前編
『レイト! 大きくなったら、あたしと結婚してね』
『抜け駆けはずるいです! レイトさんは私と結婚するんですから』
『2人共ダメー! お兄ちゃんは、ルナと結婚するんだもん』
俺にはとても可愛い3人の幼馴染達がいた。
赤いポニーテールが目立つ、勝気で活発な少女のカレン。
長い黒髪がとても綺麗で、落ち着いた雰囲気を持つフィリア。
そして金髪ショートが似合う可愛い義理の妹、ルナだ。
3人共、俺なんかには勿体ないほどの美少女であるにもかかわらず、みんな俺に好意を持ってくれていた。いつでも俺達4人は一緒だったし、仲良く暮らしていたんだ。
「レイト……もしもさ、あたし達の中から選べないって言うなら……3人一緒でもいいからね?」
「えっ、カレン。それってつまり」
「もう、言わせないでよ! みんな、レイトのお嫁さんになりたいってこと‼」
顔を真っ赤にしながら、俺にそう告げて来たカレン。
周りを見ると、フィリアとルナも同じくらい顔を赤くしながら俺を見ていた。
3人の様子を見て、俺は腹をくくったよ。
みんな幸せにしてやるってさ。
全員に告白しOKを貰った俺は、その日――3人の愛しい恋人が出来た。
恋人となってからも、それほど日常に変わりはなかったけどな。
元々仲が良かった俺達にとっては、恋人となってからもその延長に過ぎなかったのだ。素敵な恋人たちが毎日笑顔を俺に向けてくれるだけで、幸せだったよ。
しかし、そんな幸せな日はあっけなく終わりを迎えた。
ある日――勇者と呼ばれる男が俺達の村に立ち寄ったんだ。
「僕の名はアルフォス。世界を救う勇者と呼ばれている者だ。補給のため数日寄らせて欲しい」
世界を救う勇者様は、凄まじいほどの美丈夫だった。
短髪の光り輝くプラチナブロンドと端正な顔立ちが合わさったその姿は、勇者というよりも王子様といった方が正しかったかもしれない。
俺にくっついていたカレン達ですら、思わず魅入っていた。
その様子を見て、男として何一つ彼には勝てないと意気消沈した俺だったが、すぐに3人は慰めてくれた。
「勇者様は確かに良い男かも知れないけど、あたしにとって世界で一番はレイトだからさ‼ そんな落ち込まなくても大丈夫だってば!」
「そうですよ、私達はレイトさんの優しさに惹かれたんです。もっと自信を持ってください……レイトさんは、素敵です」
「お兄ちゃん! ルナの愛を疑うなんて酷いよ。どんなときでも、お兄ちゃんだけを愛し続けるって言ったじゃん! もっと信じてほしいなぁ」
3人の言葉に、俺は泣きそうになった。
こんなにも健気で、一途な幼馴染達を疑うなんて……俺は最低だ!
「ありがとな、みんな。勇者様は世界を救うために頑張ってるのに、それに対して嫉妬するなんてらしくなかったよ!」
「そうそう。レイトはそうやって元気に振舞ってるのが一番似合ってる!」
カレンがそう言って、俺の肩を軽く叩いてきた。
フィリアは優しく微笑み、ルナは俺に抱き付いてくる。
彼女達がいたおかげで、俺はいつの間にか劣等感から抜け出せていた。
どんな男が現れても、俺達の愛は決して揺るがないのだと確信したからだった。
それなのに――――
「あぁん……きてぇ、アルフォス……♡」
「カレン、君は最高の女だ……‼」
外にいるにもかかわらず、ギシギシという激しい音と共にカレンの嬌声が響く。
そう――あれから僅か数日後に、カレンはアルフォスから寝取られた。
カレンから具合が悪いから家に帰ると言われ、心配になった俺がカレンの家まで来てみれば、このざまだ。一体いつから、奪われていたのか想像も付かない。
「うぷっ! げぇええっ……」
堪えきれずに、胃の中の物を全て吐き出しても、気持ちが落ち着く事は無かった。ふらふらとしながらも、俺は何とか自宅まで戻る。
すぐにフィリアとルナを呼んで、カレンの事を話した。
2人共、カレンのことを怒ってくれると期待した。
一緒に悲しんでくれると思った――だが。
「はぁ、お兄ちゃん……なんで家まで行ったの? カレンさん、具合悪いから来ないでって言ってたじゃん」
「そうですよ。アルフォス様との蜜の時間を覗き見るなんて……最低ですね」
「えっ?」
侮蔑の眼差しは、何故か俺へと向けられ――そして2人から俺は責められた。
「ル、ルナ……? フィリア……?」
「あーあ、カレンさんバレちゃったみたいだし、そろそろ潮時かもね」
「ですね。もう誤魔化す必要も無くなりましたし、私達もアルフォス様のところへ行きましょうか」
2人で何やら話した後、俺の家からそのまま出て行ってしまい。その後――結局、帰ってこなかった。
3人の事が気になり、全く睡眠も取れなかった俺は、朝になると急ぎカレンの家へと向かう。頭の中は混乱していた。昨日まで、幸せな毎日だったのに……一体何が起こってるんだ?
俺がカレンの家に着くと同時に扉が開き、中から4人の人物が出て来る。
その光景を見て、俺は衝撃に襲われた。
そこには――勇者アルフォスに抱き付く、最愛の幼馴染達の姿があったのだから。ルナとフィリアは自分の身体をアルフォスに擦り付け、媚びるような様子だった。
そして、カレンは……アルフォスと舌を絡めた濃厚なキスを交わしていたのだ。
「なっ――!!」
余りの光景に、何を言えば良いのかも忘れてしまう。
そんな悲鳴のような声を発した所為で、4人は俺の存在に気付いた。
「んちゅ……ぷはっ、あれ? レイト、何でこんな所に居んの? 具合悪いから来ないでって言ったよね、あたし。早く消えてくれない?」
「うわぁ、まさか私達の後をつけて来たんですか? 気持ち悪い男ですね」
「お兄ちゃん、最低」
言われた事もない様な、罵倒を浴びせかけられ……俺がショックでいると。
「おい、彼女達は勇者である僕の女になったんだ。君みたいな価値の無い男がこれ以上付き纏っていい存在ではないんだよ?」
勇者様が……いや、人の女を寝取ったあげくに訳の分からない事をほざくクソ勇者が、そんな事を言いやがった。
「付き纏って、だと? 人の恋人を寝取っておいて――ふざけんじゃねぇッ!」
カッとなった俺は、勇者に殴りかかったが、軽く躱され逆に腹に一発強烈な拳を食らわされた。
「うげぇッ! かはっ……」
「やれやれ、これだから野蛮なゴミは困るね」
肩を竦めながら、クソ勇者はそう言うと、地面に転がっている俺を足で踏みつけカレン達へと話し始めた。
「こいつの惨めな姿を見るんだ。こんな奴のために君たちの人生を無駄にしていいのか? いや、このゴミにそんな価値などあるはずない。君たちに相応しいのは、もっと素敵な男性の筈だ」
「あがああああッ!」
俺を強く踏みつけながら、クソ勇者は言葉を続けた。
「カレン、フィリア、ルナ。君たちの事は村に来て一目見た時から気に入っていた。そして何度も君たちと愛し合って分かったよ。これは運命なんだって」
何か熱く語ってやがるが、人の女をこそこそ寝取ったあげく……人を平然と踏みつけているクズ野郎の言葉なんぞなにひとつ響かなかった。
3人も、これを見れば勇者の本性に気が付いただろうと思った。
だが――
「そうよ‼ あたしはそんなゴミじゃなくて、アルフォスと結ばれるために生きてたんだ」
「……なんて素敵なお言葉なのでしょう。私の身も心もアルフォス様のモノです」
「ルナの運命の人は、アルフォス様だったんだ。おにい……ううん、そこの汚物はルナを騙してたんだね」
恍惚な表情で、3人はアルフォスという存在に酔いしれているようだった。
こんな……こんなあっさり、捨てるのかよ? 俺達が一緒だった、15年の歳月は……その程度だったって言うのか?
「3人共、僕の妻にする。みんな……愛してるよ」
3人にそう告げたクソ勇者は、もう邪魔とばかりに俺を蹴飛ばし、そのまま3人へと近づいて行った。
「アルフォス……あたしも、アルフォスのこと大好き‼」
「アルフォス様……今日は、人生で最も嬉しい日になりそうです」
「ルナも、アルフォス様の事を愛してる。今日は一日中愛してください」
泣きながら、クソ勇者と笑顔で笑い合う幼馴染達……。
そんな中、俺だけが冷たい地面にうずくまっていた。
――なんで、だよ。
――おまえら、おれのこと、すきじゃなかったのかよ。
「それじゃあ、みんな! こんな村は捨てて、王都にある僕の家に行こう」
クソ勇者がそう言うとカレン達は笑顔で頷き、付いて行こうとした。
「みんな……いかないで、くれ」
俺は気力を振り絞り3人を引き留めた。
そんな俺に対し、かつての恋人たちは。
「は? キモいんだけど。もうあんたみたいな石ころに興味ないから……そこで死んでてよ」
心底嫌そうな顔で俺を睨んだカレンから、顔に唾を吐きかけられ。
「あれ? あなた誰でしたっけ? こんな汚物みたいな人、忘れちゃいました」
いつも俺に優しい言葉を掛けてくれたフィリアからは馬鹿にされた挙句、汚物扱いされ。
「ああ、丁度良いや。これからルナはアルフォス様と家族になるんだから、あんたみたいなゴミとは家族の縁を切るね。さよなら」
ルナからは、兄どころか家族の縁すら切られ――俺は、全てを失った。
こうして――最愛の幼馴染達は、俺を捨て勇者のモノとなった。
それから、10年の月日が流れた。




