初心者の通る道4
「さて、では余興も終わった事だし、とりあえずは個々人の紹介からお願いしようかな。
いつまでも王女様じゃ決まりが悪いので。」
対局に敗北したばかりのレーヨン君は、多分に漏れずOTLのスタイルでガチベコミしているが、そもそも彼は留学生じゃないただの付き添いだ。
意図して仲間外れにする理由はないが、過度に配慮してやる理由もない。
「わかりました、では私から。
私の名はアラミド。王都棋士団副団長であります。
この度は新進気鋭のナオト道場に留学する機会に恵まれ、歓喜の念に堪えません。
この道場の方々からも、様々な事を学びたいと思っております。
どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」
そう口上を述べ上げ、腰からしっかり90°曲げたお辞儀で自己紹介を締めた。
以前ユリアンさんから聞いた通り、門下生の反応は特筆すべきものはなかった。
過去人狩りにあったと聞いていた一部の親御さん、及び連れていかれそうになった当事者であるユリちゃんとそのお母さんからは警戒するような視線が向けられてはいたが、その程度である。
門下生にもアラミドさん自身にも、道場内で身分による貴賤は無いと既に話してあった為だろう。
やはりいずれにしても事前告知は大事だ。
「ふぅ。ではキリル王女、次はあなたが。」
「わ、わかってるわアラミド。
す、少し心の準備をさせて。」
男女合わせて上から7番目、男女別だと第四王女だと聞いているが、やはり王族でも自己紹介は緊張するものなんだろうか。
「わた、私の名前はキリル・G・シルク。です。
アラミド副団長ともども、よろしくお、お願いします」
『わああぁぁぁぁぁ!!』
パチパチパチパチパチ
たどたどしい自己紹介が終わるが早いか、湧き上がる歓声、喝采、拍手。
副団長のそれとは比べ物にならない大歓迎ムードである。
「なぁ先生…」
「なんだいアラミド君」
「俺と王女様で扱いが違いすぎねぇか?」
「当たり前だろう。可愛いは万国万人森羅万象古今東西共通の正義だ。」
なお某負け犬も後に自己紹介をしたが、大して面白くもなく門下生の反応も塩対応だった為、割愛する。
負け犬の遠吠えに割くスペースは無いので。
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-
「では自己紹介も終わった事ですので、将棋に関する授業を始めましょう。
あぁ、ただしこれは強制参加ではありません。
乱取りを優先したい人はそっちを優先してもらって構いませんよ。」
それを聞き、それならばと同年代を引き連れて盤の前へ移動する老若男女の門下生。
『聞く気がない奴には教えない』などと意地の悪いやり方をするつもりはないが、実戦は実戦で机上では実感できない多くの事が学べる。
動かし方やルールについての認識が周知されている道場内においては、どちらも重要であり優劣のある話ではないのだ。
「じゃあ改めて将棋の基礎知識に関する勉強を始めましょう。
まず初めに居飛車と振り飛車の概念についてです。
これは門下生の皆さんはもう知ってると思うので、留学生の方々に向けた説明になります。」
居飛車振り飛車という概念については、道場では割と初期に教えている。
戦術に大きな違いがあるからという理由もあるが、一番の理由は戦術なり囲いなりを説明する上で居飛車振り飛車が理解できていないと説明しにくいが故である。
しかし話に聞く限り、王都では振り飛車の概念自体が一般的ではない。
事実今もアラミドさん、キリルさん、クソガキの三者はしきりに首を捻っている。
「振り飛車とは、指し手から見て左5マスより左に、最序盤から飛車を移動させる戦術、居飛車とは右4マスより右に移動させる、あるいは初期位置から動かさない戦術を言う。
例えば俺が得意としている三間飛車は振り飛車に分類される。
他にもユリちゃんがこの前のシンバンで採用したのは四間飛車という振り飛車の一種だ。」
そこまで話したところで、アラミドさんから質問が飛んできた。
「質問したいのだがいいだろうか?
その「フリビシャ」という戦術のメリットはどこにあるのだろう?
相手が大駒を左右にバランスよく配置しているのだから、こちらが片方に戦力を集中させるのは普通に考えれば愚策ではないのか?」
ふむ。中々的を得た質問だ。
お答えしよう。
「一概にそうとは言えない。が、アラミドさんが言っている疑問もわからないではない。
まずは順番に疑問に答えよう。
まず振り飛車にするメリットだが、大きな要点は「玉を戦場から遠ざけられる」という部分だ。
将棋の場合、初期配置では互いの飛車の向かい側には角がいる。
つまり互いの主観で見た盤面左側は「相手の飛車によって侵攻されるリスク」があり、右側は「飛車による攻め筋を逆侵攻される」というリスクがある。
そこで飛車を振る、つまり5マスより左に移すとどうなるか。
盤面右には飛車がいないので、右側では飛車による攻め筋が発生しない事になる。
攻め筋が発生しないので、そこにを逆侵攻される事もなくなる。
つまり盤面右が安全地帯として機能するという事になる。
バランスが良いというのは必ずしも良い事を意味するわけではない。
「安全地帯を絞れない」という意味では、バランスが良い事がデメリットとして働くこともあるという事だ。」
「ふむ…なるほど。
しかしそれなら逆に「イビシャ」である事のメリットとは何なのだ?
いや…我が国のジョバンジョーセキはそのイビシャが主であるので、こう言うのは些か抵抗があるのだが…」
「居飛車のメリットは相手が振り飛車を選択した場合に最も発揮される。
考えてもみろ。振り飛車は飛車を振る事で、盤面右側を攻める選択肢を自ら捨てている。
つまり安全志向の戦術という事だ。
この場合、その振り飛車と対峙している側にとって、玉を移動させるのに向いているのは、盤面の右とと左、どっちだ?」
「そりゃ盤面左だろう。相手側にはそこにいるはずの飛車がいないんだから…
…あ!!」
「そう、玉を置くとしたら盤面左だな。
そして逆侵攻から玉を守るという観点では、飛車は玉の反対に置いた方が都合がよいのだから『振り飛車相手に飛車を置くとしたら右』だ。即ち『居飛車』という事になる。
更に居飛車側は飛車を振らないで済むのだから、振り飛車側と比較して一手得をしている事になる。
つまり「相手が振り飛車なら居飛車でいた方が得」という事になる。
お互いがそれを自覚し、自ら振り飛車にする選択肢を取らなければ、必然的に「両方が居飛車」となる。」
「な、なるほど…。」
「片方が振り飛車、もう片方が居飛車の場合、その組み合わせは「対抗系」と呼ばれる。
振り飛車側も居飛車側も仮想敵としてよく採用する、振り飛車側から見たらもっとも実現可能性の高い組み合わせだ。
互いに振り飛車の場合は相振り飛車、互いに居飛車の場合は相居飛車と呼ばれる。
この二つは、対抗系と比べて玉の位置が相手の飛車に近くなる傾向が強い為、安全策の取りにくい、激戦となるケースが多い。
安全志向の将棋を好むならば、居飛車、振り飛車どちらかに偏るより、相手の飛車位置に柔軟に対応できるよう、両方をまんべんなく指せるように勉強した方がいいだろう。」
ふむふむとしきりに頷いているアラミドさん。
初めて聞く概念とその運用思想に唖然としているおこちゃま
そしてやたらと顔色の悪いキリルさん。
…ん?顔色が悪い?
「キリルさん?どうかしましたか?」
そう声をかけるとビクリと震えた後、怯えた視線をこちらに向け、恐る恐る口を開き、震える口で弱弱しく言葉を紡いだ。
「せ、せんせい…先生は…もしかして…
獣人国の生まれなのですか?
も、もしそうなら…た、大変なことに…。」
…なんだって?




