ」と、言いたくなった。しかし、死体蹴りのような行為はやめようと思い、それを告げることはなかった。*


 委員長は誰にでも接し、だれにでも優しく振舞う。たとえそれが偽善だとしても、それほどまでに優しいと思える彼女は、稀有な存在だ。

 誰にでも優しい――つまり、スクールカースト最下位の私でも気軽に明るく声をかけてくれる。

 入学式――4月6日に、初めて高校に登校したときから、私に挨拶をしている。毎日毎日、4月6日から、相も変わらず今日もだ。

 それ自体は嬉しい、けれど迷惑だ。


 一度、「委員長さん。私、いつも言っているけれど、毎回挨拶しなくてもいいから」と、突き飛ばす言い方をしたことがある。けれど、それでも彼女は毎朝私に挨拶をしてきたのだ。社交辞令とかじゃなくて、心を込めた挨拶。嬉しいけれど、心苦しい。私の異常性に気が付いたとき、委員長はどう思っていしまうのか、常々考えてしまう。


*「その異常性はお前が意識しているものより恐ろしいからな。何せ、幽霊が見えるとかじゃなく、空想の人間を作り出す障害者なんだからな」と、『夕子』は夕子に忠告する。*

*夕子はその忠告を耳に入れることはない。『夕子』の言葉をいつも通り拒絶して、聞かなかったことにする。*


「今日は終業式ですよ、夕子ちゃん。そして明日からは高校入って初めての夏休みです! 最後のひと踏ん張り、頑張りましょう!」


「……そうだね」


 励ましなんていらないと思いつつも、委員長の勢いに押されて、返事をした。

 それと同時に、委員長と誰かの面影が重なった。――あれは……誰だったっけ? 確か、同じ黒髪の長髪で、明るい性格の――。






*****







 終業式が終わり、家に帰り、私の部屋に行くと、透明な人間――幽霊がいた。


「おかえり! ゆーちゃん!」


 黒色の長髪に、私の高校の制服を着ていて、どこか親近感が湧く幽霊。


*『夕子』は驚く。「お前は存在を消されたんじゃないのか?」*

*夕子は答えない。何も耳に入らない。*


「あなた、誰?」


「えー!! 忘れちゃったの、ゆーちゃん!? あたしだよあたし。ハルちゃんだよ!」


*夕子は幻想として消した記憶を元に戻した。*


 ……ああ、高校に行く途中、挨拶してきた幽霊か。少し、委員長に似ているような……気もする。


「完全に忘れていたわね……」


「酷いよゆーちゃん! あたし、こんなにもゆーちゃんのこと愛してるのに!!」


「嘘も大概にしなさい。追い出すわよ?」


「へーんだ! あたし、幽霊だから追い出せないもんねー!」


 腕と腕をクロス。仁王立ちしていた。まさに、ここから一歩でも動かして来いとでも、言わんばかりに。


「幽霊って強制浄化できるのかしらね? 試そうかしら。ちょっと待っててね、今からナイフを――」


「あー! ごめん、あたしが悪かったから、許して!」


 私が部屋から出ようとするのを、扉の前に先回りして阻止するハル。その姿と形を見て、多少違えどやはり委員長に似ている。だから、委員長が私に優しくするように、私はこの幽霊に冷たくすることはできない。まるで、委員長が友達になったと感じたから。


「……今日は許してあげるわ。それで? 貴方(あなた)はどうしてここまで来たのかしら?」


「なんでって? それはもちろん、ゆーちゃんと遊ぶためだよ!!」


 遊ぶ……幽霊と?


「私、幽霊と遊んだことなんてないけれど……?」


「いーじゃん、面白いよ? 幽霊と遊ぶの」


 そうはいっても、私は幽霊と話したりしたことはあっても、遊んだことは16年間の人生のうち、一度もなかった。


「遊びたくない? もしかして、あたしのこと、嫌い? なら、あたし帰るけど……」


 ――私とハルの考えが重なる。幽霊が見えるから、私は誰からも距離を取った。だからこそ、幽霊――ハルとは距離を縮めたいと、『本心』がそう告げた。


「遊ぶわよ」


「えっ? いいの!?」


「いいも悪いもないわ。それで、何して遊ぶの?」


「タピオカゲームってのは?」


 その意味不明なワードに、私は小首を傾げた。


「何その、タピオカゲームって?」


「何かで勝負して、負けた方(・・・・)がタピオカジュースを飲む。飲めずにギブアップしたら負けって感じかなー」


「感じかなって……。タピオカゲームは造語でしょう? 貴方が作った言葉でしょう? どうしてそんなにあやふやなのかしら?」


「むー、そこは許してよ。最近の女子高生の間ではタピオカが流行っている。それなら、タピオカで何か賭け事をした方が面白いと思わなーい?」


「…………」


 私は女子高生の流行に乗ることが難しい。なぜなら、女子グループに入れなかったから。共有もできず友達もできず、タピオカを誰かと飲んだことなどないから。もちろん、委員長ともタピオカジュースを飲んだことは無い。だからこそ、タピオカゲームに少し惹かれた。


「分かった。タピオカゲーム、やりましょう。それで、ちゃんとタピオカゲームの説明をしてくれるかしら?」


「んー? 大体さっき言った通りだよ。何かで対決して、負けた方がタピオカジュースを飲む。それで、飲みきれなかったら罰ゲーム」


「罰ゲームって、何でもいいのかしらね?」


「できる範囲ならって条件のつもりだけど、ゆーちゃんそれでいい?」


「分かったわ。でも、少し気になることがあるの。……幽霊ってタピオカジュース飲めるのかしら?」


「飲めるよー。試しにあたしに飲み物を提供してみてよ!」


 私は「本当に飲めるのかしら?」と呟きながらも、学校に持って行った水筒を渡した。

 まず、手に取れるかだけど、ハルはさも当然のように水筒を手に持ち、そしてさも当然のようにその中身を飲んだ。


「これ水なの? 珍しいね」


「そうよ。水は美味しいわ」


 どうやら、本当に飲んでいるようだ。適当にいうなら、お茶とか言ってしまうだろうから、ハルは本当に水筒の中身を飲んだのだ。


「ゆーちゃん、これであたしが飲み物を飲めるってわかったかな?」


「分かったわ。では本題に入りましょう。何で対決するの?」


「トランプ、あるいはボードゲームで対決する?」


「分かったわ。指定する種目は交互、それでいいかしら?」


「うん! いいよ。あたしが『ゲーム』の提供したから、ゆーちゃん、先に種目選んでいいよ」


 こうして、タピオカゲームが始まる。

 タピオカジュースを大量に買ってきて、私が初めに選んだ種目は将棋。

 安直に将棋を選んだのだけれど、しかし考えてみれば、ハルは女子高生っぽい幽霊だ。将棋のルールさえ知らないかもしれない。だから、あまりに一方的になるとつまらないから、やめようとしたのだけれど、


「あたしも将棋できるよ!」


 と、ハルが言ってきたので、将棋をすることとなった。女子高校生のような見た目をしているのに、将棋ができるなんて珍しい。まあ、私もその珍しいの枠組みに入っているのだけれど。


 将棋には様々な攻撃の仕方があるけれど、私とハルは同じ攻撃の仕方で、そして実力も何故か拮抗していた。

 まるで実力を合わされているかのように、拮抗した展開で、局面は終盤まで分からない。


*夕子は空想の友達に、無意識に手加減をする。ハルが勝った姿を見たかったから。*


 終盤。私は凡ミスをして、ハルが勝った。


「わーい! 勝った勝った!!」


 私は、ハルのあまりの無邪気さに釘をさす。


「……顔面トマトまみれにしてあげようかしら?」


「そしたらゆーちゃんの顔もトマトまみれにしてあげるー!」


「どうやら真っ赤に染まった人体の液体の方が好みで」


「えっ? 血!? やだよ! 血にまみれたらあたし、スカーレット色に染まっちゃう! って、ちょっと待って! なんでゆーちゃんタピオカ飲んでないの!?」


「ちっ、バレたわね」


「あー! あたしに舌打ちしたー! あたし、今まで誰にも舌打ちされたことなかったのにー!!」


 頬をぷくーっと膨らませながら、私に怒りを向ける。

 それに思わず、心の中でクスっとしてしまう。


 そうか、これがお互いを許し合える関係で、信頼し合える関係なんだ。

 そう思いながら、ハルに悪態をつき、そしてタピオカを飲んだ。


*夕子はハルのことが好きになり始める。それは、友達の好きなのか、恋人の好きなのかは、分からない。*

*『夕子』も夕子だから、その感情が流れ込む。しかしその感情が流れ込んでも、一人二役を俯瞰的に見ている『夕子』は、ハルを好きだとは思わない。けれど、笑うことはなくなった。*






*****







 タピオカゲーム。

 結局、私は負けてしまった。

 タピオカジュースを何杯飲んだのか数えたくないほどだ。もう、タピオカを見たくない……。

 だから、私は白旗を上げて降参。


「あたしの勝ち! じゃ、あたしの願い事、聞いてくれる?」


「……私が叶えられる範囲であれば、ね」


 罰ゲーム、か。正直、初めて罰ゲームを受ける気がする。

 マシな罰であればいいのだけれど――、


「じゃあ、あたしと付き合って!」


 ……。数秒。何を言っているのか、理解できていなかった。

 この状況で――このシチュエーションでの付き合ってとは、つまり『恋人関係になりたい』ということに他ならないのだから。


「……貴方、自分の存在を理解しているのかしら?」


 私は思わずそう聞いた。

 彼女は――ハルは幽霊だ。しかも、今日初めて会ったばかりだというのに、告白してきた。

 けれど。

 初めて会ったにしては、仲良くなり過ぎだ。

 私は今まで、年の近いの人とは意図的に距離をおいていた。それを考えれば、同級生のような見た目でここまで仲良くなれたのは、私の人生において前代未聞。

 そう思うと、運命なのかもしれない。


*夕子は運命だと思った。*

*『夕子』は「お前がその存在を生み出したから、好きになるのは当たり前だ」と、そう言いたかった。*

*けれど、違和感――お人形ごっこだと、嘲笑っていたはずの『夕子』は、この状況を徐々に笑えなくなっている。*

*それは、夕子と幽霊(ハル)――二人とも、本当の恋をしようとしているから。その異常な恋の感情が『夕子』に流れ込み、抵抗することができなかった。*

*それほど、二人の感情は、強く、素晴らしいものだった。*

*だから、『夕子』はその現実を受け入れ始めた。*


「あたしは幽霊。でも、幽霊と人間が付き合うってのも、ありじゃないかな? 今、あたしね、想いが、止められないのっ!」


 幽霊だろうが何だろうが、ハルの想いは重く、間違いなく、ホンモノだ。

 それを実感できる。


*『夕子』は二人の気持ちが本物だと、理解させられてきている。しかし、本当に、イマジナリーフレンドの恋などあっていいのか、疑っている。*

*だから、『夕子』は夕子の無意識を乗っ取り、最後の反撃に出る。*


「でも、私は女で、貴方も女、なのよ?」


「いいじゃん。むしろ上等だよ。同性で、幽霊と人間っていう隔たりがあったほうが、燃えるじゃん? その程度の障害、愛があれば乗り越えられる、だよっ!」


 愛。

 たとえ人間の垣根を越えようと、同性だろうと、愛があれば関係ない。そういう本は、幾つか読んだことあるけれど。事実は小説と同列なり。いや、それ以上なんだと、目の前で思い知らされる。

 私はたしかに、ハルのことが……好きだ。でもそれは、友達同士の好きかもしれないし、恋人同士の好き……なのかもしれない。

 こればっかりは、恋愛をしたことのない私には分からない。


*『夕子』は二人のことを俯瞰的に見られなくなっていた。最後の反撃も簡単に跳ね除けられ、夕子の感情がさらに『夕子』にも共有される。だから『夕子』は、二人は付き合えと思い始めた。*


 私は間違いなく、ハルのことを好きになった。それだけは、間違っていない。

 まだ出会ってから一日も経ってないのに、好きなのだ。

 運命の出会い。

 ハルがたとえ、人間でなかろうと、私にしか見えない存在であったとしても、何があっても、私はハルのことが好きなのだ。

*『夕子』は恋を邪魔することを諦めた。そして、この恋が実ることを応援した。だから、「さっさと付き合えよ」と『夕子』は夕子を後押しする。*

 だから――、


「分かった。付き合うよ」


「……いいの?」


「罰ゲームだしね。しばらくは付き合ってあげるわよ」


 戯言で取り繕う。

 もし、ハルが「付き合って」と言わずとも、何故か彼女と付き合いたかった。それは容姿が委員長に似ているだとか、そんなこと抜きにして、付き合いたかった。

 それほどハルのことが好きなのかもしれないと、このとき感じた。


*「本当はもっと前から、好きだと自覚していたくせに」と、『夕子』は笑う。嘲笑うのではなく、陽気な笑い。*


「付き合うならこれからはもうべったりだよ! 朝のおはようから、おやすみまで、あたしはゆーちゃんの隣にいて、いつでもゆーちゃんを愛します」


 ――重なる。やはり、委員長に似ている。しかしそれ以上に、運命という言葉の方がしっくりきた。委員長に似ているよりも、前世で見たと言った方が、しっくりきた。

 だから、思わずそれを話す。


「私、貴方の前世を見たことがあるかもしれないわ」


「そうなの? それって運命、だね!」


「運命ついでに一つ聞きたいことがあるのだけれど……?」


「何かな?」


 運命のついで――命が運ばれたときについて――命を授かったときについて――産まれたとき――生まれた月日について、気になった。


「私の誕生日――4/(4月)9(9日)なのだけれど、ハルも同じじゃ、ないかしら?」


 それは直感。だけれど確かな感覚。どうしてこの感覚があるのだろう。

 ハルは「うーん」と、少し悩んで、それから話し出す。


「なんていえばいいのかな。誕生日は4月9日でもある、かな。ただし別の誕生日もあるんだよ。それが、『あたし』の誕生した日。

 ヒント! 筆記体のX/P――鏡に映してそれぞれの文字を別々に回転処理する、みたいな!」


 誕生日が2つあるって、何を言っているんだろう? オマケにもう一つの誕生日は謎々のせいで分からないし……。

 何もかもが分からないので思わず、


「誕生日が2つある人なんていないわよ……」


 そうツッコミを入れてしまう。


「あー……。……、あたしって幽霊じゃん? だから誕生日2つあるんだよ」


「ん? それってどういう――……もしかして、人として産まれたときの誕生日と、幽霊として誕生した日ってこと?」


「それそれ! そういうこと!」


 それなら、さっきの捻くれた謎々は要らないとは思うけれど、とは言えない。きっと彼女なりの、照れ隠しなんだろうから。


*ハルは委員長によって生まれた存在――委員長を置換して、幻想の友達として仕立て上げた存在。それがバレれば、夕子はハルのことをどう思うか怖かった――そんな『夕子』はその事実を隠そうとする。*

*委員長と出会った日がハルのもう1つの誕生日――『筆記体のX/P――鏡に映してそれぞれの文字を別々に回転処理する』――その答えが4月6日であることを、『夕子』は必死に夕子から隠す。*

*『夕子』のその行為は、今まで嘲笑っていた――そのことを自省していたからだった。だから、『夕子』は夕子の恋の邪魔を止めて、恋の邪魔になりそうな今の情報を排除したのだ。*

 ともあれ。


「これからもよろしくね、ハル」


「こちらこそよろしく、ゆーちゃん!」


 私とハルは、これから恋人同士。

 初めて会ってから一日も経たないけれど、そういう展開があったっていいと、私は思った。

*イマジナリーフレンドとの恋があってもいいと、『夕子』は思った。*

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは面白い視点からのお話ですね(≧∇≦) 楽しみにしてます(*゜▽゜)ノ [一言] アナウンスさんがいい仕事をしていると思います 彼がいないと混乱する人もいるかもしれません 「今の自分…
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