【閑話】異世界将棋道場2
『制約確認
持ち時間10分、秒読み無し。
代償確認。
先攻ユリ。36戦2勝。敗北の場合は負け数1をカウント。
後攻サガワナオト。40戦38勝。敗北の場合は負け数1をカウント。
相違ないか。』
「相違ありません」
「…ありません」
ユリとの対局は基本的にはシンバンを使って行う。
今道場で対局してる門下生も最終的にはシンバンでの対局に慣れてもらうが、今はまだ早い。
例の副団長との対局で感じたが、持ち時間のない対局に慣れている棋士は読みへの集中力が希薄なように思える。
自分の手番に時間を湯水のように使えるので、集中力が「薄まって」しまっているように感じるのだ。
その為、この道場では最初の時分は時間無制限で行うが、ある程度将棋に慣れ、シンバンでの対局を始めた場合には、必ず10分の切れ負けルールで対局するよう決めた。
10分の切れ負けルールでは、お互いに10分の時間を持って指し、持ち時間が切れた方は盤面に関係なく負ける為、どんなに長くても必ず20分以内に対局が終わるのである。
このルールを採用する利点は二つある。
一つ目は、原理的に必ず20分以内で終わる為、ダラダラと時間を浪費する対局にはならないという事である。
道場は村のルールに従い、日が沈むまでしかやらない為、時間を有効活用できるこのルールを採用している。
二つ目は、相手の手番でも集中を切らない癖がつくという事である。
持ち時間がある場合、相手の手番は自分の時間を使わずに次の手を読む事が出来る「ボーナスタイム」と考える事が出来る。
そのボーナスタイムを最大限有効活用する為には、相手の手番でも切らない「持続する集中力」が求められる。
これが出来るようになると、それまでと比べて読みに当てる時間が単純に倍になる為、それまでと比べて遥かに深く読むことが出来るようになるのだ。
上記の様に利点の多い切れ負けルールだが、始めて間もない他の門下生にやらせていないのは理由がある。
それは、切れ負けルールの場合、序盤、中盤、終盤でそれぞれ消費する時間に気を配らなければならないからだ。
序盤で時間を使いすぎてしまうと終盤で時間が足りなくなり、詰みを逃すリスクが出てくるし
それを防ぐために序盤の消費をケチると、今度は序盤で思わぬ奇襲を食らって、一方的に負けるリスクが出てくる。
ユリも始めた頃は時間の配分がうまくできず、何度も切れ負けや頓死を起こしていた。
今はだいぶ慣れてきているが、彼女が切れ負けルールに慣れるためにかけた時間を考えると、他の門下生にはまだ切れ負けルールの導入は早いと思う。
また、ユリとの対局をし始めてから、将棋に対する俺の方針が少し変わった。
「「よろしくお願いします」」
『先手、7六歩』
『後手、3四歩』
『6六歩』
『8四歩』
地球にいた頃は、覚える定跡を絞る為に使用する戦法は基本的に三間飛車へ限定していた。
その為、自分が先手の場合は必ず『7六歩』、後手の場合、先手が『7六歩』なら『3二飛』それ以外なら『3四歩』としていた。
振り飛車を好む「振り飛車党」どころか、三間飛車しか指さない「三間飛車党」である。
しかし、曲がりなりにも人に教える立場になった以上、教える側が三間飛車しか指せないというのは、害こそあれど得はない。
三間飛車しか指さない俺との対局に慣れてしまい、居飛車相手に手も足も出ないというのでは道場の意味がない、むしろ逆効果ですらある。
なのでバリエーションを増やすために、一大決心で船囲いを指す事にしたのだ。
思い立った当初は、碌な棋書もない世界じゃ勉強もままならないだろうと長期戦を覚悟していたのだが…。
シンバンを色々いじくっている内に、地球の棋書がシンバンの中に記録されてる事が解った。
それも、断片的な記録や落丁資料ではない完全なコピーである。
シンバンの中に記録されてる理由は解らなかったが、渡りに船とばかりに活用させてもらう事にした。
(農学や化学といった有用な書物も記録されてやしないかと探しては見たが、残念ながら記録されていたのは棋書だけだった。
どんだけ将棋好きなんだよあの神様…。)
本局はその記念すべき居飛車初対局である。
『6七銀』
『8五歩』
『7七銀』
『4二銀』
ピタ
10手にさしかかろうとするあたりでユリの手が止まった。
「…先生。」
「なんだい?」
「今日の序盤は、いつもと違いますね。」
(流石一番弟子、気づいたか)
「あぁ、今日は何時もと戦法を変えてるんだ。
ユリが三間飛車ばっかりに慣れてしまってはよくないからね。」
「むぅ…。とっておきの三間飛車対策を考えてきてたのに…」
(ほれみたことか)
『2六歩』
『3二金』
「まぁ、その対策はまた今度、俺が三間飛車を指すときまで温めておきなよ。
無駄にはならないからさ。」
『7八金』
『7二銀』
「…はい。そうします。」
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-
「うーん…。
ダメだ…。負けました」
「ありがとうございました。」
ユリ強くなったなー…。
初居飛車の対局とはいえ、油断もしてなければ手加減もしてない。
ユリは俺の悪手を見逃さず、俺に見えていなかった勝ち筋を見つけて逆転した。
純粋にユリの棋力や集中力が俺の想像を超えて上がっているのだ。
「あの…もう一戦お願いしてもいいですか?」
「もちろん。居飛車振り飛車織り交ぜて何局か指そう。
俺も負けっぱなしだと悔しいしね。」
そう答えるとユリは年相応に可愛らしく破顔した。
やはり棋力が近い相手との対局は楽しいのだろう。
俺も道場での将棋とは別に、村長や村のおじさんと付き合いで指す事があるが、やはり棋力に差があるとどうしても相手の指し手にぬるさを感じてしまい、対局で勝っても強い不満を感じてしまう。
(こればっかりはどうしようもない事とは言え、解消手段がないその不満感は、成人してだいぶ経つ俺から見ても、結構辛かったからな…。
いずれは追い越されるかもしれないが、環境が許す限りユリの全力を受け止められるだけの力は持っておきたい。
その為にも早く居飛車の定跡も覚えなければ…。
弟子に負けてはいられない!)
すっかり霧消してしまっていた将棋への熱意が、徐々に戻ってきていた。
そして、彼女の上達に触発されたのか、門下生も続々と持ち時間制の対局を実践する様になっていった。
棋力も上がり、地球で言う町道場3級程度の実力は持っているだろう。
(とはいえ、一番弟子たるユリちゃんは控えめに言っても2級以上の棋力があるので、未だ飛び抜けた棋力差があるのは変わらないが…)
この世界の人たちは決して棋力が伸びないわけではない、単に棋力を伸ばす機会にも手段にも恵まれなかっただけなのだ。
独占した定跡に胡坐をかいて、上から目線で調子に乗ってる棋士なんぞもはや敵じゃない。
しかしそれは同時に、王都の棋力では早晩この村が統治できなくなる事を意味する。
幸い今のこの村に反乱に繋がりそうな野心の兆候はないが、俺に見えていないだけかもしれないし、それを考慮しないのは、あまりに希望的観測が過ぎるというべきだろう。
(遠くないうちに、この村には自らの持っている棋力を自覚した上で、王都とのこれからを考えてもらう必要があるかもしれない…。
もしこの村が国政に反旗を翻す事を選択するのなら、俺も今後を考える必要があるだろう。)
俺の撒いた種ではあるけど、別にクーデター起こしたかったわけでもないからな…。
止めはしないが戦力にカウントされるのは御免だ。
※相居飛車の棋譜に関してはどうもしっくりするものが出来なかったので、考えた結果省略することにしました(暴挙)
いつか自分の棋力が理想に追いついたら詳細を書くと思います。