初心者の通る道5
「キリル王女?何を理由にそんな事を?」
「そうですよ王女様。あんな野蛮な奴らがこんな所にいるわけないじゃないですか。
距離も馬車で二月はかかる距離なのに。」
唐突な切り出しを理解できなかったのは俺だけではなかったらしく、アラミドさんもかっこつけも露骨に疑問符を浮かべている。
「あの…獣人国とは?
俺はその国の事は一切知らないし、もちろんその国の生まれでもないですよ。」
紛れもない事実である。
獣人国というファンタジー風味溢れる国への興味はあるが。
そう答えると幾分か落ち着いたのか、顔色までは戻らないものの安堵の表情でひと心地ついたようだった。
「そうですか…よかった…。
突然に失礼しました。」
「それはいいんだけど…。
どうしてその獣人国という国の話が出てきたのか、教えてもらえないかな?」
「はい…実は2月ほど前、公務で獣人国へ赴く事があり、その際に偶然彼の国でのシンバンを目にしたのですが…
彼の国のジョバンジョーセキが私たちのそれとは大きく異なっていたのです…。
いえ、それどころか我が国が悪手として忌避している手を好んで指していたのです。
同行した兄様、姉様、両親は単純に獣人国のジョバンジョーセキが間違っていると笑っていたのですが、私にはそうは思えず…。
獣人国の王族も、自国のジョバンジョーセキは正しいものだと主張しており、まだ大きな亀裂にこそなっていませんが、国家間の小さな確執となっているのです
そして今、先生から居飛車と振り飛車の違いを聞いて初めて、あれは「そういう戦術」だったのではないかと思い当たったのです!」
「…その「悪手として卑下している手」というのは…まさか…。」
「はい…。
我が国では「角飛近づけるべからず」と言われている指し手で、先ほど先生が「フリビシャ」と仰っていた戦術です。」
なるほどね…
「キート王国の序盤定跡が居飛車に偏重していたのは予想してたけど、他国は振り飛車に偏重してんのかよ…。
獣人国出身とかいう疑念もそれゆえか…納得した…。
そういや話変わるけど、獣人国って名前的に獣人の国?
猫耳とか犬耳とか兎耳とかある、あの獣人?」
その疑問にアラミドさん、キリルさん、役立たずはそろって頷く。
「概ね正しい。
正確に言えば「獣人代表の国」ってなるけどな。
政権交代の頻度が異常に高く、規律に緩くて自由度が高い。
国の名前も政変に連動してコロコロ変わる。
今は確かスキン王国だったかな?
国に住んでる獣人の種別も様々で、ほぼ見た目100%の獣もいれば、耳以外は人間と大差ないのもいる。
そのせいなのか知らんが、内戦の絶えない情勢の安定しない国だよ。
シンバンを使うようになってからは流れる血もだいぶ減ったらしいけどな。」
「我が国と同じようにジョバンジョーセキの独占を進めたようなのですが、こちらとは違い、その独占した派閥が大きく3つに分かれてしまっているのが大きな違いでしょうか…。
シンバンのルールに違いはないようですが、幸いというかなんというかシンバンでの対戦が我が国との間で行われた事は過去一度もありません。
シンバンを用いるような問題が両国間で起きなかった事は、間違いなくよい事なのですが…」
他国が自分の与り知らない戦術を持っているというのは、確かに内心穏やかではないだろうな…。
「そういう事なら是非もない。
キリルさんとアラミドさんには対振り飛車用の戦術や特徴も教えよう。
相居飛車を教えるよりは実利がありそうだ。」
「おぉ!!さすがは先生!そんな事も知ってるとは!」
「そ、そんな事までして頂いていいのですか!?
ナオト殿の一族に伝わる秘伝なのでは!?」
「いえいえ、そんな大層なものではありません。
実体験に基づくにわか戦術ですよ。」
寧ろ俺は筋金入りの振り飛車党なので、秘伝という意味では振り飛車の方が余程それっぽい。
「…おい…おい!!なんで俺の名前がないんだよ!」
「ん、あぁレーヨン君だっけ、そりゃ君に教えるつもりなんか無いからだよ。
俺が対振り戦術を教えるのはキリルさんとアラミドさんにだけさ。」
「そ、そんな…な、なんで…」
「俺の大事な一番弟子を軽視し、あまつさえ喧嘩を打ってきた奴が何を言ってるのかなー?」
「う…」
とまぁイジメるのもこのあたりにしておくか。所詮まだ子供だし。
「まぁ、今後ユリちゃんが嫌がるような迫り方はしないと誓うなら教えて上げなくもない。
更生の機会というのは大事だしね。」
「ほ、ほんとうか!!もうそんなことはしない!絶対だ!この世界を統べる神様に誓う!」
あんなのに誓われても胡散臭さが増すだけのような気がするが…。
「ふむ。いいでしょう。
では改めてあなた方三人には、ひと月で対振り対抗系の基礎までを教えます。
まぁ、ある程度の棋力も一緒に上がるでしょうから、恩恵は対振り対抗系のみに留まらないでしょうが。
あなた方が今まで学んできたものと相容れない概念もあるでしょうが、そこは何とか折り合いをつけて頑張ってください。」




