【閑話】とある日の王都1
棋士団の完全敗北。
その報は王都内部に強烈な不審と不安を伴って奔り、多くの内政官、王族を絶望させた。
それもそのはず、将棋が治安維持から安全保障まで全てに対する影響力を持っており、場合によっては個人の生殺与奪すらその範疇に含まれるこの世界に於いて、国家で最も将棋に秀でた棋士団の敗北は、国の根幹を揺るがす大事件に他ならない。
地球に当てはめて言えば、国軍を上回る軍事力を持った組織が国内に潜伏しており、その組織との全面戦争で国家側が敗北したようなものである。
控えめに見ても国家存亡の危機だ
にも拘らずパニックも暴動も起きず、行政機能が正しく機能できているのは、敗北の報と同時にもたらされた契約書の存在が大きい。
そこには、流浪の民であるサガワナオトが創設したシンバンの訓練場への留学の許可、有事の際には訓練場の生徒が遊撃隊として王国の指令下に属するという確約、対価として遊具の流通を代行する事の申請。
そして他集落へ拡大しない事を約束する旨が明記されていた、
不安要素は尽きないが、契約書の内容が順守されるならば王国にとって大きな損はない。
寧ろ棋士団を大きく凌駕する威力の序盤定跡を訓練場で学べるのだから、差し引きは得かもしれないくらいだ。
その為、王族、内政官は自国の安全保障が崩壊した事に絶望はしたものの、近い将来それは払拭可能だとみている。
「して、そのサガワナオトとやらは、この契約に従ってくれるのか?
何枚書面に書き起こしても、相手に守る気がない契約なら何の意味もないのだぞ。」
謁見の間で玉座より棋士団にそう声をかけるのはキート王国国王、オルランド・シルク一世。
その手にはクチナシ村で結ばれた協定が書かれた紙が握られており、その視線は目下の棋士団団長を厳しく見据えている。
「は…。その契約2項に対する対案は他ならぬナオト殿によるものであります。
もし契約を守る気がないなら、そのような対案は提示してこないかと…」
「ふむ。まぁ道理であるな。
まぁいい。此度は貴殿の判断を信じよう。
ところで、留学生の第一陣はどの棋士が務めるのだ?」
「はい。一人目はアラミド副隊長の予定です。」
「おぉ!アラミド殿か。
彼もまた王国が誇るシンバンの名手。
団長殿の敵討ちのつもりで行ってくるといい。」
アラミド副団長には既に敗北歴があるが、団長は敢えて言及しない。
害こそあれど微塵の利もないからだ。
「ふむ。アラミド副団長が向かうなら危険もあるまい。
よろしい!なら王族からは我が娘を出そうではないか!
最近子らのシンバンの腕が鈍ってきていてな。
国を背負う王族として情けないと思っていたところなのだ。
アラミド副団長によろしくと伝えておいてくれ。
はっはっは。」
「………………………………………………は?」
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謁見後、団長の口からクチナシ村への留学に現王女が同行すると伝え聞いたアラミド副団長は、生まれて初めて王族の存在を心の底から呪ったという。




