老将軍ガイ、男子会に参加する。
本編は終了しましたが、こちらはボチボチ続けていくつもりです。
「――儂もそれに出席しろと?」
女王国公館の隣にある簡易宿舎、軍の上層部の人間はそこを拠点に動いている。
儂がそこで武具の手入れをしている昼下がりのこと。
突然ノックが鳴った。
余程の用事がある場合でないと誰も訪ねようとしない儂の部屋に、到底似つかわしくもない軽いノックだった。
重い腰を上げて扉を開けると、そこにいたのは息を切らせながらも満面の笑みのウィル。
どうやら隣の公館から走ってやってきたらしい。
その後ろには数名の護衛武官たちと所在無さげな顔をしているファズがいた。
何でも公館の会議室を借り切って『男子会』とやらをするのだという。
飲んで食べて、くだらないことを話す懇親会のようなモノだと。
――主催はあのブラウン。
そんな和気あいあいとした交流の場に儂のようなカタブツを誘おうとは、あの若造は一体何を考えているのやら。……盛り下がっても責任は取れんぞ?
「ねぇ、早くいきましょうよ!」
儂の逡巡も余所にウィルが腕を引っ張ってくる。
こういったところはまだまだ子供だ。その姿にどこかほっこりする。
彼は随分と年の離れた友人の忘れ形見だ。
ここ帝都まで来たのはこの子を守る為という理由もある。
はてさて、どうしたものかと後ろのファズの顔色を窺うと彼も困ったように頷いた。どうやら彼も出席するらしい。どちらかといえばファズも宴会向きの人材とは言えないが。
彼ら破戒僧――かつて儂たちが勝手にそう呼んでいた――とはまだ少しばかり距離がある。
一応ことあるごとに人当たりのいい部下を選んで酒を持ち込み、酌み交わすようにしている。
酒ぐらいで我々のことを許してもらえるとは思っていない。
それでも女王国を支える者として仲良くしていきたいのだと、我々を許さなくてもいいからお互い手を携えていきたいのだと、これからも続けていくつもりだ。
何よりそれが女王陛下と彼ら真言派の提示した和平条件だった。
儂は残り少ない人生を賭けて彼らの想いを受け止めようと思っている。
あちらもその気持ちを汲み取ってくれているのか、徐々に雪解けも近い雰囲気が流れ始めつつある。
もしかすると今回の件は我々の仲を取り持つ為にブラウンが用意してくれた機会なのかもしれない。
――それならば。
儂も頷くと、参加の意思を示した。
公館で一番広い会議室には屈強な男ばかり数十人がひしめき合っていた。
むさ苦しいことこの上ない。
その中でブラウンが音頭を取って乾杯する。
机の上に所せましと並べてある料理は全て儂と部下たちで作った。
皆でそれを頬張りながら酒を酌み交わしていく。
こんな飲み会ではお約束なのだろう、次第に内容は女性の話へと移る。
「ほら、年少者! ウィルはどんな女性と結婚したいんだ?」
どこからともなく飛んできた声にウィルの顔が一気に赤くなった。
当然ながら酒は飲ませていない。ただ照れているだけだ。
彼が年相応に見えるのはここ女王国ならではのこと。
ブラウンや他の連中はウィルのことを徹底的に子供扱いする。
山岳国では絶対にあり得なかったことだった。
彼は非常時には王になるべき存在である。
そして何よりそのことを彼自身が一番自覚しており、早く信頼に足る大人にならねばと彼を幾重にも縛り付けてきた。
だがそれが取っ払われた今、彼は日々を楽しそうに過ごしている。
これも今は亡き友人が自らの命と引き換えに得たモノの一つだろう。
ウィルは恥ずかしそうに顔を伏せながらもおずおずと口を開く。
「そうですね。やっぱり優しくて、それでいて芯がしっかりしている女性ですね。山に咲く花のように穏やかさと凛々しさ、それに逞しさを兼ね備えていて、……でもどこか抜けていて、自分がどれだけ可愛らしいのか、どれだけ皆に愛されているのかイマイチ自覚がなくて、……あぁ、でもそこがまた良くって――」
全く……一体誰のことだか。
周りの者たちも一生懸命話しているウィルをニヤニヤと眺めていた。
彼の恋心はすでに誰も知るところだ。
初々しい限り。皆が二人を温かく見守っている。
やはり山岳国兵士たちで不動の一番人気はマイカだった。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
荒くれ者の酒飲みが多数派の彼らからすれば、自分の酒に付き合ってくれて、それでいてあれ程の美形ならばのぼせ上がるのも無理はない。
彼女は相手が誰であっても気安く懐に入り込める稀有な女性だ。
飲み会をしていても、いつの間にか何食わぬ顔で参加している侮れない存在でもあるが……。
この儂にも一切臆することなく「ジジイ、ジジイ」と笑顔で肩を叩いてくる。
敬遠され気味なことを気にしている自分としては実にありがたい存在だ。
だが彼女は家庭的だとは言えない。
もう少し穏やかになってくれれば申し分ないのだが。
「……で、ファズの旦那はどうなんだい?」
会話の隙間を縫ってブラウンが彼に話を振る。
彼は自分にも話が飛んでくるとは思っていなかったらしく、目を白黒させた。
皆もいつも寡黙な彼がどんな女性を好いているのか興味もあるらしく、一気に場が静まり返る。
そんな緊張の中、彼はポツリと呟いた。
「山岳男子の一人としては、やはり『山岳撫子』でしょうかね?」
「……なんだそれ?」
ブラウンは聞き慣れない言葉だったのか首を傾げる。
すると山岳国兵士たちが一斉に儂を見るのだ。――ウィルも含めて。
「……え? ……ま、まさかガイの爺さんが、そのナデシコってヤツなのか?」
その反応にブラウンが盛大に驚く。
……馬鹿だ。この男は本当に馬鹿だ。
ファズにしても、とんだとばっちりだったようで、違うと慌てた顔で何度も首を振る。
いつも冷静な彼の珍しい反応をみた皆が大笑いした。
仕方なく儂が説明することに。
「山岳撫子っていうのは、……なんだ、山岳国に住む女性で特に優れた……いや、少し違うな、……要するに山岳男子の理想とする女性の呼び名のようなモノか、……まぁそんな感じだ」
少し酔いやら照れやらが混じってしどろもどろな返答になってしまった。
それをウィルが補足する。
「そしてガイ様の亡き奥方様はその山岳撫子の鑑とまで言われた女性だったのですよ!」
その言葉に、山岳国以外の者たち全員が感嘆の声を上げた。
……少々気恥ずかしい。
ウィルのいう通り、亡き妻は山岳撫子の鑑と呼ばれていた。
彼女は容姿も家柄も抜群で、更に故ハルバート候の妻でありウィルの母君でもあられる元王女殿下の養育係に任命される程の教養も兼ね備えた女性だった。
そして妻の薫陶を受けた王女殿下はすくすくと成長され、男勝りでわんぱくな、誰もが「彼女が男であったならば」と言われるほどの立派な――。
……って、何かオカしくないか?
何故そうなってしまったのだ? あの妻がついていながら!
いやいや王女殿下には誠に申し訳ないが、これは妻が悪い訳ではないだろう。
王女殿下、引いてはの王家の血筋的に山岳撫子と相容れない何かがあったのだ。
きっとそうだ。そうに違いない。
現に儂の娘たちは、すくすくと育ち、立派な――。
って、婿殿たちはよく顔に青あざを作っていたような……。
家に居たころはよく繕い物などを……することなくひたすら拳術の稽古ばかりしていた、か。
しかし、娘たちと違って、妻はよく料理をして……くれなかったから、全部儂が作っていたような気がする。
おかげで儂は戦場でも料理や細々とした繕い物が出来て、上の人間から一目置かれるようになったのだ。
妻が亡くなり娘たちが嫁いでからも、婿とともに里帰りしてくる娘たちに儂が手料理を振舞っていた。
それを婿たちが手伝ってくれて……。
あれ? そもそも山岳撫子とは何なのだ?
夫を幸せにする為、子供たちを幸せにする為に命を懸けることが出来る女性、それが山岳撫子だ。
山岳男子の最大の誉れは武功を挙げることではなく、山岳撫子とつがいになれること、昔からそう言われ続けていた。
妻との結婚が決まったとき「一介の僧兵風情のお前が山岳撫子を妻にもらえるなんて!」と同僚や貴族たちから羨ましがられたものだ。
もしかして儂は担がれたのか?
いやそれだけは絶対にありえない。
実際儂は妻と結婚できて幸せだったのだ。
妻から愛されて、娘たちにも愛されて、孫や娘婿たちも儂にはもったいないぐらいだ。
皆がいるから、皆を守りたいから儂はここ帝国までやってきたのだ。
それもこれも全て妻がいたからこそだ。
やはり妻は山岳国男子が羨ましがる山岳撫子の鑑で間違いない。
どうかここにいる若い衆たちにも、山岳撫子でなくとも素敵な出会いがあることを切に願う。
そんなことを考えながら、儂は酒をチビリチビリと飲んでいた。
今回は笑い話というよりもこぼれ話でしたね。
ガイさんはそこそこ練り込んでいたのですが、出始めでそれをカットしたせいで、なし崩し的に片っ端から出番を奪われてしまった不遇の人です。
早くストーリーの軸足を帝国に置きたかったので、山岳国編はささっと流してしまいました。
実は7章以降もウィルの母とも連携を取るはずだったのですが、その彼女は名前すら出ていません。
結局ガイさんは涙もろく料理が得意な爺さんになりました。
まぁ、これはこれでアリかなと。




