第7話 テオドール、アリスの告白を聞く。
白銀城の謁見の間。
そこに今までどこに置いていたのか、もしくはこの日の為にに作らせたのか、大きすぎる円卓があった。
中にも一回り小さい円卓。
主要人物は中の、それ以外は外という感じらしい。
それらの席に参加者は誘導され次々と着席していく、
まさにこのセカイの主要人物勢揃いといった感がある。
もう少しでこの国は劇的な変化を迎えるだろう。
それを見極めて動く、そうすることでレジスタンスの悲願が達成されるのだ。
全員が着席した頃、満を持して皇帝が私室側の扉から登場した。
前に仮面の男、後ろに宰相を連れてゆっくりと歩く。
皆が、アリシア女王でさえもが起立してそれを出迎えた。
彼が笑顔のまま私たちより一段高い玉座に腰掛けると皆も着席する。
彼が玉座で女王は皆と同じ椅子であることに女王国側から不満が出るかと思ったが、当の彼女が笑顔のままなので誰も言い出さなかった。
もし女王が何か言えば長兄殿下や次兄殿下も黙っていないだろう。
そうすれば会議を始めることすら遅れる。
そんなグダグダの展開にならなくてよかったと安堵した。
「それでは、会談を始めましょうか。――そもそもこの会議は現在政情不安定な我が国の平穏を願う水の女王国の発案で開かれることとなりました。まずは女王陛下よりお言葉を頂きたいと思います」
珍しい宰相の挑発めいた言葉にもアリシア女王は気にした様子を見せず、優雅な仕草で立ち上がりまず皇帝に頭を下げた。
そこに国の上下関係を考える様子は見当たらない。
逆に言えば、いつでもその場所を奪うことが出来るのだという自信の現れとも受け取れた。
「初めまして皇帝陛下。私はアリシア=ミア=レイクランド、水の女王国で女王をさせていただいております」
「あぁ、和平の為に尽力して頂いているそうだな。……感謝する。こういった場ではロイと名乗っている。本名を名乗れぬこと、申し訳ない」
それに応えるように皇帝も丁寧に頭を下げた。
……以外にデキるようだ。
宰相の教育がいいのか。
ちゃんと立ち位置を理解している。
ちなみに皇帝の本名は親と本人しか知らない。
それが帝国皇帝の伝統だ。
「さて堅苦しい言葉は苦手ですので、普段の言葉で話させていただきたいのですが?」
周りを見渡す女王に周りの面々は首肯で同意を示す。
「感謝します。……では。――我々女王国は内戦の火種を消した功績を自負しておりますし、レジスタンス内でもそれなりに譲歩を重ねてきました。そしてこの会談まで漕ぎつけました。別に利益を寄越せとは言いません。ただ、今より私に時間を頂きたいのです。どうか私の話に耳を傾けてくれませんか? 質問はあとでお願いします。……よろしいですよね?」
不敵な笑み。
そもそも燻っていたレジスタンスを着火させたのは彼女自身だ。
自分で嗾けて自分でそれを消す。
それを功績と呼んでいいのか。
同じことを思ったのだろう、離れたところにいる宰相が天井を見上げていた。
どうするのだという空気を破るように笑い声が漏れた。
皆の視線がその主――皇帝を見つめる。
彼は満足そうに笑う。
「構わないよ。……アリシア殿はそれだけの発言が許されるだけの実績をお持ちだ」
少し砕けた物言いは女王に合わせたモノ。
功績を実績と言い換えたのは皇帝として、帝国としてそれを認める訳にはいかないが、発言に関しては許すという断固とした線引き。
考えてみれば宰相が育てた皇帝が暗愚なはずはないのだ。
それなりの知識教養、交渉能力を彼から与えられたことだろう。
少々見くびっていたようだ。
そもそも私は皇帝の能力すら知らなかった。
皇帝は暗愚だと決めつけていた。調べようともしなかった。
レジスタンスを主導していた私でさえそうなのだ。
――何故?
皇帝がそういうのでは、と皆もしぶしぶながらも是と頷く。
「――それでは」
アリシア女王の雰囲気が一瞬にして変わった。
芝居とかではない。別の生き物になった。
「……皆さんはじめまして、オレはメイスという名の元勇者だ」
訳の分からない言葉に皆が啞然とする。
彼女は突拍子もないけれど、これはその群を抜いていた。
一言だけだったが、完全にそこにいるのは男なのだと理解した。
女王はざわつく広間をゆっくりと見渡し、視線だけで皆を黙らせる。
「まずはこのセカイについて説明したいのだが。……前提としてこのセカイはマール神によって作られたセカイだ」
言われるまでもない。
それは帝国民なら誰もが知っている。――神話としてだが。
小さい頃から親から教会の神官から聞いた話。
大多数の帝国人は円滑に物事を進める為にマール神を一般教養として捉える。
我々政治家も所詮宗教など国家の安定装置に過ぎないと割り切っている部分があった。
「――そういう意味じゃないんだ。オレは真実を語っている」
皆の怪訝な表情を見た女王がクスリと笑う。
そして彼女(彼?)は説明を続ける。
「このマールが作ったセカイにはルールがあるんだ。――勇者は魔王を倒さなければならないという明確なルール」
……勇者?
いきなり何を?
あのときロゼッティアでホルスと話した時を思い出した。
あの感覚。
ウラがあるのか?
それともアレも本気だったのか?
「だから勇者は魔王を倒すために皇帝を殺す。皇帝を殺すために反皇帝のレジスタンスと組む。レジスタンスと組む為に名声を上げる。名声を上げる為にその土地土地で人助けをする。それがマール神の作った物語だ。その為にオレたちはこのセカイに生まれたんだ。オレたちは神の意志に沿って動いているに過ぎない」
皆が絶句していた。
私も意味が分からない。
……だからって何が、だ?
「……話の筋自体はおぼろげながら理解した。だが何故皇帝陛下を殺すことが魔王を倒すことに繋がるのだろうか?」
話を遮るのはいけないことだと知っていたが、前提条件のすり合わせはしておくべきだろう。
この疑問は皆の疑問だったはずだ。
だから私が代表して質問することにした。
私の問いに女王は嫌な顔一つせずに大きく頷いた。
「先代皇帝には首筋にあったと聞いている。オレ自身は会ったことないから知らないが。……正当な皇帝の後継者には必ずその痣があるんだ。そういうものなんだと理解してくれ。――だからロイ皇帝陛下にも当然それがある」
アリシア女王が皇帝を見つめた。
それを受けて彼は宰相と一瞬だけ視線を合わせ頷く。
そしてゆっくりと立ち上がった。
後ろに控えていた仮面の騎士が思いとどまらせようとするが彼はそれを笑顔で押しとどめる。
「よい。……話を前に進める方が先だ」
そして穏やかな表情のまま上着を捲し上げ脇腹を見せた。
そこにあるのは何かの紋章のような痣。
先代陛下にあった痣に似ていた。
まさか本当にあるとは。
「アンダーソン一族は初代皇帝との『封印を守る』との約束を愚直に果たしてきただけなのだ。先代皇帝には痣のある後継者がいなかった。だから宰相は画策して子供を作らせた。そして痣のある皇帝陛下が生まれた」
だからこそ宰相は彼を皇帝にする為全てを敵に回す覚悟をしたのか?
「皇帝を殺せば封印が解かれて魔王が復活する。……オレが何を言っているのか理解できないだろうが、こればっかりは信じてくれとしかいいようがない」
信じてくれと言われても、皆も困惑していた。
私自身、そんな馬鹿な話があるか、と言ってやりたい。
帝国の未来に関わる大事な話の前にすることではないだろう、と。
だが否定しようにも何から否定すればいいのか分からなかった。
「先程も言ったがオレはメイスだった。そのセカイでオレは勇者として皇帝を殺し、復活した魔王を滅ぼした。……マール神の望み通りに。――そして再びこのセカイにやってきたんだ。もう一度このセカイを楽しむ為に。新しい性別、新しい名前、新しい職業、新しい容姿となって」
中身は男のまま、アリスという女性に生まれ変わったのだという。
「――だからオレは初めから知っていたんだ」
脆弱な水の公国を狙い撃ちにした。
一国の女王として無視できない存在になってからレジスタンスに接触開始する。
リーダーが死んだとされるロレントであることも当然知っていた。
その弱みに付け込み有利な条件――それでもレジスタンスも納得できる――を突き付けて国力増強する。
圧倒的な実力差を見せて聖王国を略取したのち、その勢いで山岳国も手中にした、と。
「――何故、宰相ニールが無理を承知でセカイを敵に回してまで、今の皇帝を玉座に押し上げたのかも全部全部初めから知っていたんだ」
広間は静まり返っていた。
その中で私を含めた数人は頷き、納得していた。
どう考えてもアリシア女王は先が見え過ぎていた。
普通の人間には到底無理な領域。
幾ら山猫を駆使したとしても手に入れられない類の情報を持っていた。
思いつく限りで一番突拍子もない話だったが、これが真実だと思えた。
「もしこのまま話が進みレジスタンスが前回のように皇帝を殺せば魔王が復活する。本当にそれでいいのかと考えた。……オレにとって居心地のいいセカイとは何なのか? オレはこのセカイをどうしたいのか? どう立ち回ればオレは大切なモノたちとこのセカイでずっと笑顔で生きていられるのか!?」
冗談をめかした口調だったが、それがアリシア女王の切なる願いだというのは誰もが理解できただろう。
だからこの告白をしたのだ。
本来なら絶対に黙っておくべきことを白状してまで、手に入れたい未来。
「オレは結論を出した。……絶対に皇帝を殺させない。マストヴァル夫妻や娘も当然殺させない。クロード一行や上級貴族たちを追い込まない。レッドやトパーズ、パールたちを見殺しにしない。――オレもこのセカイで『みんな』と一緒にいたい」
女王は全てを吐き出して天井を見上げた。
「何故この場で……? どうしても…………必要………? …………内容なんて本当は…………ことが目的……の? ……………待って……?」
囁くような声が聞こえて隣のクロエの様子を窺うと、彼女は無心で独り言を呟きながら、眉間に皺を寄せて何かを思案していた。
知り合って二十年以上になるが、今まで見たこともない鬼気迫る表情だった。
とんでもない告白に皆も何を言っていいのか分からない様子だった。
この場は和平の場、これからの帝国をどうするのかを話し合うはずだった。
いうなれば権力の綱引き大会か。
数が多く、力の大きい者を抱える陣営がより大きな権力を握る、それを決める場だった。
だけど今更こんな空気の中で出来る話ではなくなった。
そんな空気の中クロードがゆっくりと立ち上がった。
「アリス、君は僕が神の声を聞こえるというのを最初から知っていたんだね?」
静かに問い詰める。
彼は女王によって利用された人間の一人だ。そして神の声が聞こえることを衆人の中で馬鹿にされたこともあった。
「あぁ、あの時はまだ自分でどうするか決めることが出来なかったんだ。マールとの距離も考えていなかったし。オマエをバカにしたことは本当に申し訳ないと思う。その上で、更にもう一つ今から頼みたいことがある」
「……何?」
「マール神に今からこの場の全員に声を聞かせることが出来るか尋ねてくれないか?」
クロードが訝し気に表情を曇らせる。
だが頷くと彼は中空を見上げた。
「……マール、聞こえるか?」
その光景を皆が息を飲んで見つめていた。
もう一人頭のオカシイ人間が現れたのかと。
そもそも本当に神がいるなんて思ってもいなかった訳で。
でも、もし本当にマール神が存在するのならば――。
「……じゃあやって」
そんなクロードの言葉と同時に、ザーザーと何か不快な雑音が聞こえ始める。
『――これで皆にも声が聞こえるはずだ』
いきなり男性の声がした。
「……マール、聞いていただろう? これがオレの出した答えだ。オレはこのセカイで生きていきたい。帝国も乗っ取らない。戦争も起こさない。大事なモノたちを傷つけることなく笑顔で生きていきたい!」
真剣な表情で女王は中空を見つめていた。
どうなるのかと息詰まる沈黙の中、頭の中に直接響く溜め息。
『つまらんな。……本当につまらん。最悪だと言ってもいい。もしかすると〈過ぎたるは何とやら〉、いやいやこの場合は〈羮に懲りて膾を吹く〉というヤツか? ……ん、少し違うか? ――まぁ、別に何でもいい。要するに実験は大失敗だった訳だな。……ある意味最後の最後で最高のサプライズを喰らわされたとも言えるか……』
マール神は女王の願いを一笑に付した。




