棋士団VSナオト道場1
「ナオトさん!ナオトさん!大変だ!!」
道場を開いて半年ほど。
村の雰囲気にもだいぶ慣れ、シンバンで持ち時間制の将棋を指せるだけの棋力を持った門下生が半数くらいになった頃。
トラブルは秋空と共にやってきた。
「あ、ポールさん。こんにちわ。
焼き芋出来てますよ。食べますか?」
彼は村専任の猟師兼行商人さん。
村周辺で動物を狩り、村の作物と交換したり、ここより大きな町で売ったりして生計を立てている。
背は高く体格もいいが、まだ20そこそこらしい。
そして(顔だけでなく性格含めて)イケメンである。爆ぜろ。
「あ、これはどうも…じゃなくて!!
大変なんですよ!ナオトさん!
こっちに来る途中にすれ違ったんですけど、王都の棋士団がすぐそこまで来てるんです!
副団長どころか団長まで総動員しての遠征です!!
このままなら昼前にはこの村に来ちゃいますよ!!」
「!」
(ついに来たか)
その急な凶報にざわめき始める門下生たち。
(来るんだったら遅くても二月後くらいだろうと思ってたから、ある意味では予想外だが、良い意味で予想を外れてくれた。)
村の道場も徐々に市民権を得つつあるが、当初の村長との話し合いにあった通り、本来は対棋士団を想定しての普及だった。
そして今の道場には棋士団と十分に渡り合える門下生が何人もいる。
(…ちょうどいいところに、腕試しのカモが湧いて出てきてくれた!)
「ちょうどいいじゃないですか。ここの門下生の強さを見せてやりますよ!」
「…正気ですか、ナオトさん。
ナオトさんが副団長に二連勝した話は村長からも聞いてますし今更疑ってません。
でも!今日は棋士団の団長がいるんですよ!」
上等上等!久々に骨のある将棋が指せるぜ!!
「ナオトさんが勝った副団長の何倍も強く、副団長との模擬戦も勝率8割以上という噂です!
いくらナオトさんがシンバンに長けていても団長には勝てませんよ!」
ん?
「…8割?」
「はい!
5戦すればどんな場合でも4勝はすると聞いてます…
調子がいい時には5戦全勝だとも…
我々とは次元が違いすぎるんですよ…」
…8割。
あの副団長に勝率8割。
あの副団長『ごとき』に負ける確率が『2割も』ある。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ…。」
よっわ…くそ雑魚やんけ…。
「ナ、ナオトさん?
どうしたんですか?急に蹲って。」
「指す気失せた…そんな奴ユリでも勝てるよ」
「「ええええええええええ!!」」
「そ、そそそそんな!!私なんかが棋士団の団長に勝てるわけありません!!」
「ユリちゃんのいう通りだよナオトさん!一番弟子だからって贔屓目が過ぎる!!」
単なる事実なんだが…。
「ふぅ…。
わかった、信じないなら信じられるように見せてあげる。
ポールさん、その棋士団の人達はいつ頃くるって?」
「え…多分、昼前には…」
「じゃあ村長に頼んでちょっと早めの昼飯にしてもらおう。
遠路遥々来たんだから少しは歓迎しないとね。」
「…ナオトさん…不安じゃないんですか?」
おうおう…すっげぇ顔しとるよポールさん。
まぁ、将棋も指さないし、実感なくても無理ないよね。
「副団長に常勝できないような棋士なら恐れるに足りんよ。
片手でひねってあげる。」
そもそも片手しか使わんし。
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太陽が天頂に届く少し前。
時刻でいうなら11時頃
『それ』は騒々しくそして喧しく村を訪れた。
「村人共!!王都棋士団の視察である!!」
傲慢な立ち振る舞いで居丈高に吠えているのは中間管理職っぽいおっさん。
髭の蓄え方から50歳くらいかな?
その後ろには60くらいで馬に乗った偉そうなハゲ。
ハゲの隣には対局した記憶のある何とかって副団長と、その他に副団長サンの2Pカラーみたいなのが3名
「今回の視察はこの村に居候しているという旅人に用がある!!呼んでこい!!」
…アラフィフ管理職の大声を聞いて子供涙目じゃん。
畑仕事手伝ってる子供捕まえて恫喝とか腐ってんな。
このままだと洒落にならんこっちから出向こう。
迷惑って概念がねぇのかコイツ。
「お疲れ様です棋士団さん。で、団長さんはどの方ですか?」
「誰だ貴様は!!儂は旅人を呼んで来いと言っただろうが!!」
…こいつこの距離で尚この声量とか頭おかしいんじゃね。
「俺がその旅人だ、棋士団さんよ。
で、団長さんとやらはどいつだ。さっさと出せよ。」
こっちも自然と語勢が荒くなる。
恫喝するしか能のない人間に向ける敬意の持ち合わせなんか微塵もないし。
「なぁにぃ?
ふん!貴様みたいな若造に負けるとは、副団長さんの腕も落ちたもんだなぁ!!」
何がおかしいのかゲラゲラ一人で笑い始める管理職。
ダメだ、こいつじゃ話にならん。
「ちょっとそこの!だいぶ前に一局指したなんとかって副団ty「アラミドだ!!」…アラミドさんさ。
あんたの脇で馬に乗ってる大将が団長さんで合ってる?」
「…あぁ、そうだが。」
しぶしぶといった顔で答える副団長サン。
視線を団長さんに向けると、ちょうど団長さんは馬から降りるところだった。
慣れた様子で下馬し、副団長と団員を引き連れた団長は目の前まで近寄り、手を差し出しながら。
「お初にお目にかかります。
わたくし王都棋士団団長を務めておりますナイロンと申します。
以後お見知りおきを」
…ほーん。
なんだ。普通の人じゃん。
中間管理職と副団長のザマから、てっきり高圧的な糞野郎だと予想してたんだが…。
「随分丁寧ですね。部下らしいあのおっさんは随分な態度だったのに。」
ちらとさっきの中間管理職へ目を向けると、さっきまでいたはずのうるさい生物は消えていた。
「あれ?」
傍にいたはずの子供に目で聞いてみたが、首を振って答えた。
「どうかご心配なきよう。
我らが棋士団に身の程を弁えぬ下品な輩はおりません。
『もしいたならばいなくなります』ので。」
団長さんに視線を戻すと、汚物を見るような目をさっきまで中間管理職がいた地点に向けていた。
「…何かしました?」
「貴族根性が抜けない馬鹿を1人処分しただけです。
うちの団員は一人残らず私のシンバンで統制済みですので。
何、あなたには関係のない事ですよ。」
ふーん…。まぁいいか。
「で、俺に用との事でしたけど?」
「ええ、単刀直入に用件を言いましょう。
王都に転居し、我が棋士団に入っていただきたい。」
…やっぱりな。