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ウィル、撫でられてばかりの人生を変えたいと願い出る。

本日女王国の次世代を担うツッコミ番長が誕生しました。

 

 僕はいつも撫でられていた。

 最初に僕の頭を撫でたのは女王陛下だった。

 パールさんを撫でた後、ついでのように僕のことも撫でたのだ。

 今までの人生で僕の頭を撫でていいのは父上と王でもあった叔父上だけだった。

 一応王族だったのでそれなりに敬意を払われていた訳だ。

 ――距離を置かれていた、とも言えるけれど……。



 女王陛下は叔父上のさらに上の人間だから、僕もじっと撫でられていた。 

 だけどこの日、僕は決定的に判断を間違えてしまった。

 ――致命的とさえ言えるだろう。

 陛下が撫でたその後、将軍であるブラウンさんも撫でに来たのだ。

 彼がパールさんのことを、首をもげるかというぐらいの勢いで撫で、彼女にその手を思いっきり抓られるという一連のお約束があることは知っていた。

 ……それを僕に。

 グリグリ、ゴリゴリと。

 今まで体験したことのない乱暴な撫で方だった。

 ただ、彼は女王国が誇る歴戦の将軍だ。

 山岳国の軍人たちも彼には敬意を払い、黙って指示に従うという。

 だから仕方がないと思った。……それぐらいは許してあげようと。

 ――これがマズかった。



 それからというもの、僕はあらゆる人たちから撫でられるようになってしまった。

 そのとき初めて知ったのだ。

 ブラウンさんという名前のハードルは、女王国においては驚異的な程に低かったのだと!

 彼が撫でても許されるのだから自分も当然許されるに違いないと、誰もがそれを信じて疑わなかったのだ。

 挙句、故郷から連れてきた護衛武官からも「どうか撫でさせて下さい」と頭を下げられる始末。

 ……もちろん撫でさせたけれども。

 間諜として僕のことを守ってくれている人たちにも、僕の方からどうぞと言ってあげた。

 彼らもきっと僕がいいと言うまで、物欲しそうな眼で物陰から見ていたに違いないから。

 ――もう、僕はやけくそになっていた。

 結局僕はわずか数日で、公館に出入りする人間に撫でられる愛玩動物のような存在になってしまったという次第だ。



 だけど、嬉しい誤算もあった。

 それはパールさんとの触れ合いが増えたことだ。

 彼女は本当に素敵だった。

 一目惚れだったと言ってもいい。

 間諜の人たちが僕の気持ちを察して彼女のことを調べてくれたのだが、知れば知るほど好きになっていった。

 そんな彼女がおずおずと僕の頭を撫でに来るのだ。

 どうやら僕が現れるまでは、撫でられる一方だったらしい。


「あの……撫でてもいいですか?」


 その可愛らしい声で尋ねられると「どうぞ!」と全力で頭を差し出したかったが、一応僕にも元王族としての誇りがある。

 だから最初の頃は、しぶしぶ「別にいいですよ……」という感じで答えることにしていた。

 だけどそれがアダとなってしまった。

 彼女はイロイロと気にする性格なので、徐々に遠慮がちになってきたのだ。

 そこで僕は丁度撫でやすいような位置で待機することを覚え、……今に至る、と。



 そんな風に過ごしていたのだが、やはり少しずつだけど確実に不満がたまってくるのを感じていた。

 だから僕は思い切って女王陛下に相談することにしたのだ。

 ――何かいい考えはないものでしょうか、と。

 陛下の私室を訪ねるとクロエさんとマイカさんも一緒だった。

 ……パールさんは不在。

 当然その時間を狙ってのことだ。

 彼女にこんな話を聞かせたら、もう僕の頭を撫でに来なくなってしまうだろう。

 それだけは絶対に避けなければいけなかった。


「――なるほど。……別に悪いことではないのだけれど、ウィルの心情も理解出来るわね」


 陛下は僕の話を聞いて頷くと、少し考え込むように目を瞑った。


「……年齢的に一番下ですからね。――立場的には相当上なのですが」


 クロエさんも何やら考え込む様子。


「無理っしょ? どう考えても、ブラウンを調子に乗せたのが問題っす!」


 マイカさんはあきらめろと言い放つ。

 そんな身も蓋もない正論を言わなくてもいいのに。




「……それならクロエを撫でたら一周するんじゃないかしら?」


 陛下は目を開くと、いきなり訳の分からないことを言い出した。


「結局のところ皆に頭を撫でられるということが、一番下に扱われている感じに思えて、それが不満に繋がっている訳でしょう?」


 その通りだと思う。

 ……でも、何故にクロエさん?


「……だから逆に女王国の偉い人を撫でることで、『ウィルヘルム=ハルバートは本当はすごい人間なんだぞ』って知らしめることが出来れば、それで解決するのではないかしら?」


 ……ん?

 ……まぁ、その通り、かな?

 ……でも、だから、何故にクロエさんなの?


「女王国で一番偉いのは私だけど、流石に女王を撫でるとイロイロと面倒じゃない? でもクロエだったら大丈夫でしょう?」


 僕たちの視線が一斉にクロエさんに集まった。

 その彼女が小首を傾げる。


「……だからって、何故クロエさんなのでしょう?」

 

 ついに僕は口に出して質問してしまった。


「……クロエは私の先生でもあるわ。相談役としていつも助言をしていることは皆も知っているじゃない? そういう意味では私よりも上の存在と言えるわ。……そんなクロエを撫でるというのは凄いことじゃないかしら? ……ね?」


 ……ね? って!

 言っている意味わかってるの、この人?

 陛下の横ではクロエさんがしきりに頷いていた。

 ……えッ!?

 ……今の話で納得しちゃったの?

 思わず僕はクロエさんを二度見してしまった。



 そして何故だか分からないが、僕は椅子に座ったクロエさんに上目遣いで見つめられていた。

 頭の位置が僕より高いので椅子に座ってもらったのだ。

 ……というより、本当に撫でるんだ。

 僕は彼女の目を覗き込んで真意を確かめようとした。

 ――クロエさん、本当にこれでいいのですか?


「……そんなに見つめないで下さい。……恥ずかしいですわ」


 何故か彼女は頬を赤く染めて目を伏せてしまう。

 なんか、照れてるし!

 ……あぁ! なんで僕、こんな相談を陛下に持ち込んじゃったのだろう。

 そんなことを今更後悔しても遅い!

 ……覚悟を決めろ! 山岳国男子だろ! 

 お前の父上は誰だ!? ……英雄ジニアス=ハルバートだろ!

 父上の長男としての誇り、山岳国王族としての誇り、それらを守る為に僕はやらなければならないのだ!



 僕は深呼吸して完全に息を吐き切ると、ゆっくりクロエさんの頭に乗せた。

 掌にぬくもりを感じる。

 光沢を放つ彼女の髪を乱さないようにそっと撫でる。

 そして撫でる。……更に撫でる。

 クロエさんは猫のように目を細めていた。


「……ねぇ、どんな感じ?」


 陛下がクロエさんに尋ねる。

 チラリと陛下の方を見ると満面の笑みを浮かべていた。

 ……やっぱり! 楽しんでいたんだ!

 本当はちょっとおかしいなって思っていたよ!

 でも陛下だから、あの父上を出し抜くぐらいの陛下だから、何か深慮遠謀があるのかとチラッとだけ思ってしまったんだよ!

 遊ばれた! 傷つきやすい少年の心を弄ばれた!



 そんな僕の気も知らず、クロエさんはゆっくり目を開いた。

 そしてちょっとうっとりとした声で答える。


「気持ちいいですわ。……夫よりも優しい感じですね」

 

 なんか微妙に誤解を招くような言い方は止めてほしい!


「……そう、よかったわね。……じゃあマイカ! 早速このことを皆に伝えてきてちょうだい! ……クロエの感想も忘れずにね!」


「了解っす!」


「えッ! そんな別にみんなに教えなくても――」

 

 流石にこの話を皆に聞いてもらうのは気が引ける。

 特にクロエさんの感想はイロイロとヤバい気がする。

 だけど陛下は首を振るのだ。


「ダメよ! ウィルのことを下に見る人間がいることが不満の原因なのだから、それを解消しないと!……これで、もう誰一人として貴方を侮る者はいないわ!」


「それじゃ、山猫部隊総勢で当たるっす! 何なら、ハルバート家の人にも協力をお願いするっす!」


 マイカさんはそう返事すると、僕の頭をわしゃわしゃっと撫でてから部屋を飛び出して行った。

 だーかーらー、()()だから!

 今、僕、ナチュラルに頭を撫でられたし! 

 結局何の解決もしていないから!

 普通に侮られているから!

 ただ僕がクロエさんに、何か変なことをしたってだけの話になっているから!

 お願いだからそんな話を広めないで!

 


 ――そして僕は山猫部隊とハルバート家直属間諜の本気を知ることになる。

 この話は女王国公館だけに留まらず、瞬く間にポルトグランデ中に広がった。

 それのみならず、これは後日分かったことだけれど、帝都にいる宰相の耳にも届いていたらしい。


 この日以降、僕は一部の人たちから猛獣使いと呼ばれることになった。



予想外の高評価、本当にありがとうございます。

まさかこんなモノにポイントがつくとは……。

感謝感謝です。

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