初心者の通る道1
初心者の通る道1
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「貴様がナオトか!僕とユリ嬢をかけて勝負しろ!」
日差しが眩しく差し込む肌寒い冬の朝。
あまりの寒さに速攻で二度寝決め込もうと、掛け布団にくるまりながら敷布団へ歩を進めていた俺の背後から、時代錯誤甚だしいすっとぼけた宣戦布告が飛んできた。
「…だれきみ?」
そこにいたのはユリちゃんのより3歳くらい上、中学二年に届くか届かないかという年頃で、高そうな防寒具に身を包みガイナ立ちをしている生意気そうなガ、おぼっちゃまだった
「ふん!僕を知らないとは教養が足りないぞ!貧民め!
僕はキート王国内政長官アクリルの息子であるレーヨンだ!
覚えておけ!」
あぁ…そういえば今日は王都から王族が来る日だったっけか。
…あれ?来る王族って女の子じゃなかったっけ?
寝起きで働かない頭で、そんな事をぼんやり考えていると、目の前のガキの後ろに比較的大きな影が立ち、レーヨンとかいうクソガキの両脇に手を入れて持ち上げた。
「はいはーい。レーヨン様?
先生にそれ以上舐めた口きくとここから落としますよ?」
「ひっ!アラミド!」
逆光でよく見えないが、声色、背丈、そして今呼ばれた感じから考えてあの影の主はアラミドさんか。
確か棋士団の方の留学生が彼だったはずだ。
だとすると…あのガキはなんなんだ?
「ふぁ…。
おはようアラミドさん。
そっちの騒がしいのはお知り合い?」
「おはよう、先生。
この子は王族側留学生の同伴で来た内政官の息子だ。
留学生はもう道場で待ってますよ。」
…あ、そうか今日はユリちゃん担当の日だ。
あのVS棋士団戦以降、ユリちゃんの強さを知った門下生が、俺だけじゃなくユリちゃんにも教えてもらいたいと言い出したんで、先生役を3日に1回交代するようにしたんだった。
んー…
とはいえ留学生来てるなら行かなきゃだよなぁ…。
「わかった、今から道場に向かうから先行ってて。」
「あいさー先生。
ほら、レーヨン様。道場に行きますよ。
はい、あんよはじょうずーよちよちよち。」
「子ども扱いするな!!離せ!!」
元気だなぁ…。
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-
道場の中は阿鼻叫喚の暴風雨が吹き荒れていた。
「お姫さまーわたちと指してー」
「だーめ!王女様は私と指すの!」
「ぼくだよー」
「やだー!僕が指すー!」
「王女様、このお菓子どうですか?おいしいですよ?」
「いやぁお妃さまによく似てらっしゃるお美しい…」
道場の中心部に、高そうな服を着たブロンドのお嬢さんが引き攣った笑みを浮かべながら立っており、その周りには子供が少なくとも十人、それ混じっておじさんおばさんが五人くらい。
完全な包囲体制を作り上げ、中心部のお嬢さんが動く隙を全く与えない。
(な、なんだこれ…)
ユリちゃんもなんとかお嬢さんを助けようとするのだが、数の暴力と対格差でどうにもなっていない。
こりゃダメだ。
「ア、アラミドさん?これは一体…」
「い、いや、俺もこんな事になっているとは…」
「キリル王女!!今助けに行きまゲフッ!!」
凍り付く俺と副団長。
果敢に助けに向かうが人の壁に吹っ飛ばされるクソガキ。
ざま
これは、あれ使うしかないかな。
パン!!パン!!
「はい皆!!ちゅうもーく」
手を叩き、そう声を張り上げると、取り巻きの目が一斉にこっちを向く。
それを確認してから俺は局面図の書かれた一枚の布を掲げ、後ろの柱に打ち付けた。
「これが解けるまで王女様には接近禁止!!はい、スタート!」
そう大声で告げると、布に書かれた内容を詳しく見ようと、人の壁が幽鬼のような足取りで布の傍まで移動し始めた。
「おおおお…。流石は先生…。
あの布は一体何なんですか?」
「実践詰将棋。
もう一枚あるからアラミドさんもやってみて。」
引き出しから同じ内容の局面図の布を出し、アラミドさんに渡す。
「つめしょうぎ…ですか?」
「そ。下が先手だから、後手を詰ませて。」
実践詰将棋とは、一言でいえば問題の制約が少ない詰将棋である。
純粋な詰将棋は
1.最短手順は1通りでなければならない。
2.持ち駒が余ってはならない。
という2つの困難な制約があるが
この二つを取っ払い
「持ち駒が余っても最短手順が複数あっても、とにかく即詰み出来るならOK」
というのが実践詰将棋である。
勿論受け方は最善手で逃げなければならない。
そうじゃないと詰将棋にならないので。
出来れば普通の詰将棋が作れればよかったのだが、最短手順が一意に定まらなければならないという制約が俺には難しすぎて全く作れなかった為、自分の過去の棋譜を参考に実践詰将棋を作ったのだ。
詰将棋の方が、制約がある分正誤の判定をやりやすいので、将来的には詰将棋を作りたい…。
閑話休題。
ともあれ門下生の目が軒並み局面図へ釘付けになってる今がチャンス。
王女様から事情を聴きださねば。
「どうもこんにちわ。あなたが本道場への留学生ですか?」
夜間の光に引き寄せられる虫の様に局面図へ誘導されてる門下生を呆然と見続けていた王女様に声をかけると
びくっと体を震わせた後、目の焦点が俺に合い、おずおずとではあるが挨拶をしてくれた。
「…はい。本日よりお世話になるキリル・G・シルクです。
…どうぞお見知りおきを。」
「こちらこそ。ではキリル王女、さっきの騒動について、事の経緯をお聞きしたいのですが…。」
「キリルで構いません。ここは王族の権威が届かぬ地と聞いています。
王女と呼ばれたり、敬われたりするのは…私はあまり好きません。」
「これは失礼。ではキリルさん。さっきの騒動は一体?」
そう問うと王女様は首を振り
「私にもわからないのです…。ただ、皆様悪意があったわけはないと思います。
動けなくて困りはしましたが、怖くはありませんでしたので…」
「ふむ…。では事の経緯を詳しく教えてください。
あなたが気付かなくても俺ならわかるかもしれない。」
「…はい。ではこの村に着いたところから…」
話が進むにつれ全容が見えてきた。
まず彼女は連れのレーヨン、護衛のアラミドと村に着き、村長に挨拶をした後、道場に来たそうだ。
道場には俺がおらず困惑したが、じきに来るだろうと考え、門下生と将棋を打って待つ事にしたらしい。
そこで王女が近くにいた幼女(道場五段。地球でいうと3級くらい)と指したところ、王女が惨敗。
驚いた王女が幼女に再戦を申し込むも、再度惨敗。
二連敗ですっかりムキになった王女は、手当たり次第に子供へ対局を申し込むが一度も勝てず、さりとて諦める気も起きず、次から次へ子供との対局を繰り返したのだそうだ。
負け続ける王女を見ていたレーヨンは、これでは王家の名に傷がつく、せめて門下生に一泡吹かさねばと思ったようで、よりにもよってユリちゃんに対局を申し込んだ。
気の弱そうな容姿風体と年齢で、彼女になら勝てると思い込んだであろうことは想像に難くない。
そして案の定、圧倒的惨敗。
その惨敗を経験したレーヨンはどういう脳内化学変化を起こしたのか、ユリちゃんにその場で求婚。
(後に聞いたところ、盤を見つめる真剣な眼差しに射抜かれたと当人は語った)
ユリちゃんが「私は奴隷なので先生にシンバンで勝っていただく必要があります」とボールを俺に投げつけた事で、恋する少年のエンジンはレッドゾーンに突入。一目散に俺の家に向かって全力疾走。
レーヨンの行動に鬼気迫る物を感じたアラミドさんは、それを追って俺の家にきたのだそうだ。
その後、惨敗が続きいい加減疲れてきた王女様が休憩していると、何度負けてもへこたれない彼女ともう一度指したい子供たちと、心の折れない彼女の世話を焼きたいおじおば'sが彼女の周りに集い始め、あれよという間に先の包囲網に繋がったのだそうだ。
…あほらし。
9三金からのよくある詰み筋なので、対振り経験がそこそこある方は馴染み深い、降り飛車党諸兄には因縁深い詰み筋だと思います。
もし模範解答が必要な場合はご一報ください。
説明回的なものを用意しますので。




