棋士団VSナオト道場11
「では本日の協議によって決定した内容について読み上げます。
1.一月に一人、王都棋士団、及び王都王族それぞれからの留学生をナオト将棋道場に派遣する。
尚この際の授業料は金貨十枚とし、貨幣のみならず道場の希望する物品の現物支払いでも可能とする。
2.他国侵攻など、王都棋士団の出動が必要となる事案が発生した場合、ナオト道場の門下生上位10名、及び皆伝免状所持者は、キート王国所属の遊撃兵として棋士団に協力して頂く。
サガワナオト殿に関してはキート王国の国民として登録されていない為、協力を要請する事はできないが、もし善意で協力して頂けるならば棋士団副団長待遇以上の身分保証をお約束する。
3.上記1、2項の要望に伴う対価として、現状、東第4集落で生産、使用されているショウギバンという遊具を王都で販売し、そのロイヤリティを東第4集落へ還元する。
尚、販売に際し流通はナイロン団長が責任者となり、偽造や転売に関する対処は全て王都主導で行う。
ロイヤリティは販売純利益の半分とし、上述の授業料と同様に物品の現物支払いでも可能とする。
4.現在ある将棋道場の維持管理を弊棋士団は一切妨害しない事を確約する代わりに、サガワナオト殿は東第4集落以外の集落への同道場の拡大は行わない。
補記として本制約の理由を明記いたしますが、これは仮に集落民が国家への反乱を目的に蜂起した場合、将棋道場の存在がその鎮圧難易度を大きく左右する為です。
他集落から東第4集落への留学民などを妨害する事はありませんが、ナオト殿自ら道場を他集落に布教する行いは厳に慎んでいただけますようお願いいたします。
なお、これは各集落が自発的に道場を用意する事を禁止するものではありません。
以上四点が、本日の協議内容として弊棋士団、東第4集落村長、サガワナオト殿の連名により決定した内容になります。
質問、訂正がありましたらお願いいたします。」
王都棋士団が用意した天幕の中にアラミド副団長の声が響く。
アラミドさんに相談へ応じる旨を伝えると、彼はこっちの応答の速さに驚きながらも迅速な指示で相談用天幕を組み上げた。
どうも俺は自分が考えているよりずっと棋士団への敵意が強かったようで、ユリアン+村長ペアに相談する前と後で雰囲気が大きく変わっていたらしく、アラミドさんからその事について質問された。
そして俺がしていた勘違いと、それが他ならぬ村人の口から正された事を話し、勘違いで向けた敵意を謝罪したところ、勘違いの内容に苦笑しつつも納得してくれた。
いやほんと、思い込みはよくないな。
それを踏まえ、副団長以上の幹部クラスからの要望と、村長との相談、こっちから将棋盤の販売経路と利益に関する要望を伝えてこねくり回した結果、前述のような取り決めに落ち着いた。
1番に関しては、現棋士団の訓練環境があまりに特定の棋風に偏っている為、少しずつでもそれを是正する目的でこっちから提案したものになる。
こっちからの提案は棋士団だけだったのだが、副団長、団長から棋力は棋士団のみならず外交を担当する王族でも重要視されているという事から、王族と棋士団から一人ずつという事になった。
※なお村の衛生環境を知っている俺と村長は王族側がわがまま言っても
立場的に対応できぬと全力で抵抗したが、どうしてもとゴリ押された。
王族が駄々こねたら同行してる棋士団に押し付けてやる。
2番に関してはシンプルな棋力差の問題で、棋士団面々よりもうちの門下生の方が現状圧倒的に強い。
そしてこの世界では、武力においても棋力が物を言う以上、文字通りの一騎当千が十分起こりうる。
その為、即戦力として運用可能なうちの門下生を、有事の際には遊撃隊として徴兵したいというのが棋士団の言い分だ。
戦争嫌い、喧嘩嫌い、平和平穏万々歳の俺個人としては大反対なのだが、村長を含めた村民サイドは賛成という正に四面楚歌状態だった。
詳しい話を聞いたところ、この世界に於ける戦争は少数精鋭による侵攻がほとんどで、戦闘も1:1もしくは団体戦方式で将棋を行い、勝敗に互いの国籍を賭ける方式を取るらしい。
つまり対局に負けても国籍が移るだけで生死にかかわる問題は起きず、そもそも十分な棋力があれば負けないのだから、それなら実を取るべき。という話だった。
俺としては最後まで納得いかなかったのだが郷に入れば郷に従え。こっちが折れる事にした。
今後教える場合はもっと気を引き締めないとな。
3番は先の徴兵を聞いた村長側から「徴兵を前提とするなら村に益のある対価を貰えるんですよね?」とう切り出しに便乗し、俺が持ち掛けた話になる。
ロイヤリティという概念はまだこの世界には無かったようだが、然程混乱もなく話はまとまった。
俺はなるべく早く村に魔法を使ったインフラ設備を実装したいので、貨幣でも現物でも何でもいいから資材のあてが欲しかった。
そういう意味では正に渡りに船の取り決めだったといえる。
4番に関しては。まぁ「そう言ってくるよね」という話だ。
寧ろ今までお目こぼしがあった事が異常と言える。
もともと拡張の予定はなかったし、村長も俺も二つ返事で了承した。
という事でこちらの要望は概ね通っているし、話した内容との齟齬もない。
村長と文章に間違いがない事を確認し、契約用の特殊なインクが出るという魔道具のペンで俺の名前を書こうとしたその時。
「ちょっと待っていただきたい。」
(なんぞ?)
顔を上げると、異議を唱えたのはなんと穴熊デブ、いや穴熊団長さんだった。
(なんだ?なんかまずいとこあったっけ。ていうか中身はお前も見てたし話し合いにノリノリで来てたやんけ。)
訝りながら団長をじっと見ていると、急に慌てたような口調になって異議の内容を話し出した。
「い、いや!勘違いしないでくれ!協議内容に不満があるという意味ではない!
ただその…この集落は他の集落とはあまりに隔絶した戦力、交渉力を持ってしまっている。
なのに未だに他の集落と同列に「東第4集落」と呼ぶのはどうかと思ってな…。
村に名前はつけんのか?」
あー。なるほどね。それは道理だ。
言われるまで思い当たらんかったよ。
「ふむ。確かに。流石団長様ですな。
では道場の名前もナオト道場ですし、この村もナオト村と…」
「いやいやいやいやいや!やめてくれ村長!それだけは本っ気でやめてくれ!」
冗談じゃない!!道場名だっていつの前にか定着してしまったから、今から直すのも難しかろうと甘んじているだけなのに、村の名前なんかまっぴらごめんだ!
「うーん…しかしそうしますと、他に良い名前はありますか?
現在この村の特産と呼べるべきものは精々ショーギバンくらいしかありませんが…」
ショーギ村
ショーギバン村
…なんか違うな。
「村長の名前じゃダメなのか?村の最高責任者だろ?」
「この国の慣例で、国王、村長、町長と言った長の名前は、任期中は名乗ってはならない事になっているのです。
私が他の村長と同席する場合は、『東四番の』などと呼ばれます。」
余計な事を…。
「ナオトさんは何か良い案はありませんか?
ナオトさんは旅の方ですし、何か祖国に思い入れのある名前を付けていただければと思うのですが…」
名前ねー…
俺自身ネーミングセンスが壊滅的に無いからなぁ…。
特産が将棋なのは事実だからなんか将棋に関する名前を持ってこれれば…。
あ。これなら無難なのでは。
「クチナシ村というのはどうでしょう?」
「クチナシ…ですか?」
「ええ、私の故郷では将棋盤をテーブルくらいの大きさで作る時があるのですが、その時、足の意匠として「クチナシという名前の木の実」を用いるのが通例なのです。
これは「将棋を指す時、他人は口出し無用」からクチナシに繋がるという事を示しています。
将棋が特産のこの村の名前としては、なかなかなのではないかと。」
「ははぁ、なるほど。
それでクチナシ村ですか。
呼びやすいですしいいのでは?いかがでしょう、団長様。」
「うむ。儂も特に異論はない。
では今後この村はクチナシ村という事で。」
と、最後にすこしゴタゴタしたやり取りがあったが、終わりよければすべてよし、協議は何事もなく終了した。
持ち帰った内容は再度王都の内政担当官とのすり合わせを経て、正式に公示される。
もし公示までの過程で内容に変化が生じた場合は再度の協議が必要だが、団長さん曰く『棋士団惨敗という結果から見れば破格すぎるほどの内容』であり、内政担当官がこれ以上を望む事はないだろうとの事だった。
さて、国のお墨付きも出たし、パトロンの都合もついたし、これから忙しくなりそうだ。




