カリン、両親に白状する。
4連作の最終エピソードです。
この時間軸でのブラウンとマイカの生活ですね。
語り手は二人の娘のカリンです。
「――ということがあったの! ホント二人とも初々しい感じで……」
「本当に可愛らしかったですね。もうあれから十数年経ちますが、今でもあの光景ははっきりと思い出せます」
アリシア女王陛下とクロエ様は顔を見合わせてニヤニヤしている。
あっしはそんな二人の間で小さくなっていた。
後生ですからはっきりと思い出さないであげて下さい!
もうこれ以上両親をイジらないでください!
――それにしても、何故この二人はそんなにも詳しく知っているのだろうか?
その語りぶりから、計画を立てたのが目の前の二人なのはもう十分過ぎる程に理解できた。
だけど両親からの伝聞にしては鮮やかすぎるのだ。
二人が絶対に話したがらないようなことまで、それこそ目に浮かぶかのように。
まるで誰かがあの二人をずっと監視していたかのよう――。
そこまで考えてあっしはハタと思いつく。
あの勘の鋭い両親、まして当時現役山猫だった母さんを相手に気付かれないように監視し続ける能力。身を隠しやすい里ならともかく、道中や見晴らしのいい甲板で二人の決定的な会話まで完璧に聞き取れる程の人間。
――そんなの絶対にあの人だけだよね?
彼女のあの屈託のない笑みは子供心に素敵だった。だけど何かの拍子に見え隠れする凄みは、命のやり取りをしていた女王陛下の最側近としての日々を否応なく感じさせて。あっしもずっとあんな風になりたいとあこがれ続けた。
……その気持ちは今も変わらない。
現在では帝国有数の淑女としても名高い、伝説の山猫――。
両親を巻き込んだ大がかりな狂騒曲を垣間見て、あっしは肩を落としながら家路についた。
我が家は貴族屋敷が立ち並ぶ一画にある。
ウチ自体は貴族でもなんでもないんだけどネ。
新婚の頃は下町に住んでいたらしいが、あっしが生まれる前にこっちに引っ越してきたそうだ。
何でも女王陛下がわざわざ二人の為に探してくれたらしい。お金も無利子で貸してくれたとか。
「……ただいま」
帰宅すると珍しく父さんが先に帰っていた。
あっしの顔を見て人懐っこい笑みで手を挙げる。
「うおっと! カリンか! いつもお勤めご苦労さん!」
父さんはいつもにこやかだ。
あっしの声が聞こえたのか、遥か向こうからパタパタと全速力で駆けてくる小さい影が二つ。
「「ねぇちゃ~ん!」」
双子の幼い弟たちが犬っコロのような感じで、あっしにまとわりついてくる。
そんな彼らとじゃれ合っていると台所の扉が開き、今度は母さんがひょっこりと顔を出してきた。
「ん? 帰ったか?」
「もう! あっしも手伝うからじっとしててって言ってるでしょうが!」
母さんは来月には弟か妹が生まれる予定の身重なのに、全く気にせず軽やかに動き回る。見ているこっちとしては気が気じゃない。本当にウチはいっつもこんな感じで落ち着きのない家だ。
だけどそれが楽しい。
両親、特に母さんがこんなにぎやかな家庭を作りたかったんだそうだ。
当然母さんもあっしの憧れだ。
料理はいつもおいしいし。事あるごとに「昔はメシマズだった」と父さんは言うが、アレは絶対に照れ隠しか何かだと思う。下手な食堂のごはんよりよっぽど美味しかったりするのに。母さんお手製のお弁当も他の山猫たちに好評だ。
晩御飯も終わり、後片付けに動こうとする母さんをあっしと父さんで押しとどめるのに一苦労して……。ついでに弟たちをお風呂に入れて寝かしつけてから戻ると、両親はいつもの晩酌を始めていた。
「いつもありがとな。ホントお前って誰の娘だよっていうぐらい気が利くよな」
母さんがグラスを傾けながら楽しそうに笑った。
その向かいで父さんも頷きながら笑う。
お酒は飲めないけれど、あっしも余程のことがない限り毎日この晩酌に付き合うことにしている。
酔っ払いの話の中でも何気に勉強になることが多い。知らない人間関係を知ることがあって山猫の仕事にも役立つのだ。
「実は今日ね――」
あっしは今日の任務中に女王陛下とクロエさんに捕まった話をした。
二人に隠しておくには少々気が重い。
「――聞くつもりなかったんだけどね、なんかゴメンね?」
「……まぁ仕方ないわな。そもそもあの本気の姐さん相手に逃げ切れる人間がこのセカイにいるとは思えん」
「そうそう、クロエねえさん相手に命があっただけで儲けモノってな」
あっしの杞憂だったのか、両親は実にあっさりとしたもの。
「よかったの?」
「いやぁ、…………何か、もう慣れた」
清々しい笑顔の父さん。それを受けて母さんが爆笑した。
「……え? 慣れたって?」
「あぁ、たぶん女王国の中ではオレが一番姐さんと付き合い長いんだろうな。だからそういう意味では一番オモチャにされてきた人間でもある。クロエさんは母さんのことメチャクチャ気に入ってるし」
父さんはお酒を傾けながら口を潤す。
「基本的にあの人たちは、嫌いな人間や腹に何かを抱えたような人間は近くに置きたがらないから。寝首を掻かれる怖さを知っているし、本人たちがそういう人生を送ってきているという自覚もある。そういう意味ではオレたちは絶対的に信用されていると言ってもいい。……こっちとしちゃ迷惑な話だが」
「……もう二十年近く今日のお前みたいな感じで遊ばれているんだよ、ワタシたちはね。……もうあきらめの境地さ」
両親は顔を見合わせて弾けるように笑い出した。
ひとしきり笑ったあと、父さんは少しだけ気まずそうに頬を掻く。
「結局のところ今回も娘のお前を利用してオレたちの反応を楽しむつもりだったんだよ。もちろんお前の反応も、な? 今夜お前がこの話をするのも織り込み済み」
「そういう意味では、アンタたち姉弟は生まれながらにしてあの人たちのオモチャってことだよな。……この子も多分ね」
母さんは近所でも評判な美しい顔に笑顔を浮かべながら、お腹を愛おしそうに撫でる。
「コレってば、要するに、『久しぶりに顔を出せ』ってことでいいんだよな?」
父さんが母さんに真剣な顔で話しかけた。
声も少し抑え気味で。毎日こういう顔ならカッコいいのにとあっしは常々思っている。普段のへらへらのせいで野性味あふれた精悍さが台無しだ。
対する母さんも真顔。……母さんの真顔って久し振りに見たかも。
あっしが骨折した時でも「付け方さえ間違えなけりゃそのうち直る」ってあっけらかんとしていたのに。
何か元側近の二人にしか分からない符号のようなモノがあったのだろうか?
「……うん。たぶんそういうことだろうネ。特にワタシは最近会いに行ってないからなぁ。……さみしいのかな?」
……さみしい!?
あの二人にこれほど似つかわしくない言葉ってあったんだ!
あっしはいきなり飛び出してきた予想外の言葉に絶句していたが、その間も両親は続ける。
「……パールも旧聖王都に引っ込んだままだし、レッドの旦那も早々に引退しちまって登城すること自体なくなったしな。……オレも出仕はするんだが軍職の人間は戦時中ならともかく、平和になった今となりゃ基本的にあの人たち一緒に仕事することはないからなぁ」
沈痛な面持ちのまま両親は溜め息を吐いた。
そして顔を見合わせると一転して再び弾けるような笑い声。
「しっかし、相変わらず分かりにくい愛情表現をする人だなあの人たちも!」
母さんはグラスに残っていたお酒を一気に呷る。
そしてあっしを見るとイタズラっぽい顔で見つめてきた。
「……明日昼にでも息子二人を連れて遊びに行くって姐さんに伝えといてよ」
「うん、わかった」
本当はよくわからないなりに頷いて見せると、そんなあっしを眺めながら両親はお腹を抱えて本格的に笑い出した。こうなったら完全にお酒が回ってきた証拠だ。
何が可笑しいのかひたすら笑いながら取り留めもない話をして、お酒を飲んでまた笑う。それが二人の飲み方だ。
「ったく! 俺たちが必要以上に構うと、ほっとけと言わんばかりに不機嫌な顔して黙り込むのに、ちょっと会いに行かなかったらコレだ!」
「ホント、ホント。そういうところ絶対に猫っぽいよねあの二人って。似た者同士だ」
「あぁ、まったくだ」
それから二人の思い出話に花が咲く。
あっしはそれを黙って聞いていた。
「――ちょっと、ガキどもの寝顔を見てくる」
酔っぱらった父がいつものように弟たちの寝室に遊びに行く。
「せっかく寝かしたんだから起こさないでよ?」
あっしが釘をさすと、父さんは分かっているのかわかっていないのか上機嫌に手を振って出ていった。それを母さんと二人で見送る。
「その、……慣れたって、母さんもそうなの?」
「まぁね、あの二人、特に姐さんはさみしがりなんだよね。あんな感じだけど」
本当に意外だ。あんな優雅に他人を振り回す女性。
周りに人が絶えることなんてない。警護をしているとよくわかる。
さみしいとは無縁の生活だ。
「こんなワタシでさえ、こんなに幸せな日々を過ごしながらでも、ポルトグランデでの日々を思い出して胸がキュンってなることがあるんだ」
両親の思い出話の定番だ。ポルトグランデ。
女王国としても大事な場所。
「いまでこそ、ワタシたち夫婦を含めた側近たちはこうやって立派な屋敷を持てる身分になったケドさ、あの頃はみんな雑魚寝でさ、でもホント楽しかったんだ。……夢のような日々だったよ」
少ししんみりした母さん。
修羅場をくぐってきた同志の絆ってヤツなのかもしれない。
あっしもいつか陛下とそんな主従関係を結べるといいなって思えた。
「アンタはワタシたち両方に似ているから、あの二人からしたら一粒で二度おいしい感覚なんだろうね。……だから代わりに付き合ってあげてよ」
「あっしなんかが――」
「アンタ、もしかして逃げ切れるとか思っていないよね?」
母さんは本当に艶やかに笑う。
「まぁそれは冗談だけどさ、アンタが生まれたときってそりゃもう凄かったんだから。嫌がらせかって思うぐらいお祝いの品が届いてさ」
その光景を思い出したのか苦々しそうに口元を歪める。
「メチャクチャ恥ずかしかったんだから。ご近所さんからも変な目で見られてさ。『どこの王族が生まれたの?』って。流石に今ではあの二人の最大級の愛情表現だってわかるけど当時は引っ越しの片付けやら何やらでいっぱいいっぱいだからね。……ウガーって暴れそうになった」
両親のその慌てふためく姿が想像できて、あっしは思わず吹き出してしまう。
それを見咎めるように睨みつけてくる母さん。
でもその目はいつも優しい。
「慣れない子育てもクロエねぇさんや近所の御婦人方に教わったりしてさ。……ホントみんなに助けてもらいながらアンタたちを育てたんだよ?」
母さんは幸せそうな笑顔で立ち上がると、弟たちの寝顔を満喫してきたホクホク顔の父さんと一緒に寝室に戻っていった。
身重の母さんを気遣う父さんの背中が妙に頼もしかったりして。
実際父さんは女王国でも頼りにされている将軍なんだけど、家での印象が強すぎてどうも軽んじてしまうところがあるのだ。
そんな二人を見送りながらあっしもこんな幸せな家庭を持ちたいと思った。
晩酌の後片付けを済ませてから寝室へと戻り、夜着に着替えると一息つく。
そしていつものように陛下からもらった鏡台の前に座った。
これからクロエさんにもらった美容液で肌の手入れだ。
山猫たるもの、ということらしい。
これもきっとあっしたち山猫に対する愛情表現なのだろう。
――仕方ないなぁ。
さみしがりやの陛下たちにとことん付き合いますか!
あっしは仕上げとばかりにパチンとほっぺたを叩いてからベッドに向かった。
アフターストーリーをするにあたって絶対に書きたかったエピソードでした。
正直、もうやり切った感が(笑)。
まだ続きますよ。




