第一次人獣会談3
3二と金を指された後、程なくしてジャンジャックは俯きながらそう呟き、潔く投了した。
玉が詰まされるまでにはまだまだ余裕があるが、見せつけられたあまりの棋力の差に、心が折れたのである。
局面としても、角の逃げ道がどこにもなく、良くて桂馬と角の交換では優劣は火を見るより明らかであり、投了は残念ながら当然と言えた
「ありがとうございました。」
『制約書類19559番に基づき勝敗を記録します。
キート王国代表。一勝一敗
スキン王国代表。一勝一敗
残対戦数。一戦
シンバン終了。』
対局の終了を告げる機械的な音声が響くと同時に、中空に浮かんでいたスクリーンが消え、会談室を静寂が支配した。
キート王国の重鎮は、予想をはるかに上回る棋力を見せた王女に対する畏怖と驚愕故に。
スキン王国の要人は、予想もしていなかった敗北の衝撃故に。
それぞれ言葉を忘れ、ただ呆然としていた。
「…弱すぎますね。」
静寂を破る冷ややかな声に、両国の要人はぎょっとした顔で声の主に視線を向ける。
そこにいたのは、圧倒的な棋力で獣人国国王を下しておきながら、歓喜の感情が微塵も見えない、寧ろ不快感すら漂わせている一人の女性棋士であった。
「…なんだと?」
キリル王女からの酷薄な一言を聞いたジャンジャックは、うつむいていた顔を上げ、声の主に明確な敵意を向けた。
「たった一回勝ったきりで調子に乗るなよ小娘が…。
この戦いで貴様の棋力は理解した。間違いなく貴様は人間の頂点に位置する棋士だろう。
だが貴様等人間に秘策があったように、我らスキン一派にも秘策がある!
それさえ使えば負けるわけg「人間の頂点?」」
ジャンジャックの口上に割り込んだ王女は心底理解できないといった表情を浮かべた後、大声で破顔した。
「あっははははは!!私が人間の頂点だなんてそんなわけがないでしょう!
馬鹿も休み休み言いなさい!あははははははは!」
高貴さなど微塵も感じられない勢いでひとしきり笑った彼女は、眦に浮かんだ涙を手で拭いながらこう続けた。
「あなたにいい事を教えてあげましょう。
現人間社会で最強の棋士は私の先生です。
そして、私の先生はあなたと同じ振り飛車党ですよ。」
「フリビ…?トー…?なんだそれは。」
「振り飛車党とは、主戦法として序盤で飛車を盤面左に移動させる棋士の総称です。
対して、我々キート王国に代々伝わる、主戦法として飛車を盤面右側に留める棋士は居飛車党と呼んでいますわ。」
当然ながら、キリル王女とアラミド副団長を除くその場の全ての棋士にとって初耳の話である。
獣人国の要人は自らの間者が知り得なかった情報を聞き、王国の情報管理に対する評価を上方修正していたのだが、当の王国関係者は知る由もない。
何しろ「自分たちも今初めて聞いた概念」なのだから。
「む…。しかしそれは人間社会に於いてタブーであるはず…。
貴様の師は獣人なのか?」
ジャンジャックが知っている人間社会の定跡では、飛車と角を近づける事そのものが忌避されていたはずだ。
よって人間が振り飛車のような指し方をするとは考えにくい。
それに、人間社会に獣人が適応するのは、珍しくはあるが不可能な話ではない。
多くの獣人は人間と比べて高い順応性を持つからだ。
更にジャンジャックの知る限り、振り飛車戦法を定跡化し、使用しているのは自分等獣人種のみである。
キリル王女の師を獣人ではないかと訝るのはある種当然と言える。
しかしキリル王女から告げられたのは、自身の常識を根本から打ち崩す言葉であった。
「いいえ、人間です。
盤面左から数えて三列目、角のすぐ隣に飛車を据える【三間飛車戦法】の使い手であり、現人類社会に於いて…、いえ、あなたの棋力がその程度なら、この世界における振り飛車党最強の一角と言っていいでしょう。
それが私の先生です。
その先生から直々に対振り飛車の手解きを受けたのがこの私です。
あなた相手に負けるわけがないんですよ。」
「馬鹿な!!ありえない!」
テーブルに両手を叩きつけ、吠えるジャンジャック。
人間が獣人と同じ戦法を使用するだけでも信じ難い話であるのに、その上その人間は獣人国最強のジャンジャックより強く、しかも使用する戦法が「スキン式」ではなく、獣人国ですら落ち目の「レザー式」であるというのだ。
スキン式筆頭のジャンジャック、そしてその一派にとって有り得ない。信じ難い。いや『認めるわけにはいかない』話である。
「そんな話は嘘に決まっている!
本当にそんな奴がいるなら俺の目の前に連れてきてみろ!!」
完全に予想を超えた話にジャンジャックは怒り心頭である。
それはそうだろう。自らのみならず、先祖代々継承、錬磨、研究してきた戦法に対し「もっと強い戦法がある」と唾を吐きかけられたも同然なのだから。
「ふむ。いいでしょう。
そうですね、三回目の対局で私に勝てたらあなたの眼前に連れてきてあげましょう。
もし勝てなくても、今回のように投げず最後まで指せたら、健闘賞として先生の元へ案内いたしますわ。
私にすら勝てない棋士が先生を呼びつけようなど、不敬千万ですから。」
「この…貴様はどこまで俺を馬鹿にするつもりだ…!!」
ジャンジャックはダンッ!!と長机に拳を叩きつけ、乱暴に席を立つ
「この屈辱は次の戦いで必ず晴らす…覚悟しておけ…!!」
そのまま肩を怒らせつつ、ずしずしと部屋を後にする獣人国の国王と要人。
それを見送るキリル王女は、視界から国王と要人が完全に消えてからたっぷり10分後、息をついて体から力を抜いた。
そうして王族として盤を挟んだ記念すべき初対局。
キリル『王女の』初陣は、文句のない勝利で幕を閉じたのである。
…そして続く第三戦でもキリル王女は危なげなく勝利をつかみ取り、棋風の対立に端を発した二国間の小競り合いは、『対外的には』平和裏に、『実務者たちにとっては』前例のない大暴風を巻き起こしながら終結した。
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