棋士団VSナオト道場6
「団長を愚弄するのか!!そんな年端もいかない子供と勝負だと!?」
「そうだそうだ!!駒の動かし方もろくに知らないガキと戦って勝負になるものか!!」
「先生!それは流石に無茶だよ!」
「そうだよ先生!いくらユリちゃんが強いって言ってもまだ10にもなっていないんだよ!?」
「でもあのユリちゃんだよ?道場で一番将棋の上手い…」
「いくら将棋がうまくてもシンバンはまた別だよ!できっこない!」
「いやでも、先生が推薦するくらいなんだしもしかしたらって事も…」
「まさかそんな…」
「フレー!フレー!ユ・リ・ちゃん!頑張れ頑張れユ・リ・ちゃん!」
棋士団からは怒声が、村人からは出来っこないという声が湧き上がる。
(…約一名、若干方向の違う黄土色の歓声もあるようだが…)
当事者たる団長さんは眉を顰め、ユリちゃんは団長さんを見たまま完全に固まってしまっている。
まぁみんなの不安感は解らないでもないが、うちの門下生にはいい加減自覚してもらわなければいけない。
自分らが一体どれほどの強さを身に着けているのかを。
「…ナオト殿。申し訳ないがその勝負を受けるわけにはいかない。
儂が今回ナオト殿と戦ったのは、副団長であるアラミドが貴殿に負けたからだ。
少なくとも副団長と同等か、それ以上の棋力があると示せぬ限り、儂が戦うわけにはいかん。」
あらら。しかしまぁ、その理由も尤もだ。
挑まれるたびに相手してたら団長の体がいくつあっても足りやしない。
ある程度の篩は必要だろう。
「そうですか、なら仕方がないですね。」
無理なものをごり押ししても仕方がない。
別に絶対団長じゃないといけないってわけでもないし。
視界の隅でユリちゃんが安堵のため息をついたのが見えたけど、安心するのはまだ早いよー。
「じゃあ適当な副団長さんと対局させてもらえませんか?
どうせ誰だろうとこの子より弱いんで」
「ぴぇ!?せ、先生!?」
その言葉に一番早く反応したのは両手で抱えられたままになっているユリちゃん。
そして次に反応したのは「子供より弱い」と言われた四人の棋士団副団長の中で、最も背の高い筋骨隆々な男性だった。
「いいだろう…それなら俺が相手をしてやる。」
うわ…ごっつ…。
「エチレンか…。ふむ、お前ならいいだろう。
言うまでもないとは思うが、もし負けようものなら…解っているだろうな?」
「愚問であります団長。」
いいのかな?そんな安請け合いして。
「あー、ちょっといいですか?対局のルールについてなんですが。」
「…なんだ。」
「ここは時間を効率的に使うために、持ち時間制で対局してもらえませんか?
棋士団の方々は相手の手を急かすのがお好きなようですし。」
ちらりとアラミド副団長の方に目を配ると、彼は気まずそうに眼をそらした。
「…持ち時間制というのはなんだ。」
「お互いに15分の時間をもって対局するんです。
対局開始時、お互いが持ち時間15分からスタート。
その後、相手が指してから自分が指すまでの時間かかった時間、つまり考えている時間分、15分の持ち時間から削られていき、持ち時間が無くなった方が盤面の状態に関係なく負けです。」
「ふむ。流浪の民にしては面白い制約を知っているな。
時間の浪費は自身の首を絞める事になるが故に、無駄な時間の浪費を防げるというわけか。
面白い。エチレン、それでやれ。」
「御意!」
「ユリちゃんもそれでいい?」
「え!?えっと…あの…
…はい、それでいいです…。」
日頃指してるのは10分の切れ負けだからな。
5分も長いなら初めての相手と言ってもだいぶ指しやすいだろ。
「して、ナオト殿。代償は何を望む?」
え?
「シンバンを使って戦うなら何かしらの代償を設定するべきだと思うが。」
あー…。
考えてなかったな。
(まぁ適当な額の銀貨でいいか。)
そう答えようとしたその瞬間、予想だにしていなかったところから条件の提示が上がった。
「だったら…二度と先生を王都に呼ぼうとしないでください!」
それは両手に抱えられたまま副団長を睨み付けているユリちゃんの言葉だった。
「先生はこの村の道場でたくさんの人に将棋を教えてるんです!
私たちは、先生にここにいてほしいんです!」
その声には誰が聞いてもわかる必死さが込もっていた。
「…それはこちらが勝てば、君を含めた村の民は、今後の勧誘を邪魔しないという事かな?」
団長さんはその言葉を意にも介さず、値踏みするようにユリちゃんを見下ろしながらそう告げる
…まぁ確かにユリちゃんの条件をこっちが勝った時の条件にするなら、向こうが勝った時の条件はそうなるだろう。
俺としては、強制連行さえ出来なくなればそれでよいと思ってたので、別に勧誘があろうがなかろうがどうでもいい。
行く気全く無いし。
「…はい。その通りです。」
「ほう。気丈な娘だ。
いいだろう。
エチレン、その代償でやれ。」
「了解いたしました!」
「ユ、ユリちゃん?」
抱えていた手を下ろし、ユリちゃんにそう問いかけると、彼女はこちらを向かないまま、今まで聞いた事もない声色で俺に返した。
「任せてください先生。
先生の一番弟子の強さを、あの人たちに見せつけてきます。」
それはいつものおどおどした口調ではない。
一本芯の通った、凛とした声色だった。




