第一次人獣会談2
局面図は後ほど折を見て追加予定です。
「な、なにがおかしい!
まだ戦いは始まったばかりだろ!
勝負はこれからだ!!」
「あら、失礼しました。
おかしくて笑ったわけじゃありませんわ。
ただあまりに楽しくて…ごめんあそばせ。
ふふふ…。」
(楽しい…?国土をかけた戦いが楽しいだと!?)
「ふざけるな!このシンバンには国の盛衰がかかっている!
わが国だけではない、貴国もそれは同じだろう!
それを面白半分で楽しむとはどういうことだ!!」
思わず長テーブルを強く叩きながら激昂するジャンジャック。
彼にとってシンバンは生きる手段、生きる意味そのものである。
そこに楽しみという概念は無い。
キリル王女の語る「楽しい」という感情は、彼にとっては侮辱以外の何にも聞こえなかったのだ。
怒声を向けられたキリル王女は、笑みを潜ませ、ジャンジャックの目を真正面から見据えてこう返した。
「面白半分?何を馬鹿な事を…。
何を賭けていようが将棋は常に真剣勝負。
賭け物に関係なく、私にとって全ての対局は等価値。
そこに油断は微塵もありませんわ。
その油断ない真剣な対局を楽しめてこそ棋士。
対局に楽しみを見いだせない棋士に成長はありません。
さぁ、おしゃべりも程々に手を進めてくださいませ。
あなたの手番でしてよ。」
「こ…の…小娘が!!」
『4四銀』
ジャンジャックが指した手は下げた銀を立て直す手。
角頭を守る為に下げた銀を再び攻めに活用しようとする手だ。
しかし…
『4八飛』
「ぐっ…」
『4六歩』
『4六同じく飛車』
『4五歩』
『4八飛』
「くっ…くそ…」
一度銀を引き、位置を直した事で後手の銀は二手損をしている。
その手損を利用し、先手は飛車を右四間に構えた。
ここから後手が四筋を攻めようとしても、先手は銀も飛車も働いているのに対し、後手は飛車の頭が銀、歩で抑えられているため、如何にも飛車先が重く大駒の働きが悪い。
『6三金』
『3七桂』
そして何よりジャンジャックにとって厳しいのは…。
『7四歩』
この状況を打破する有効手が見つけられない事である。
(これは…手待ちですか。
道場にこんな無駄な事をする愚かな棋士は一人もいませんでしたよ!)
将棋には「パス」というシステムは無い。
よく棋書などで「ここで一手パスすると」などという表現があるが、あれは「局面に何の影響も与えない手を指すと」という意味であり、実際に「パス」という行為を行っているわけではない。
通常、対局に於いて「一手パス」などという無駄な手が必要とされることはない。
指し手とは先後問わず駒を動かす重要なリソースであり、それを無駄に使うのは基本的に悪手とされる。
しかし、ノーマル四間のような「カウンター志向の戦術」を用いる場合は、相手の攻めが自身の攻める取っ掛かりになる為、「攻めを誘うために無駄な手を指す」という事が戦術の一環として行われ、これを俗に「手待ち」という。
つまるところ手待ち自体は立派な作戦の一つではある。
しかしそれは同時に相手に手得を与える行為であり、安易に行うべきことではない。
プロの対局でも手待ちは行われるが、それは綿密な研究に裏打ちされたものであり、素人のそれとは次元の違うものなのだ。
閑話休題。
ともあれ、ジャンジャックの指した手は「私にはこの局面を打開する手が思いつきません」と如実に語っていた。
この隙を見逃すほど、キリル王女は甘い棋士ではない。
『4六歩』
『4六同じく歩』
『4六同じく銀』
『4五歩』
『4五同じく銀』
(よし、仕掛けてきた!)
『4五同じく銀』
外面はポーカーフェイスを保ちつつ、内心ほくそ笑むジャンジャック。
先手からの4五銀のぶつけは、使いにくくなってしまっている飛車を活用する為に、彼が待っていた反撃のとっかかりである。
同銀同桂は角を引いてなんともなく、同銀同飛同飛同桂なら飛車を持ち駒に出来るので、飛車の活用に頭を悩ませている彼にとって都合がよい。
高美濃囲いを完成させている現状、単純に互いが大駒を持った時の戦局としては、ジャンジャックの方が玉形の面で有利なのだ。
『4五同じく桂馬』
(ちっ…飛車では来なかったか…。
だがしかしこれは角を引いてしまえばなんともない。
角引きの後、桂馬の頭に歩でも打ち込めば桂馬の丸得だ!)
『2二角』
(どうだ、これでその桂の高跳びは空振り。
行先などどこにもないし、下手に飛ぼうものなら飛車交換に踏み切れる。
流石にこれは俺が一本取っただろ!)
そう彼が自信満々に盤面を眺めていると、キリル王女は予想に反して物の数秒で手を返してきた。
『4三歩』
それは、彼の予想から大きく外れた、一発の歩打ちだった。
「…こ…れは…。」
一見するとただ歩を捨てただけの一手。
同席しているキート王国の面々にはその重要性が解らず、ジャンジャックの反応に首をかしげている。
しかし、獣人国の要人、そしてそのトップであるジャンジャックはこの手の意味する所を正しく理解していた。
仮にこの歩を取ると、先ほど手持ちにした銀を3二に打ち込む手があり、これが飛車桂の両取りになっている。
飛車を逃がしても桂馬を取った成銀は角に当たる、4四に逃げることは出来るが、3一成銀とじっと寄られ、飛車の動きが大きく縛られる。
では歩を取らずに逃げたらどうなるか。
4一に逃げるのは3二銀で飛車の行き場がなくなる(俗に「飛車が死ぬ」という状況になる)のでダメだ。
3二に逃げると4一に銀を放り込まれ、この銀からも逃げようと3一飛とすると、4二歩成となりやはり飛車が死ぬ。
よって逃げ道は5二か6二となる。
しかし5二や6二へ逃げるとなると、飛車は助かるが、その活用が極めて困難なものになる。
序盤からこっち、4筋で戦うために駒組をしていたため、5筋、6筋はどちらかというと「玉を守る為のエリア」となっている。
その為、それらの場所へ転換してもすぐには飛車を使って攻めるための準備ができない。
飛車の活用をしたくて銀ぶつけに応じたのに、全く飛車が活用できない場所へ追いやられてしまっては意味がない。
つまるところ、この歩は取っても逃げても飛車の動きを大きく制限する事になる毒餌《どくえ》なのだ。
「ぐ…。」
『6二飛』
悩んだ末に彼が指したのは6筋に飛車を逃がす手だった。
状況を見るに決して良い手ではない。
主戦場たる4筋から離れる上に、玉にあまりに近すぎる。
しかし、それ以外の手が軒並み悪い結果に行き着くのであれば、良い手がなくとも指すより他ない。
『4二銀』
次ぐキリル王女の手は銀の打ち込みである。
これは5三の地点に対する効きを増やす手であり、何もなければ桂成から5三の地点で駒を清算し、4二にと金を残せる。
「ぐ…小癪な!」
『5二飛』
対してジャンジャックは5筋に飛車を戻した。
これであれば5三桂成から清算しようとしても、5二桂成、同金、同銀、同飛車と進み、飛車を活用できる道が出てくる。
しかし…。
『4一銀不成』
「ぐうっ…!!」
この銀不成でそのプランもあえなく瓦解する。
この銀は飛車に当たっており、飛車の逃げ道先も6二に戻すくらいしかない。
(5一は4二歩成で飛車が死ぬ)
しかし6二へ逃げても5三桂成と成り捨てられてから4二歩成とでき、この歩が飛車の横効きも移動も阻害する為、非常に厄介な楔《くさび》となる。
完全にジャンジャックの劣勢。振り飛車にとっては最悪の展開である。
『6二飛』
『4三桂成』
『4三同じく金』
『4二歩成』
「こ、の野郎…。
これならどうだ!!」
『4四歩』
「!」
この4四歩は角の効きを生かし飛車の効きを遮断した一手である。
角の紐が着いているからと放置すると、飛車の紐が外れたと金を飛車で払い、銀も死んでしまう。
勿論キリル王女もそれは理解している。
そう…。
『3二と金』
「あ」
《この歩が角の逃げ道を自ら塞いだ大悪手である事》も含めて。
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