レッド、ジビエ産業の可能性を知る。
今回のツッコミはレッドです。
「――いい? 害獣駆除で最も有効な策は食べることなの、知ってた?」
アリシア女王陛下は気だるげに椅子の背もたれに身体を預けると、行儀悪く足を組んで話し出した。
――ちょっとばかりキレ気味で。
例によってここは女王国公館の会議室だ。
事件は現場で起きるのではない! ――会議室で起きているのだ!
……とまぁ、それが女王国の常識となっている。
「……あぁ、確かに山でも食ってたなぁ。新芽を食う獣やら、家畜を襲うモンスターの対処は大変だったからなぁ」
「全然ウマくないんすケドね。……まぁ腹が減ってりゃ、ぶっちゃけ何でも食えるって感じっすね」
山育ちのブラウンとマイカが陛下の言葉に頷いた。どこか懐かしそうでもある。
そういうモノなのか。
この年齢になっても知らないことなどたくさんある。
私は女王国の中で新しく見聞きすることで、いつもそれを思い知るのだ。
今日は軍関係の人間が集められていた。
「――山の幸、海の幸、それらを食い荒らすものを逆に食べることで幸を守り通し、なおかつ腹も満たされる。実に理に適っているわ」
陛下は二人の反応に満足したのか少しだけ笑みを見せる。
それでもまだ表情はどこか険しい。
「……ねぇ、知ってる? 今、ポルトグランデ近郊では害獣が増えてきているらしいわ。ギルドにも仕事が出ているのだけれど、ここのギルドってそもそもレジスタンスの隠れ蓑みたいな感じだから、仕事の消化率が低くてね――」
彼女は出席者全員を見渡すと続ける。
「ほら、私たちもレジスタンスに協力している訳だし、ポルトグランデの住民みたいなモノだし、ね? ……分かるでしょう?」
陛下はよくこんな言い方で圧力をかけてくる。――察しろと。
だけど残念ながらイマイチ話の筋が見えてこないのだ。
彼らも顔を見合わせると、それとなく視線で「お前が聞け」と押しつけ合う。
それを見かねたブラウンが溜め息を吐きながら手を挙げた。
「……何? ブラウン、どうぞ?」
「……で、そのココロは、ナンデショウカ?」
恐る恐る尋ねるブラウン。
陛下はその言葉を待っていたかのように立ち上がると、手に持っていた紙の束を机に叩きつけた。
「――だから! ……貴方たち兵士はどれだけ食べるつもりなのよ! 少しは遠慮しなさいよ! 何なのよ! この額!」
どうやら、その紙は各所から回ってきた請求書らしい。
「えぇ? そんなモン仕方ないだろうさ。兵士を千人単位で食わせていこうと思えば、それなりに掛かるってモンでしょうよ?」
ブラウンは心外だと言い返す。
「ポルトグランデは物価が高いのよ! それなのにバカバカ食べちゃって!」
「そうは言いますが、兵士は食うことも仕事の内ですって!」
陛下の剣幕に対してブラウンは一歩も引かない。
その男らしい姿に少しばかり見直した。
思わぬ反撃だったのか陛下も気まずそうに咳払いをする。
「……えぇ、そうよ、わかってるわよ! そもそも軍隊をここに集めたのは私な訳だし。……だからその解決方法がコレだって言っているの! ……わかる?」
陛下は腕を組みながら私たち一同を睨みつけた。
「――さて皆さん。これから訓練です!」
アリシア陛下は居並ぶ兵士たちを一段高いところから見渡し、声を張り上げた。
ここはポルトグランデ郊外の平原だ。
街道からもやや離れたところにあり、モンスター数多く生息する森にも近い。
私たちはここに仮設の拠点を作った。
「酒ならここに!」
右手で指し示したその先には酒樽がドーンとあった。
皆が「ウオー!」っと歓声を上げる。
「そして私特製の塩もここにあります!」
今度は左手で指し示す。やはりこちらにも樽にドーンとあった。
皆が「ウオオオオオオー」っと地鳴りのような雄叫びを上げる。
酒より喜ばれている塩って一体何だ?
「さぁ、みんな! 食べて食べて食べまくりなさい!」
そんな感じで女王国軍による捕まえては食べるという実践訓練が始まった。
兵士たちが一斉に森の中に入っていく。
ちなみに魔法使い部隊は今回の訓練には参加していない。元貴族が多い彼らから「無理を言って申し訳ないが、今回ばかりは流石に辞退させて頂きたい」と丁重にお願いされたとのことだった。
まずはギルド依頼にあった小型モンスターを手分けして総勢で狩り始めたのだが、瞬く間に依頼が達成されていく。
一々報告するのも面倒なので、帳面を持ったギルド受付嬢を拠点に呼び寄せており、彼女が次々と運び込まれるモンスターの死骸を涙目になりながら数えていた。
報奨金は後日、女王国公館へ直接運び込まれる手配になっている。
ちなみに兵士たちの冒険者登録はギルドの事務方が徹夜で作業してくれたらしい。
それだけでは間に合わず、クロエさんの娘さんも援軍として駆り出されたとか。
……何か、ウチの陛下が迷惑を掛けたようで、……ホント申し訳ない。
さてここからが本題だ。
陛下は高く積まれていくモンスターを目にし、満足そうに頷いた。
そして横にいるブラウンに目で合図する。
「……よし、みんな! 食うぞ!」
それを受けた彼が大声を張り上げた。
私の横にいた何も聞かされていないギルドの受付嬢が小さく悲鳴を上げた。
まさかこんな展開が待っていたとは想像もしていなかっただろうに。
そんな彼女のことなど誰も気にすることなく、兵士たちは一斉に肉を焼き始め、狼煙のような煙がそこら中に上がり始めた。
「みんな! 塩ならたくさんあるからね!」
兵士たちは陛下の声に歓声を上げると、豪快に肉を頬張り始めた。
受付嬢も横に座るマイカに勧められ、初めこそ困惑していたものの、意外に口に合ったのか一口また一口と食べ始める。
私と陛下の元にもいい具合に焼かれた肉が届いたので早速頂くことにした。
うん。……ウマい。ウマいとは思うのだが……。
「んー、……正直、この前食ったクマの方がウマかったかな?」
私の心を読んだかのようにブラウンが小さく呟いた。
兵士たちは満足そうに食っているが、私としてはあの味を知っているだけに、どうも物足りない気がする。
「……やっぱりそう思うか?」
私はブラウンだけに聞こえるように応えると、彼は私を見てから少し考え込んだ。そして立ち上がると大声をあげる。
「よし! クマだ。……お前ら! 次はクマいくぞ!」
ブラウンの声に皆が顔をあげた。
「「おおー!」」
そして意味を理解した兵士たちの野太い声が平原中に響いた。
「……あの、熊の類は駆除依頼にはありませんけれど……」
受付嬢が控え目に声を上げるが、陛下は彼女に対して笑顔のまま手を振る。
「あぁ、気にしないで。みんな食べたいだけだから。……折角だから貴女も食べていきなさいな。こんな肉よりも遥かに美味しいわよ?」
その陛下の言葉に、受付嬢の目が一瞬光ったような気がした。
「――やっぱクマはウメーな!」
ちなみにクマといってもクマ型モンスターだ。普通のクマより大きいし獰猛だ。
それでも装備を整えた屈強な兵士が十人がかりで当たれば問題ない。
あっという間にクマの死骸が山積みになっていく様は壮観だった。
この近辺のクマは狩り尽くされたと考えて間違いない。
そして皆で焼いては食い、美味い酒を呷る。
大盛り上がりだった。
受付嬢も目を輝かせながら、口の周りを脂でベトベトにさせて食べていた。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「……オイ、どうした? まだ浮かない顔だな?」
ブラウンが私の顔を覗き込んでくる。
そんなつもりはなかったが、やはり表情に出ていたようだ。
「まぁ、クマは確かに美味かった。間違いなく美味かった……だが、やはりあのときの衝撃を超えることはないな、と思ってな……」
今までの人生で一番美味い肉は何かと聞かれれば絶対にあのときの肉だ。
「……例のアレか? 姐さんと二人で帝国各地を巡ったときの?」
本当に美味かったのだ。
アレを超える肉はもう出会えないと思う。
その分、倒すのにも相当苦労したが。
「なぁ、どんなヤツだったんだよ? ……この辺りにいると思うか?」
「さぁ、な? 流石にそこまでモンスターの生態に詳しくないからな。……確かその山の麓の村ではヌシとか言われていたモンスターだ」
「ちょッ……お前! ヌシ様食っちまったのかよ!?」
私の言葉の何がそうさせたのか分からないが、ブラウンが血相を変えて詰め寄ってきた。そして私の肩をがっちり掴むと何度も身体を揺らしてくる。
「あぁ、そうだが? ……何をそんな驚くことが――」
何気なく返したのだが、耳のいいパールとマイカにも聞こえていたらしい。
二人が凄い勢いでこちらに走ってきた。
「え? ホントに? 神様食べちゃったの?」
「マジ、パネェっすね、姐さんもレッドさんも! ……いや、マジ、ホント、なんか、もうありえないっすよ?」
よりによってブラウン、パール、マイカという女王国の非常識四天王の三人から、非常識扱いされてしまう始末。
ちなみに最後の一人を誰にするかで割れるだろう。
私は敢えてクロエさんに一票を投じたい。
大抵の人間はアリシア陛下をその中に入れるだろうが、正直あの方は殿堂入りでいいと思う。
気が付けばいろんな兵士に取り囲まれていた。
彼らも山出身なのか口々にバチ当たりだと私を詰るのだ。
「……なぁ、そんなに気にすることなのか? 確かにかなりの大型だったがそれでもモンスターだぞ?」
「馬鹿! お前、ヌシ様っていったら俺たち山の人間からすれば神だぞ?」
ブラウンに馬鹿って言われる日が来るとは!
泣きたい。
そもそも、初めに食べようと言い出したのは陛下であって――。
本来この非難を受けるべき対象である彼女を探すのだが、いない。
……どこへ消えた?
「――でも美味しかったのですよね?」
いつの間にか近付いていた受付嬢がポツリと呟いた。
アンタ何気にモンスター食いに目覚めつつあるな!
最初オオカミの肉にビビっていたのがウソのようだ。
「あぁ、物凄く美味かった。今思えばこの塩はアレを美味しく食う為だけに作られた塩だと思えるぐらいだ」
「……そんなに美味しかったのですか?」
尋ねたのは受付嬢だが、唾を飲み込む音があちこちから聞こえた。
「オイ、アンタは平気なのかよ?」
ブラウンが受付嬢に恐る恐る聞くのだが、彼女はケロリとした顔だった。
「そりゃモンスターは怖いですよ? ですケド美味しいと聞けば……。クマでもこんなに美味しいのに、そのヌシというのはもっと美味しいのですよね?」
完全に何かの扉を開いたなこの娘。
ちなみにコレは私たちが勝手にクマと呼んでいるだけであって、本当はクマ型モンスターだ。
「……だけど神様っすよ?」
珍しいことに、マイカまで怖気づいた表情を見せている。
「……私はマール教徒ですから、幾らヌシでもモンスターはモンスターです」
「あー、分かる。俺もキール教だからヌシを神様だと言われてもイマイチその感覚がわからん」
山岳国出身の兵士もやってきて口々に声を上げた。
そこから、ヌシを食う食わないでひと悶着が続いた。
その問答を終わらせたのはやはり陛下だった。
「みんなお待たせ!」
いつもよりはしゃいだ感じの声が拠点に響気渡る。
皆で一斉にそちらを見れば、陛下とガイ将軍にファズ将軍という女王国の腕自慢が揃って現れた。
その後ろから大きな布を被せた荷車もゴロゴロと。
「……今までどこに行っていたのですか?」
護衛である私やパールを置いてどこかへ行ってしまったこともそうだが、何よりヌシを食った非難を一人で受けてきたのだ。少しばかり恨み節が混じっていても仕方ない。
「ちょっと腹ごなしにね。……さぁ、みんな、本日のメインディッシュよ!」
高揚した感じの陛下が合図すると、ガイとファズの両将軍が同時に荷台の布を取っ払う。そこに横たわっていたのは途轍もなく大きな獣。
――クマなどとは比べようもない。
「一匹だけだからそんなに沢山は食べられないけれど、みんなでちょっとずつ食べられる分量ぐらいはあるわよ!」
「コレってまさか……」
ブラウンの声に得意げな表情の陛下が腰に手を当てる。
そしてもう片方の手で森の奥にある山を指差した。
「えぇ、あの山にいたヌシよ!」
その言葉に大歓声が沸いた。
やっぱり何だかんだ言っても、本当は皆も食べたかったのだ。
「陛下? 気になっていることがありまして」
「何? どうぞ?」
兵士たちはヌシに舌鼓を打った後、笑顔で撤収作業に入っていた。
それを眺めている陛下の横で誰にも聞こえないように尋ねる。
「兵士たちが食べる額と言っても十分許容範囲内ですよね? ……そもそも補領巡りしたときに稼いだお金って彼らの食い扶持に回すという話でしたし」
「ええ、確かにそういう話だったわね」
「ということは今回のコレは、何か別の意図があるということですよね?」
「……まぁね」
陛下は我が意を得たりと言わんばかりのしたり顔を見せる。
その表情にやはり間違っていないのだと確信した。
だから思っていたことを告げる。
「美味しいものを食べるという名目でより高度な実践訓練を行う、そういうことですよね? ……普通に訓練と言って号令をかけたところで、ここまで士気が上がるとは思いませんから。更に出自の違う兵士たちの親睦会も兼ねると。一緒に美味いモノを食べるとそれだけで話は盛り上がりますから。……あぁ、士気の高い兵士たちを帝都の人間に見せつけるという側面も無視出来ないですね。今後始まるであろう戦争に向けていい牽制になったと思います」
いかにも陛下らしい、何重にも計算され尽くした一手だ。
「……え?」
しかし陛下はどこか呆けた表情で私を見つめていた。
「……え?」
私も思わず問い返す。……まだ認識が甘かったのだろうか?
「「……え?」」
そして二人で顔を見合わせた。
陛下は取り繕うかのように咳ばらいをすると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「えぇ、……そうよ、さ、さすがレッドよね、素晴らしいわ。……本当によくわかったわね」
そう言いつつも目が完全に泳いでいる。
……あぁ、うん。コレは違うな。
ただ美味しいものが食べたかっただけだ。
訓練の全行程を終え、公館に戻るとクロエさんが出迎えてくれた。
そして彼女は感心したように何度も頷きながら陛下に告げる。
「販路ならある程度打診しておきましたけれど、出荷はいつ頃を予定しておりますか?」
「……え?」
そのときの陛下のマヌケな顔ときたら。
「……その為の訓練、ですよね? モンスターを美味しく食べられる塩を売り込む為の。もうすでに街では評判になっていますよ。美食で知られるギルドの受付嬢が美味しい美味しいとアチコチで何度も絶賛していましたし」
やっぱり普通はそう思うだろう。
陛下ならそれぐらい考えていたハズだと!
「ギルドは稼働率が上がって儲かる。商店は新しい市場が開拓されて儲かる。そして女王国も塩を売って儲かる。素晴らしい一手だと思いますよ。『塩が販売されるのはいつになるのだ?』と先程から問い合わせが殺到しておりますし」
「……え?」「……え?」
「「……え?」」
例によってクロエさんと陛下が顔を見合わせる。
「……さ、さすがクロエよね。素晴らしいわ。……本当によくわかったわね」
やっぱり違った!
しかも私のときと誤魔化し方まで一緒だ!
なんだこの人、以外に打たれ弱いぞ?
「ただ、時期に関しては塩の準備次第になるから、まだ何とも言えな――」
そんな話をしている間に、内政を主に行っているマグレインさんも姿を見せた。
「あぁ、陛下! ……早速、塩の大量精製の指示を出しておきました!」
「……え?」「……え?」
「「……え?」」
いったい何度目になるんだ、このやりとり。
「……その、女王国の新たな産業として売り込むのですよね? 軍を率いて大々的にモンスター狩りをして目を引いておき、その全員でモンスターを食べる。臭みのある肉でも香草をふんだんに使った女王国特製の塩ならば美味しく食べることが出来るのだと。これ以上ない宣伝ですよ!」
マグレインさんは感心したように何度も大きく頷く。
冴えた分析ですけれど、多分コレ、違うと思いますよ?
「そもそも塩は海から採れますし、香草も旧山岳国領や旧公国領で沢山採れます。もし精製が間に合わなければ、火と風の魔法使いを動員して何とかすればいい。……考えれば考える程、これぞ女王国の特産品と呼ぶべき代物です。絶対にコレはいい産業になりますよ!」
尊敬の視線を一身に浴びた陛下は、助けを求めるかのように周囲を見渡した。
だがこのやりとりを見ている皆は自分たちの陛下の慧眼に感心しているだけだ。
陛下は気まずそうに咳払いをすると、どこかやけくそ気味に微笑んだ。
「……さ、さすがマグレインよね。素晴らしいわ。……本当によくわかったわね」
やっぱり。
コレしか言えないのか、この人。
その後、女王国印の特製香草塩は飛ぶように売れた。
冒険者たちも先を争うように買っていく。
ギルドでのモンスター駆除任務も大人気となった。
――それにしても、考えれば考えるほど、本当にいい一手だと感心してしまう。
金銀財宝を隠し持っている賊退治と違って、モンスター駆除任務というのは旨味がない仕事だったのだ。
だから必然的にギルドでも達成率が低かったのだ。
その中でアリシア陛下は討伐したモンスター肉を業者に卸すという別の旨味を用意することに成功したのだ。――肉だけに!
お金持ちの美食家はより強いモンスター肉を求めるようになり、結果的に冒険者やレジスタンス兵の実力も跳ね上がる。
そして当然のように女王国の国庫も潤う。
少なくとも千人以上の兵士が死ぬほど食べても気にならない程度には儲かった。
陛下は基本的にロクでもないことしか企まない御方だが、たまにこんな風にいい方向に転がることもあるという、まぁそういう話だ。
以前リクエスト頂いた『レッドと肉とブラウンと』をヒントに考えてみました。
ちなみにジビエとはフランス語で猟鳥獣の肉のことで、私が住む地域には『ジビエバーガー』なるものがあります。