棋士団VSナオト道場7
本局局面図の一部は縮小している為、見難いかもしれません。
あまりに見苦しいようなら掲載方法を再考します。
「この世界を統べる神よ。シンバンによる裁定をお願いする。
相手は東第4集落の民ユリ。
俺が負けた場合の代償は、王国棋士団から流浪の民サガワナオトに対する全ての勧誘の禁止。」
「私が負けた場合の代償は、先生に対する以後の勧誘妨害の禁止です。
あ、対象は私の村の全員です。」
『代償確認。
先攻ユリ。392戦184勝。敗北の場合は東4号集落所属民全体に対する、サガワナオトへの勧誘行為妨害の禁止。
後攻エチレン。3925戦2356勝。敗北の場合は王国騎士団全体に対するサガワナオトへの勧誘行為の禁止。
相違ないか。』
「あ、制約として15分の持ち時間制でお願いします。」
「む、そうだったな。」
『制約確認。
持ち時間15分、秒読み無し。
代償確認。
先攻ユリ。392戦184勝。敗北の場合は東4号集落所属民全体に対する、サガワナオトへの勧誘行為妨害の禁止。
後攻エチレン。3925戦2356勝。敗北の場合は王国騎士団全体に対するサガワナオトへの勧誘行為の禁止。
相違ないか。』
「相違ありません」
「それでいい」
「よろしくお願いします」
「あぁ」
うちの道場では地球と同様に、対局開始時と終了時には挨拶を義務付けている。
それはシンバンでも同様だ。
しかしこっちはあいさつするのに向こうはしないってのは、どうにも座りがよくないな…
単に気分的な問題ではあるが。
「エチレン副団長!そんなガキとの闘いなんかとっとと終わらせてください!」
「そうだそうだ!俺らを舐め腐ったこいつらに棋士団の実力を見せてやれ!」
「そうだやっちまえ!」「思い知らせてやれ!」と悪口雑言が棋士団から湧き出てくる中、ユリちゃんは眉一つ動かさずスクリーンを凝視している。
5秒ほど考えて指した第一手は
『7六歩』
角道を開ける一手だった。
「…ふん。動かし方くらいは知っているようだな。」
『3四歩』
『6六歩』
『8四歩』
『6八飛車』
「…何?」
(ほー。今日は四間飛車で行くのか。)
ユリちゃんの棋風は一言でいえばオールラウンダーである。
戦型へのこだわりが少なく、居飛車振り飛車どちらでも指す。
三間飛車一辺倒だった俺とは似ても似つかない棋風だ。
三間飛車や穴熊と言ったピーキーな戦術はまだ指しこなせないようだが、一般的なもので俺の教えた戦型はほとんど覚えているらしい。
実に優秀。正にトンビが鷹を生むというやつだ。
「駒の動かし方を知っているのはいいが、大駒を自ら近づけるとは所詮素人か。馬鹿め。」
『8五歩』
どうもこの世界では振り飛車の概念が一般的ではないらしい。
最初にアラミドとかいう副団長と指した時も、さっき団長さんと指した時も、飛車を振った瞬間の反応は芳しくなかった。
『7七角』
「ちっ」
『6二銀』
(お。)
ピクッ
ユリちゃんの手が止まり、少しの時間考えたが、程なくして継続手を指した。
『4八玉』
うん。合ってる。
6二銀は右銀の早期活用を目指す一手。
右銀を使った戦いは2筋ないし3筋で起こることが多いから、落ち着いて玉を逃がすのが定跡と言われている。
所謂「玉の早逃げ八手の得」というやつだ。
四間飛車と一言で言っても、戦型にはいくつかのタイプがある。
最序盤で角道を止める、最もオーソドックスな「ノーマル四間飛車」
対穴熊、対左美濃用の特殊な戦型である「藤井システム」
角道を止めるどころか自ら角交換を繰り出す「角交換四間飛車」
角交換四間飛車に更に穴熊を合わせた難解な戦法「レグスぺ」
などなど
その中で今回ユリちゃんが指しているのは、角道を止めるノーマル四間飛車だ。
ノーマル四間飛車の場合、主な狙いは相手の攻めに対してカウンターを仕掛け、飛車角を捌いていく形になる。
その為、自玉は可能な限り早期に囲う必要があり、その面でも最序盤に玉を戦場から離す手は強く推奨される。
『4二玉』
『1六歩』
『5四歩』
『3八王』
『5三銀』
『2八王』
『3二玉』
『3八銀』
『5二金』
『5八金』
淀みなく指し手は進み、この手でユリちゃんの戦型は整った。
シンプルなノーマル四間+美濃囲いの陣容である。
突出した部分が少なく、横からの攻めに強い美濃囲いは、カウンター狙いのノーマル四間とは相性が抜群に良い。
対する副団長サン側はパッと見、船囲いっぽい陣容。
船囲いも有名な囲いで、居飛車急戦には好んで用いられる、少ない手数で組みあがる優秀な囲いだ。
ただし、小手数で組みあがる反面、左美濃、穴熊と言った囲いより防御力が低い為、持久戦を目的とする場合はあまり用いられない。
右銀を早期にあげた事と組み合わせて考えると、恐らくこの副団長サンは急戦を得意としているんだろう。
『1四歩』
『3六歩』
『4二銀』
3六歩を指した瞬間は5五角が王手になるが、3七桂馬でなんともない。
とはいえ本来3六歩は美濃囲いには不要な一手だ。
恐らくこの手は美濃囲いから高美濃囲いへの組み換えを目的としているものだろう。
『4六歩』
『6四銀』
『7八銀』
『5三銀』
『5六歩』
『7四歩』
『4七金』
4七金で高美濃囲いの駒組が完成した。
高美濃囲いは美濃囲いから発展する囲いの一つで、玉近辺の厚みを増して玉近で戦いが起きる事も想定した囲いである。
3七の地点が空いているが、恐らく将来的には右桂を跳ね、玉頭に圧力をかけていくのを含みにしていると思われる。
「…ふっ」
『7五歩』
「!」
(仕掛けてきた!)
ユリちゃんの表情も一瞬強張ったが、この仕掛け自体は然程脅威ではない。
応手としてはおそらく6五歩の反発が最善。
6五歩に対して尚も相手が7六歩と進めてくるなら22角成、同玉から6四歩で銀得の上先手の駒が捌きやすくなる。
『6七銀』
2分弱の考慮時間でユリちゃんが指したのは、俺の結論とは異なる6七銀だった。
7五同歩と取る選択肢は無いとしても、6七銀は少し辛い一手。
7六歩に同銀と応じた後、7二飛車を回られ、力をためられると銀を守りにくくなる。
『7六歩 』
『7六同じく銀』
「…ちっ。」
『7五歩打』
どうやら副団長サンは7五歩、同歩、同銀、7六歩、8六歩の流れを考えていたらしい。
力をためる事はせず、歩を打ってきた。
これなら6七銀と銀を下げれば済む事なので何の問題もない。
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副団長サンがやろうとしていた「7五歩、同歩、同銀、7六歩、8六歩」という一連の流れは「斜め棒銀」という戦法の一部分で、振り飛車側はこれを防げないと、8六、8七といった飛車先の要所を守り切れず、相手だけ龍を作られたり、角をタダでとられてしまったりと散々な目に合う。
斜め棒銀を防ぐために意識するべき事は数多いが、一番わかりやすいのは「歩の突き捨てを安易に取らない事」である。
本局はその典型例で、例えば本局で安易に突き捨ててきた7五の歩を取ると、銀が7五の地点に進出できてしまう。
7五に居座られた後で7六歩と打っても後の祭りで、8六の地点に歩、銀、飛車の三枚が効いている為、8六歩、同歩、同銀となり、この銀を角でとったら飛車で角を取られ、放置すれば角を取られ、角を逃がせば8七銀成と攻め込まれてしまい、振り飛車側大失敗となる。
他に8六歩を同歩と取らず、7五歩と銀を取る方法もあるが、こっちはもっと悲惨で8七歩成と進んだ手が銀と角の両取りになってしまう。
銀でとれるじゃないかと思うだろうが、銀でとったら飛車が成り込んでくる。
結果振り飛車側の左翼は龍がいるわ銀は取られるわでズタズタにされる。
その為、本局のユリちゃんは7五歩を同歩と取らず、角頭を守る為に銀を上げた。
最善手ではないが、対斜め棒銀の注意点を理解し、致命的な悪手を未然に回避した指し回しと言えるだろう。
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『6七銀』
『8六歩』
『8六同じく歩』
副団長サンは次いで飛車先を突き捨ててきた。
これは何らかの方法で6六の歩を進ませて角交換が出来るようになった際に、7七角成、同桂と角交換を押し付け、8六の歩を守る駒がいなくなった瞬間にすぐさま8六飛車と走る作戦を含みにしている。
しかし6六の歩を進ませるのに適切な駒である歩はまだ6三であり、さらに6四に銀が居座っている為、6六の歩を吊り上げるのは難易度が高い。
銀を使って吊り上げる事も出来なくはないが、飛車を走らせるためだけに銀を捨てるのはコストパフォーマンスが悪すぎる。
一体どうするつもりなんだろうと訝っていると、副団長サンは口角を吊り上げ。
「ガキにしては中々だが、これならどうだ!」
と叫びながら
『7三桂』
と右桂を活用してきた。
次話投稿が少し遅れます。
局面図作成に手間取っているのと、棋譜の見直しが入った為です。
申し訳ありませんm(__)m




