第10話 中川詩音の憂鬱
お姉ちゃんと出会ったのは雨の日の夜だった
ボロボロの衣服を身に纏ったお姉ちゃんは私の部屋のドアの前で倒れていた
体を起こさなければ中を入ることはできない、仕方なく話しかけることにする
「あの、私の部屋に何か御用ですか?」
「………」
返事はない。息はしているのでただ寝ているのだろう
正直迷惑だ。かといって放置したまま中に入る訳にもいかない
力仕事は得意じゃないけど、彼女を引き摺ってでも中に入れることにした
見たところ外傷は見られない。衣服も特別な何かがあるわけでもない
ただ、私同様に魔法が使える場合突然襲われるかもしれない
油断はできない。彼女は割とすぐに目を覚ました
「ここは…?」
「私の部屋。ドアの前で倒れていたところを連れてきたの」
「そう。それなら読みは当たっていたということね」
読み?一体何のことだろう
「私の名前はレイっていうの。助けてくれてありがとうね」
「いえ、ドアの前で倒れていて邪魔だっただけですよ」
とにかくあまり関わりは持ちたくない
よく思われないようになるべく冷たい対応をする
「あーごめんね。人の気配がする場所ってここぐらいしかなくて」
「…?」
何を言っているかよくわからない
ここはかなり大規模な住宅街
それこそ隣の家にも人はいるはずなんだけど
「それで、ちょっと人を探しているの。長髪の男性でお調子者な人知らない?」
…雑な特徴。だけど心当たりは一人いる
斎藤一。性格と行動から何を考えているかわからない人
あまり関わりはないが、彼の知り合いなのかな
「心当たりありそう?」
「特徴が曖昧なので何とも言えませんが一人」
「本当?あいつ、私に借りがあるから紹介してくれない?」
「はぁ…」
とりあえずその日は別室で眠ってもらうことにした
次の日、学園に登校することを伝えると
「え、なにそれ面白そう。ついて行っていい?」
その一言から怒涛の展開が始まったのだ
彼女は自分は生き別れた私の姉だとか名乗りだし勝手に入学手続きを済ませた
通常は試験が行われるのだが教員と知り合いらしく免除
そして急速にマスタークラスになったのだ
「大丈夫か?顔色悪いぞ」
「平気…」
まだまだ色々あるが正直、ついていけない
私の親友の棗沙夜ちゃんが心配してくれるが限界ギリギリ
「沙夜ちゃん、本当に彼女に悪気はないの?」
「ああ、全く邪心が感じられない。かなりの強者だな」
「感心しないでよ…はぁ」
私は至って普通の女子高生なのだ。できるなら平穏に過ごしたい
だがそんな日常は悉く潰されていく。彼女に悪気がないから性質が悪い
そして…
「おい、ちょっといいか」
「はぁ…」
「あん?一体何の用だ」
顔を上げるとハイレベルクラスなど上級生
ああ、もうそんな時間か
「大丈夫だよ沙夜ちゃん。多分アレだから」
「…アレか」
「アレだ。悪いなうちの姐さんが無茶を言って」
もはやアレで通る定例行事が出来てしまった
「今回はちらりと見える笑顔に驚く姉でいきましょう」
「おお!いいねそれ!」
「はぁ」
斎藤一もといカメラマンの要望に応える行事だ
要望は匿名で送られてくる
彼女たちはその中から面白そうなものを選び、写真を撮る
その写真がどこに使われているかは知らない
下衆が考えるような要望はないし、至って健全
逆にそのような行為をしていたのを彼女が半殺しにしていたっけ
何しろマスタークラス。異常魔法は全く効かない
「ほら詩音、笑顔笑顔」
「笑顔っていっても、ちらりとでしょう?う~ん…物を使うのはあり?」
「全然OK」
私はその要望に時々応えている役者
報酬はその時望むものでいいから断りにくい
「それじゃああの花畑使うから、お姉ちゃんお願い」
「了解、とりあえずずっと驚いておこうかな」
「よし、『RECキューブ、展開』」
斎藤一は魔法陣を展開し、透明で巨大な立方体を花畑を含む場所に設置する
この中に入れば撮影開始だ。集中…
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「はい、お疲れ様。今日はどうする?」
「今はいい。また今度お願いする」
撮影会が終わり、帰路に就く
だいぶ撮ったのでかなり疲れた
「あ、あの、これお願いします!」
「え?あ、ありがとう」
私のファンだという生徒から飴玉を渡される
もう一度言うが、写真がどのように使われているかは知らされていない
だから私にしてみれば不気味極まりない
「今日は沙夜ちゃんはいないか…」
そんなこともあって私は段々孤立していった
沙夜ちゃんは親友だけどクラスが違うため時間が合わないこともある
「何度も言うが逃げたくなったら言え。力になる」
沙夜ちゃんはああ言ってくれているが数少ない親友に迷惑はかけたくない
察してくれている先生が私もスーパークラスに行けばいい、姉には才能があるのだからと言うが
姉はもともと赤の他人だ。彼女が天才でも私は一般人だ。変わりはない
いっそ彼女の大躍進ぶりに誰かが嫉妬していじめてくれたらいいのに
そんなとき風間さんたちが現れた
彼女とずっと一緒にいたからわかる。多分同じところから来たのだろう
すぐに彼女と意気投合し学園に入学、マスタークラスに合格した人もいる
これ以上私の日常を壊してほしくない
そう思った瞬間、あることを思いついた
同士討ちすればいいのではないかと
同じマスタークラスなら少しでも戦力が多いほうが勝つ
そして消耗した状態の彼らを沙夜ちゃんと一緒に撃破するのだ
「…本当にそれでいいのか?」
「もちろん、お願い沙夜ちゃん」
「はぁ、分かった。作戦は考えておく」
沙夜ちゃんは了承してくれた
向こうのリーダーである拓也さんには最初断られたけどなんとか受けてくれた
もう後戻りはできない
キャンセルは受け付けると聞いていたがそんなつもりは全くない
自分の全てを投げ打ってでも彼女…いや
レイを殺す
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「なんだ今の夢は。なんだあの語りは」
健やかな朝を迎えると思ったら悪夢に苛まされた
「自分が描いたキャラの思い出が夢に出るとか酷すぎるだろ」
しかも詩音は当初思い描いていた常識系ツンデレ枠とは少し異なっていた
黒歴史ではもっと劣等感とか重く描いていたはずなのに…
「もう一度言おう。色々無断で人の黒歴史を脚色するのやめてくれませんかね?」