初心者の通る道6
「では居飛車振り飛車について理解いただけたところで、次は将棋を指す上で避けては通れない「玉の囲い」という概念について説明します。
囲いというのは玉を守る為に有効な駒の陣形を意味し、これを知っているのといないのとでは、棋力の上達具合に大きな影響が出ます。
まず上部の守りが手厚い『矢倉囲い』
玉位置が角の位置である事と、左金を寄せる為に若干の手数は必要になりますが
金銀二枚で玉の上部を守っている為、上部からの攻めには強いです。
反面盤上右側からの攻めを防ぐのは金しかなく、駒の偏りも強いので、一般的には振り飛車に対して不利と言われています。
次に構えが平たく、横からの攻めに強い『左美濃囲い』
玉位置が角の位置である事は変わりませんが、左金をそこまで寄せない事、上部を手厚くするより横に広く構えた陣容から振り飛車に対して有用な囲いです。
次は手数はかかるが最も堅牢な『穴熊囲い』
玉位置が盤面の隅であり、周囲を完全に駒で囲う事から非常に防御力が高く、居飛車、振り飛車どちらを相手にする上でも有用な囲いです。
しかし駒を極端に防備に回す都合上、自陣に隙ができやすく、大駒の打ち込み、それによる馬作りや龍作りのリスクが高い事には他の囲いより一層倍の注意が必要です。
左桂の活用と角道から避ける事をコンセプトにした『ミレニアム囲い』
これは穴熊囲いの堅牢さを諦める代わりに、柔軟性を高めた囲いで、一番の特徴は玉位置が左桂の位置であり、角道から逸れている事が挙げられます。
その他にも、左桂を能動的に動かすので攻めに転用しやすい、穴熊には劣るとはいえ金銀三枚で囲っている為、ちょっとやそっとじゃ崩れないなどの優位点があります。
振り飛車対策の金字塔『天守閣美濃囲い』
これは左美濃囲いの発展形の一つであり、対振り飛車に於いては穴熊に次いで有効とされる囲いです。
一般的に振り飛車は、敵陣二段目ないし一段目に飛車を成り込む事が短期的な目標となりますが、天守閣美濃は玉位置が角頭、すなわち三段目である為、飛車が成り込まれるであろう位置から事前に避難している事になり、攻め込む振り飛車側は工夫を求められます。
あとは…」
「ちょちょちょちょっと待った先生!一度の情報量が多すぎる!!」
気分がノって来たところで入る急ブレーキ。
生徒三名の顔を見ると、アラミドさんは頭を抱えており、キリルさんとレーヨン君は頭から煙を出し始めていた。
そんな難しかったか?
「ふむ。
であれば座学ではなく実戦をもって教えるのがいいかな。
何局か指せばイメージできるでしょ。
ユリアンさーん。ちょっと来てー」
ご意見番として色々お世話になってるユリアンさんは、将棋に於いても頭一つ抜けている。
年齢を考慮に入れても、非凡で優秀な門下生と言えるだろう。
「はいよ。今日は何の御用でしょうナオト先生。
副団長と喧嘩でもした?」
「してないよ!
ちょっと『ガイド有』『待った有』の練習対局をお願いしたいと思って
今大丈夫?」
ガイドとは俺の道場独自のルールで、練習対局の際、弱い側に助言役が付き、実質2:1で行う練習対局の形を指す。
原則として、将棋では対局中の助言は認められていないが、指導対局に於いては問題のある局面でリアルタイムに助言が欲しい場合がある。
これは対局後に感想戦で局面を振り返っても、その時に頭で考えていた状態まで遡ることは難しいからである。
よって、俺の道場では棋力差の大きい指導対局や練習対局では、駒落ちだけではなくこの『ガイド付き対局』も認めている。
この場合、対局の段位はガイド役の段位となる。
ガイド付き対局に於いてもう一つ重要なのは、対局相手に対する配慮である。
本来1:1で行うべき対局の大原則を捻じ曲げ、2:1という不公平な対局を行うのだ。
上手は棋力差があるとはいえ、面白い話では決してない。
よって、棋力が高いだけではガイド付き対局の上手は任せられない。
そういう意味でもユリアンさんは適任であり、希少な人材でもある。
「ガイド付きかー、久しぶりだなー。
いいよ。任されよう。」
「ありがとう、恩に着るよ。
で、まず一番手誰が指すかだけど…。」
そう言いながら三人に向き直ると、誰にでも解る様天を突くようにまっすぐ伸ばされた手が一本。
「私が!」
門下生たちへのリベンジに燃えるキリルさんその人だった




