マイカ、結婚を意識する。
今回はマイカ目線です。
4連作の3話目ですね。
ずっと帰っていなかった山で、さぁ何をしようか?
家族にお土産を渡して、昔の友達と会って飲んで、ウチの里の最長老に挨拶してから帝都で一番のお酒を酌み交わして――。
そんなことをアレコレ馬車の中で考えていたんだけど。
…………ホント、もう大変だった。
寝る時間と家族と過ごす時間以外は一切の無駄が排除された、本気で計算されつくした行程。こんなの絶対にオカシイと考える間もなく流されるままひたすらそれをこなしていく。おかげで僅か数日のことだったのにメチャクチャ疲れた。
あの人の側にいるときと同じぐらい疲れた。
心の洗濯の為の里帰りで、まさかこんな目に遭うなんて想像もしていなかった。
船着き場には先に到着していたのだろう、同じように、いやワタシ以上にぐったりしたブラウンを発見。
彼もこっちに気付いたのか頭を上げて弱々しく笑う。
――わかる。わかるよ。アンタはもっと凄かったんだろうね。
何せこの国の英雄だ。その歓待ぶりが目に浮かぶようだった。
ワタシはまだ裏方仕事だからマシな方だろう。
それでも先にお役御免で里に戻っていた山猫仲間たちが、女王の側近として物凄い活躍しているのだと言いふらしていたおかげで、出世頭として祭り上げられていた。
実家にも縁談が舞い込んできて仕方がないらしい。もちろんそれらは全部断るように頼んでおいたケド。何故か妹にも縁談がひっきりなしに来るらしい。ワタシの妹というだけで価値が跳ね上がったとか。もう訳がわからない。
実は縁談自体は里に戻らなくても、姐さんとクロエねぇさん経由で耳に入ってきている。
何故か山岳国の軍人さんたちに人気があるらしく、ガイ将軍が良さげな人間を選りすぐって名簿を寄越してくるそうだ。
ワタシにそんな気がないと知っていて、それをあの二人は事あるごとにニヤニヤと勧めてくるのだ。
今までは結婚したいなんて思いもしなかったけれど、実際同じように山猫として命を張ってきた娘が既に結婚していて、子供を抱いているのを見たときは流石に心が揺れた。
別に里に引っ込みたいとかそういう気持ちは全くない。それだけは断言できる。
姐さんのそばがワタシの居場所だし、不要だと宣告されるまでは絶対に身を引くつもりもない。
だけど、ほんのちょびっとだけ羨ましいなって思ってしまった。
そう思えるぐらい彼女は幸せそうな微笑みを見せていた。
まぁ、この里帰りは有意義だったんじゃないかなとは思っている。
生まれ育った村がにぎやかになって、死んだような目をしていたみんなの目が輝いていた。
それだけで胸に込み上げてくるモノがあった。
ワタシの仕事がちゃんと里のみんなの役に立っていたのだと!
そんな感傷に浸りながら船の甲板で潮風を浴びていると、ブラウンがフラフラとした足取りで姿を見せた。
「……大丈夫?」
コイツは船に弱い。行きの船でも青白い顔で横になっていた。
「船室に残っているよりは外の方がいくらかマシってモンだろうよ」
不貞腐れた感じで強がるのが面白い。
……そんな死にそうな顔で何カッコつけているんだか。
ワタシたち並んで潮風に当たりながら、疲れた身体を癒していた。
「……ったく、里帰りなんてするモンじゃねーな」
その言葉と裏腹にブラウンは本当に穏やかな顔をしていた。
きっとワタシと同じ気持ちだったのだろう。
家族や仲間たちに幸せを与えることが出来たという心地よい達成感。
だからワタシもその軽口に付き合う。
「ホント、ホント。もう絶対にあんな扱いはイヤだね。当分は帰らなくていいよ」
ふと思い出して袋に放り込んでいたパンを取り出した。この港町に到着してからあまりのイイ匂いに誘われて思わず買ってしまったモノだ。
ホント良い感じでこの国は発展してくれている。
ワタシはおもむろにそれを小さくちぎって口に放り込んだ
「さんざんごちそう食わされたんじゃねーのかよ」
あきれた調子でブラウンが笑う。
「うん、まぁ、食べたといえば食べた。……でもなんか、ね?」
「まぁ、分からんでもねぇな。あんな状況じゃ落ち着いて食えねぇし」
彼も溜め息を一つ。
物欲しそうな目でこっちを見てきたので仕方なく半分に割って渡した。
ブラウンはパァっと輝く笑顔で受け取ると「……実はこの港に着いたときにいい匂いだなって思ってたんだ」とイタズラっぽく笑う。
二人して顔を見合わせて頷くと無言のまま齧り始めた。
「――結婚かぁ」
一瞬自分の心の声が漏れ出たのかと焦って周りを見渡したが、それを呟いたのはブラウンらしい。彼は耳を真っ赤にしたままこちらに視線を合わせることなく、無心で水面を睨みつけていた。
何気ない風を装っているんだろうけれど、山猫を騙そうなんて百年早い。
「何? アンタも結婚したいの?」
言った直後に自分の失策に気付いた。ちょっと心を乱していたようだ。
アンタ『も』って。これじゃ自分の本心を晒したも同然だ。
取り消したい。でもアタフタするのはもっとカッコ悪い。
だからワタシもブラウンと同じように何気ない風を装った。
彼は何故かそういうところは妙に大人なのでイチイチ突っ込んでこない。
ただ、笑顔で青空を仰ぐだけ。その姿がサマになっているのがシャクだった。
そしてお互いポツリポツリと里帰りで感じたことを話し合った。
「――ワタシも家族が欲しいなって、思っちゃって、さ?」
今までどこか片肘を張っていた部分があったと思う。
セカイがちゃんと平和になるまでは絶対に気を抜いてはいけないと。
絶対にワタシたちの大事な女王陛下を守り抜かなければならない、と。
ポルトグランデで楽しく過ごしているときでも、どこかで警戒感は保ち続けていた。
だけど女王国による平定があって、幸せに過ごしているみんなを目の当たりにして――。
ワタシの何気ない呟きに、ブラウンの肩に力が入ったのを感じた。
山猫としての修練がそういった微妙な空気の変化を掴ませる。
果たしてそれがいいのか悪いのか……。
ワタシは何気なく景色を楽しむようなフリで潮風に当たりながら、ずっとブラウンが覚悟を決めるのを待っていた。
コイツは絶対ハズすような男ではないと知っている。
それなりの付き合いがあるのだ。
だから待ち続けた。
「――なぁ、……ど、どうせお互い相手もいないんだし、この際、け、結婚でも、すっか?」
普通そんな言葉が誠意ある愛の言葉だとは思わないだろう。
だけどワタシにはそれで十分だった。
「……まぁ、ワタシは別にそれでもイイけど?」
そうしてワタシたちは結婚を誓い合った。
――これがあの悪魔のような二人の策略と知らずに。
帝都に戻り、緊張しながらもワタシたちが「結婚したい」と報告したときのあの二人の顔ときたら!
「えぇ!? あなたたち、いつの間にそんな関係になってたの!?」
「全く気が付きませんでしたね!」
お互い顔を見合わせての白々しい表情!
その目の奥に『してやったり』の感情が見えた瞬間、悟った。
全て仕組まれていたのだ、と。
あの派手過ぎる凱旋パレードも何もかもだ。
何てことない。あれらは後で調べたら全て国費で行われたものだった。
ポルトグランデまでのゆとりのある日程も、里で準備させる為の時間稼ぎに過ぎなかった。
これ見よがしにお互いの家族や友人を巻き込んで結婚したくなるようにワタシたちを誘導してみせた。
ダメ押しとばかりに、甲板に誰もいなかったのも全て。
――全て全て、全てだ!
ワタシの一生の思い出が!
彼が恥ずかしそうに、もしワタシに断られたとしても傷つかないように軽い感じを装って、それでも彼なりに一生懸命頑張ったプロポーズが!
ワタシが必死な思いで『仕方がないな』と言わんばかりの空気を纏いつつ、勇気を振り絞って返事をしたあの言葉さえも!
全て全てあの二人の掌の上だったと!
考えてみればセカイは平和になったとはいえ、まだ安定とは程遠い。
特に姐さんとクロエねえさんの肩には、依然として途轍もない責務がのしかかっていた。
側近のワタシたちが一番知っている。
それにも関わらずあの二人がこうやって、完璧な日程を組んでくれた。
そこに何かの意図があったことは確実だった。
もちろん家族のように愛してくれていることぐらい承知している。
だけどあの二人はその程度のことで慈しみの心を見せるような優しい人間ではない。
それもワタシたち側近が一番知っている。
山積みの仕事に追われる中、それを一旦中断してまであの予定を立ててくれたのは、二人がそれを必要だと感じたからに他ならない。
果たしてこれは愛情の裏返しによる茶目っ気なのか。
それとも女王国の基盤を固める為の深慮遠謀なのか。
はたまた単純に一向に減る気配のない仕事にうんざりしていたところに、ヘラヘラとワタシたちが顔を出して来たので、これ幸いと気分転換に利用しただけなのか。
ただ一つ確実に言えることは、あの恐ろしい二人が同じ方向で手を組んで動き出せば、人の心を含めて全て思い通りになるということだ。
そしてワタシたち夫婦は、この先ずっとあの二人のおもちゃなのだと。
それを骨の髄まで叩き込まれた思いだった。
クロエはマイカのことをメチャクチャ可愛いと思っています。
もう一人の娘という感じでしょうか。
それぞれの里での個別日程ですが、アリスがブラウンを担当し、クロエがマイカを担当しました。
二人ともそれぞれを思い出したのはそういう理由ですね。
ちょっとだけ個性を出したかったので。
この二人の恋愛話は本編でもバッサリでした。仄めかしすら削りました。
番外編ではチラッと書きましたが。
余裕があればその辺りも含めて本編を加筆修正してみたいですね(そんな余裕があれば新作を書きますが)。
さて、4連作のシメは二人の娘のカリンです。
これからもよろしくお願いします。
 




