ブラウン、体調を崩す。
ブラウンによるツッコミです。
彼視点だと安定しますね。
「……どうも体調が悪いんスよねぇ」
俺はチラッッチラッとした視線で、誰にともなく呟いた。
「また拾い食いかよ!」
まず返ってきたのはマイカの辛辣な言葉。……ってか、またってなんだよ!
お前は俺がそんなコトしているのを見たことあんのか?
「……胃薬ならありますよ?」
続いて若干引き気味のクロエさんが優しい言葉をかけてくれた。
「ですから、拾い食いなんてしてませんて!」
「……じゃあ、何なのよ?」
そして例によって何故か俺に対しては機嫌の悪い姐さん。
どんどん俺に対する扱いが雑になっていないか、この国?
「それが分からんのですよね。……ちょっと胸が痛くて熱もある感じです」
「……もしかして恋、ですか?」
ウィルが心配そうに、それでいてどこか警戒感を見せながら訊いてくる。
……いやいや、誰に?
この国の女、特に姐さんの周りにいる人はイロイロとヤバすぎる。
クロエさんはそもそも人妻だしな。
心配せんでもパールみたいなガキには興味ないから、そこは安心しろって。
「……ちょっと頭も痛いし――」
そんなことを話していると不意に身体が浮き上がるような感じがして、次の瞬間頭を思いっきり机に打ち付けていた。
気が付いたら俺は医務室のベッドに寝かされていた。
誰かがぶっ倒れた俺をここまで運んでくれたのだろう。
気を失った理由は熱によるものなのか、頭をしたたかにぶつけてしまったことによるものか。……まだ少し頭が痛い。
部屋の外の廊下からは話し声が漏れ聞こえていた。
「どうやらただの風邪のようですね。少し安心しました」
この声はクロエさんだろうか。
「はぁ? マジ風邪っすか? ブラウンのクセに? ……ありえないっしょ? 『馬鹿は風邪ひかない』って言葉、アレ嘘だったんすか!?」
マイカが心底驚いたように叫んだ。
……おいおい。おまえ、流石にそれは言いすぎだろう?
俺に恨みでもあるのか?
それにその言葉を本気で真実だと思い込んでいたお前も相当馬鹿だぞ?
「へぇ? 面白い言葉ですね。……それはマイカの国の言葉ですか?」
それに対して何故かクロエさんは諌めることもなく、それに乗っかった。
どこか楽しんでいるような声だった。
「えッ? ……帝国には無いんすか?」
例によって驚きを隠せないマイカ。
「えーっと、まぁ、それに近い言葉はありますね。……その、『馬鹿は病気になったことすら気付けない』、と」
文化と教養あふれる帝国らしくもない、随分と直截的な表現だな、オイ。
それとも何か?
馬鹿は文化を享受する権利すらも与えてもらえないってか?
……っていうか、俺が馬鹿前提ってのはマジでやめてほしい。
これでも俺は山にいた頃は振動……いや神童ね、そんな感じに言われてた訳だ。
女王国の将軍として、それなりに戦果も挙げてきたし。
それなのに、なぁ?
確かに姐さんやクロエさんには敵わない。それは百も承知だ。
まぁ、ウィルの坊やにも勝てねぇな。
その三人は基礎的なモノからして普通の人間と違うから仕方がないだろう。
だが同じ山出身のパールとマイカにだけは言われたくない。
特にパールは……。
あ、でもアイツは姐さんの仕事をちょいちょい手伝っているか。
もしかしたら俺よりも上かもしれん。
……でもマイカは――。
何気にクロエさんがイロイロ仕事を任せているような気がする。
って、あれ? もしかして、俺、本当にアイツらより馬鹿なのか?
……あ、やべ。ちょっと頭がクラクラしてきた。
きっと変なことを考えたからだ。寝よう。そうしたらすぐに治るはずだ。
目が覚めると横の椅子に人の気配がした。
ちらりと窺うと姐さんが足を組んだまま書類に目を通していた。
「ん? ……目が覚めた?」
相変わらずのぶっきらぼうな物言いながらも、慣れた手つきでせっせと額の上の濡れた布を取り換えてくれる。
……優しい。何だかんだ言っても、やっぱ姐さん優しい。
大事に思われているって実感する。惚れてまうやろーって叫びたい。
中身がアレだと知っているにも関わらずだ。
「何か食べたいものがある?」
んー、正直あんまり食欲がない。
何せ病気になるのはガキの頃以来だ。あのときは何食ったっけ?
……あぁ、兄嫁が作ってくれた粥がウマかったのを覚えている。
あの頃はまだ優しかった。元々あの人は子供が好きだからな。
ちょっと昔を思い出して切なくなってきた。
「……山で食っていたような粥が食べたいっす」
「そう? ……分かったわ」
姐さんは素っ気なく返事すると、立ち上がり部屋を後にした。
……もしかして? マジか?
なんかワクワクすっぞ。
しばらく経ってからやってきたのはクロエさんだった。
台車に載せてもってきたのは湯気が立ち上る小さめの土鍋が三つ。
……って何故に三つ?
彼女は俺の顔を見ると笑顔になり、思いっきり深呼吸する。
「ブラウンくんのお気に入りの粥はどれだ? 第一回チキチキ山の粥選手権~!!!」
そしてクロエさんは甲高い声で何かの開催を宣言した。
狭い医務室にキンキン響いて耳が痛い。
……って、何それ?
「さぁ、ここに挑戦者三人が作った山で食べられている粥があります。この中で一番美味しいのはどれかを決めてもらいます。……そして一番の方にはブラウンくんから豪華景品を――」
「いやいや、何でまたそんな感じになっちゃったんです?」
クロエさんは考えてきた口上を途中で遮られたのが不快だったのか、少し表情を曇らせる。そこが姐さんソックリだ。
やはり二人は似た者同士だなと感心してしまう。
「みんな貴方の為に愛を込めて作ったのよ? ……マイカは手に傷なんかつけちゃって」
「……えッ? ……マイカが?」
嘘だろう?
「だって山の粥でしょ? この公館で知っている人なんて少ないわよ?」
……少し待て! ……頭を働かせろ!
今この公館にいて、山の粥を知っていて、わざわざ俺の為に作ってくれる人。
ということはこの三杯は単純に考えてマイカとパール、そして姐さん?
マジか!? ……マジか!
なんか漲ってきた!
「……っていうか豪華景品?」
呟く俺を無視してクロエさんは黙々と準備を進めていた。
「それでは一番。……じゃん!」
再びノリノリに戻ったクロエさんが訳の分からない効果音つきで蓋を取る。
そして医務室内に広がる何とも言えない異臭。
クロエさんも思わず笑顔を凍り付かせたまま顔を背けた。
「え? コレ食うんすか?」
クロエさんは無言。……っていうか息を止めてる。
笑顔で粥に匙をブッ刺すと、一切表情を変えずに俺の口元まで持ってくる。
……イヤ、無理っす。絶対無理っす!
俺は鉄の意志で口を噤むが、クロエさんは固まったままの笑顔で俺を見つめ、「早く開けろ」と言わんばかりに匙を口元で揺らしてくる。
――目が全然笑っていない。
こえぇ。マジこえぇ。これって絶対姐さん以上だ。
敵に回してしまうと、殺されるよりも恐ろしい目に遭わされるっていうアレだ。
食べても地獄、食べなくても地獄。……いや食べる方が幾らかマシだ。
俺は観念して口を少しだけ開けた。
すかさず匙を抉るようにねじ込んでくるクロエさん。
そして無言のまま引き抜くと、流れるような動きで粥の蓋を閉じた。
仕方なく咀嚼する。苦い。ただひたすら苦い。
だけどこの味はどこかで――。あぁ、コレ薬草酒か?
山で爺どもが飲んでいたアレか?
酒を飲み過ぎると婆さんたちに怒られるから、「身体にいい薬草が原料ならば問題ないだろう」と開き直って造ったっていうアレか?
「お前たちはそこまでして飲みたいのか!」って村のみんなからボロクソに言われるようなあのクソ不味い酒か? ……確かに身体には良いと聞く。
間違いない。この粥を作ったのはマイカだ。
そもそも粥に酒を豪快にぶち込むなんて発想は酒飲みのモノだ。
「続きまして二番。……じゃじゃん!」
再び変な効果音つきで蓋を取るクロエさん。
あっ、今度は変な匂いがしない! 当たりだ!
心なしかクロエさんの笑顔の中にも安堵が混じっているような気がした。
が、中を覗き込むとちょっと変な顔をした。
そしてその顔のまま粥をすくって俺の口元まで持ってくる。
っていうかクロエさんが食べさせてくれるのは何気に嬉しい。
……が、俺も匙を見た途端息が止まった。
米じゃない。……豆? そして何かの蔓のようなもの。
だが、大丈夫。コレは食べてもいいヤツだ。
俺は口に運ばれた粥をゆっくりと食べる。
うん。豆だ。それと芋か何かの蔓だ。
豆はともかく蔓なんて貯蔵庫にあるハズない。
おそらく近辺で採ってきたのだろう。
――これは間違いなくパールが作ってくれたモノだ。
米が作れない山の中でも、更に貧しい地域はこんな粥を食べていたらしい。
きっと彼女は子供の頃、病気になるとコレを食べさせてもらったのだろう。
子供でも食べられるような、身体と心に沁み込む優しい味付けだった。
ちょっとだけ胸に込み上げるものを感じながら、俺は美味しく頂いた。
クロエさんもどこか優しい目になっていた。
「さて、いよいよ最後になりました!」
湿っぽくなった空気を切り替えようとクロエさんが声を張り上げる。
「それでは三番です。じゃじゃじゃん」
結局最後までその効果音か。
そして『じゃ』の数が一つずつ増えていくのは仕様か?
俺の心の突っ込みを無視して彼女が蓋を取る。
次の瞬間広がる何とも言えない美味そうな匂い。
クロエさんも思わず感嘆の声を上げた。そして無言のまま一口頬張る。
……何、先に食ってるんすか?
しかもそれ、俺が使っている匙っすよ? いいんすか?
目を閉じて飲み込むと、パァっとほころぶような笑顔になるクロエさん。
そしてもう一口――。
「あのー、すんません。俺もいいっすか?」
匙を口に入れたまま、今更ながら気付いたかのようにこちらを見る彼女。
そして照れた様に顔を伏せる。
ちくしょう! かわいい! あざとい! ……あざとかわいい!
四十代の人妻のくせに、無駄にかわいい!
そしてはにかむ笑顔で粥を掬うと俺の元へと匙を運んできた。
いいのか? これって間接――。
そんなことを考えながらも俺は粥を食べた。
「――! ウマい! 滅茶苦茶ウマいっす」
こんなウマい粥なんてあのとき以来だ。
俺の中で一気に昔の記憶が蘇った。
両親が死んだ直後、まだガキの俺と兄夫婦との三人暮らしをしていた頃の話。
「はい、おまたせ」
兄嫁が病気になった俺の為に粥を作ってくれた。
食欲がなかったがそれでも大好きな兄嫁が一生懸命作ってくれたので我慢して食べたのだが、その粥が今まで食べたどの粥よりも美味しかったのだ。
胃袋と心を掴まれた俺は訳も分からないまま兄嫁に求婚していた。
そんなガキの気の迷いを彼女は笑顔で受け止めてくれたのだ。
「ありがと。だけど私にはロンドさんっていう誰よりも大好きな人がいるの。……ごめんね」
当然だ。
二人が結婚したから俺たちは出会うことが出来たのだ。
だけどガキだった俺は滅茶苦茶傷ついた。
それからだんだん――。
……あぁ、これがきっかけなのだ。
いつの間にか俺はどうしようもない人間になってしまって、村を飛び出し、野盗に身をやつした。そして姐さんに出会って――。
今、この運命の粥に巡り合えた。
俺はこの美味しい粥を作ってくれた人に対して、感謝の言葉と共に愛を伝えてもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、この歳まで拗らせ続けた初恋にようやく終止符を打つことが出来た喜びと喪失感を、粥と一緒に噛みしめていた。
「結果発表~!」
クロエさんが怪鳥のような声を張り上げた。実にいい声だった。
決して広くはない医務室にいるのはベッドで身体を起こした俺、今叫んでいたクロエさん。それにマイカ、パール、……そして姐さん。
「それでは、ブラウンくん、一番美味しかった山の粥の番号をお願いします! ……どるどるどるどるどる、じゃん!」
また例によって訳のわからない効果音を口にするクロエさん。
もう何だよこの人。
俺は深呼吸をしてその番号を告げた――。
「……三番の粥です!」
「「……えっ?」」
マイカとパールが同時に驚いた。
いやいやマイカ、お前だけは絶対にないから!
しかし彼女は衝撃の一言を告げるのだ。
「いやいや、これに参加したのってワタシたち二人だけだぞ?」
「「……えっ」」
そして今度は俺とクロエさんが驚く番だ。
「私は陛下から三人だって聞いていたわよ?」
クロエさんが姐さんを見つめた。
彼女がここにいる意味。俺も姐さんを見つめた。
じゃあ、やっぱり三番は――。
「――言っておくけれど三番は私じゃないわよ? ……山暮らししたことのない私に、山の粥なんて作れる訳ないじゃない」
俺の願いも空しく、姐さんがきっぱりと否定する。
「そうっスよ! そもそも参加したのはワタシたち二人だけっス」
「うんうん、そうだよ。だって調理場にいたのって、ボクたち以外には――」
「違うわよ、参加したのはちゃんと三人よ。確かに私は三人に声をかけたわ」
姐さんは含み笑いを見せながら、パールの言葉を遮るようにして二人の言葉を否定した。
じゃあ、あの俺の心を掴んだ粥を作ってくれたのは、誰なんだ!?
俺の長い初恋を終わらせてくれた恩人であり、新たな恋の相手はドコに?
みんなが顔を見合わせている中で、突然扉がガチャリと開いた。
「……おう、坊主。熱は下がったか? あの粥を食ったら元気になるだろう?」
野太い声と共にひょっこり顔を出したのはガイ将軍だった。
その後、俺が本格的に寝込んでしまったのは言うまでもない。
泣く泣く削った初恋エピソードをこんな形で再利用(笑)。
不憫すぎる……。