将棋が好きな神様の悪戯6
引き続き盤面図を載せています。
元は自分のへぼへぼな実戦譜なので、イメージできるなら見る必要は特にありません。
突っ込みどころも山ほどある棋譜だと思います。
この9五角は石田流を指す振り飛車党にとっては知っていて当然の一手
石田流対抗系序盤定跡の中で、恐らく最も有名で強烈な一撃だ。
石田流は三間飛車の理想形と言われる戦形だが、序盤の駒組が悩ましい。
角道を止めず、角頭も守らないため、一見飛車先の突き捨てが急所の様に見える。
しかし将棋はそんなに簡単なゲームではない。
今回のような直線的な突き捨ての場合、最終的に8六に飛車が来ることになるが、この飛車の位置が非常によくない。
その最たる例が、今回のような7四歩の突き捨てと角交換を入れてからの9五角。
8六の飛車と5五の玉が角道にいる為、9五角が王手しながら飛車が取れる【王手飛車取り】になるのだ。
これがもし副団長とやらの本気ならあまりにもお粗末すぎる。
俺の知っている地球の将棋なら、早石田に対する後手居飛車側が今回のような8六歩の突き捨てを入れる事はまずない。
殆どの場合、その前に銀上がりや玉上がりを入れ、今回のような筋を消してから突き捨てを入れる。
(例えば6二銀の一手だけでも入っていれば、9五角は王手飛車にならなくなる。
もっとも、それだけでは別の筋がケアできないので、対策としては不十分だが。)
ともあれ、こうなってしまっては相手はどうしようもない。
なにせここまでたった15手しかかかっていない。
序盤も序盤、最序盤である。
こんなところで飛車をただで渡してしまうような将棋では、とてもじゃないがまともな勝負にならないだろう。
「飛車が成り込めない理由がわかったかい?」
俺は努めて優しく声をかける。
さんざっぱら暴言を投げつけてくれた彼だが、まぁ道場で子供と指す時にはよくあった事だ。
小学生の盤外戦術と思えば腹も立たない。
「あ…あぐぅ…うぅ…く、くそ…。」
副団長サンの手が震えながらスクリーンに触れる。
『4二玉』
…ふーん、続けるのか。
それなら最後までお相手しよう。
これで負けたら恥ずかしすぎるからな。
盤面に集中して…と。
『8六角』
『8五歩』
『7七角』
『3二玉』
期せずしてノーマル三間みたいな配置になったな。
8筋から抜けるか?
『8八飛車』
「…。」
『7三桂馬』
流石に無理か…。
まぁそれなら中から破るだけだ。
『5五角』
『6二銀』
『8二飛車』
「ぐっ…!」
『5四歩』
『7三角成』
ビー
?
「あ!」
(あぁ。馬を取ろうとしたのか。
飛車がピン止めしてるから取れないんだよ、残念ながら。)
「う…ううぅ…くそが!」
『7一金』
…二枚替え出来るからいいか。
『6二飛車成』
『6二同じく金』
『6二同じく馬』
「やっと…飛車が…でも…うぐぐ…」
(へぼ将棋。玉より飛車を可愛がりだっけか?
先達の格言は偉大だねぇ)
『3三銀』
『8五飛車』
(やっと飛車が捌けた。)
「これで…どうだ!」
『7六角』
(うーん。まぁ流石にこっちが早いかな。)
『8二飛車成』
『6七角成』
「よ、よし。まだ勝負はついてない!
まだいける!」
(いや、もう無理だろ)
『5一馬』
ビー
またか…
「あ!!」
開き王手による王手金取り。
どうせ王手に気づかず金で馬取ろうとでもしたんだろ。
『4二銀』
『4一馬』
「ぐぐぐ…うぐうぐうぐ…」
『4一同じく玉』
『5二金』
「うあ…うあああああ…!」
『3二玉』
『4二金』
『2二玉』
『4三金』
(合い効かず…。流石に終わりだろう。)
「……………。
負け…ました…。」
「ありがとうございました」
その言葉が投了のコマンドか何かなのだろう。
目の前のスクリーンに大きく『勝利。代償:銀貨30枚』と表示され
スクリーンからガチャリと金属音を立てて革袋が落ちた。
革袋の中には、対局前に言っていた例の銀貨が入っているらしく
持ってみるとそこそこ重かった。
「ふぅ…。なんとかなった」
何となしに独り言つと。
『うおおおおおおおお!!!!』
周りからそれはそれは大きな歓声が上がった
「副団長に勝った!?」
「あの旅の人は一体何者だい!?」
「まさかイカサマをしたんじゃ…」
「馬鹿言え!!シンバンは神の裁定だぞ!!イカサマなんか出来るわけがないだろ!!」
「でも…じゃあどうやって副団長に!?」
「奇跡だ!!奇跡が起きたんだ!!」
「あの人は王国軍から俺らを助けに来てくれた救世主だ!」
歓声に混ざって漏れ聞こえてくるざわつき。
いやいやいやいや…。
あの程度の相手、将棋道場通ってる小学生なら大抵の子が勝てますがな。
てかあの程度の棋力であの態度とか…
この世界、将棋が強権握ってる癖に棋力低すぎないか?
この副団長でもいいとこ町道場基準で4級ってとこだぞ。
…これは…もう少しこの世界について知らないとまずいな…。
「気が済んだかい?副団長さん。」
僕は呆然自失といった体で立ちすくんでいる副団長さんに近づき、そう声をかけた。
「お前…本当に初めてシンバンを…。
いや、戦歴は確かに一切無かった。
…だとしたら俺は素人に負けたのか…。
俺が…素人に…。」
おおぅ…心バッキバキやんけ。
話し方は超ヤンキーなのにメンタル弱っ!
「はは、まぁ運が良かっただけですよ。
…時に副団長さん、」
「…なんだ」
「もう一戦。やりませんか?」
「…なんだと?」
俺のその言葉を聞いた瞬間、副団長サンの目に光が戻り、周りの歓声もぴたりと止んだ。
まさか再戦をこちらから言い出すとは思ってもいなかったのだろう。
俺も必要に駆られなければ言い出さなかったんですがね。
「…貴様の目的はなんだ。」
「そっちが負けたらそこの猿轡をした子を俺に渡してもらいます。
俺が負けたらさっき貰ったこの銀貨をあなたに返し、あなたが所属してる王国に入りましょう。
まぁ犯罪者扱いはごめんですがね。それでどうですか?」
「…。」
大抵のラノベじゃ国家に関わると殆どの場合面倒くさい展開が待ってた。
故にラノベ世界にいろんな部分が似てるであろうこの世界じゃ、俺は可能な限り国家にはかかわりたくない。
つまり、この副団長さんやその所属団体から話を聞く選択肢は無い。
危ない。
怖い。
なので、この世界の話はこの農村の人から聞く事にした。
あの幼女はその取引の土産代わりにちょどいい。
さっきのアラフィフおじさんなら色々教えてくれそうだ。
ま、最悪負けても犯罪者扱いされないなら別にいいだろ。
(とはいえ…正直こいつ相手に負ける気は一切しないんだが…。)
「ふん!いいだろう!さっきは少し油断しただけだ!
奇跡が二度起こると思うな!」
実力差を理解してないその言動に、内心少しイラッとする。
奇跡や油断であんな勝敗つくわけないだろ。馬鹿が。




