冒険者ギルド。異世界といえばこれ
アーバルの町は、なんというか非常に牧歌的な町だった。
町の周囲を壁が覆ってはいるが、門は開け放たれ門兵は暇そうに欠伸をしている。
テグの操る馬車も、門兵に止められる事もなくガタゴトと門を通過していく。
「あれは……いいのか? 兵を置く意味が無いように思うが」
「ははは! いいのですよ、身分証確認をするのなど、大きな町の中でも余程警戒心の強いところくらいのものです!」
そんなペグの言葉に、やはり身分証は存在するのか……とセイルは冷汗を流す。
当然だが、セイルもアミルも身分証など持ってはいない。
下手に大きな町の近くに飛ばされないでよかった……などと思いながらも、門を通り抜けた先の広場に馬車は停止する。
「それでは、私達は冒険者ギルドにクレームを入れてきますが……どうされますか?」
「ん? そうだな……」
ペグの提案に、セイルはメリットとデメリットを考える。
メリットとしては、何処にあるかも分からない冒険者ギルドに迷わず行ける事だろう。
紹介状だけではなくペグの直接紹介で、色々と面倒が回避される可能性もある。
デメリットとしては、余計な注目を浴びてしまう点だろうか。
これは今更ともいえるが……それ以外は、あまりない。
「よし、なら同行させてもらいたい」
「ええ、ええ。是非! ではテグ! 納品のほうは頼めるか?」
「ああ、任せてくれ」
頷くテグは、セイルやペグ達が降りたのを確認すると、そのまま馬車を何処かへと移動させていく。
「納品、か……もう納入先を用意しているんだな」
「ええ。それが何か?」
「いや? 商売上手だな、と思っただけだ」
「勿論ですとも」
勿論、問題はそんなところではない。
ペグは「ヘクス国王が武器を買い漁っている」と言っていた。
そして、馬車に積まれているのは武具だった。
ならばへクス王国の王城に持ち込むか、ヘクス王に近い商人に繋ぎをとるものと思っていたが……こんな小さな町で納品するというのは予想外だったのだ。
しかしながら、考えてみれば当然の話ではあるだろうか。
直接王城に持ち込むなどという真似をやらかせば大国に目を付けられるだろうし、つながりが出来る事で何らかの不利益を被る可能性もある。
だが、こういう小さな町で捌く分には大国のスパイなどの目につく可能性も低い。
……まあ、そんなところだろうが……毎回納入先を変えて足がつかないようにしていても不思議ではない。
恐らく名目上も冒険者用とか、そういう風になっているのは間違いないだろう。
「とにかく、冒険者ギルドだな。お前を裏切った連中が先回りして余計な事を吹き込んでいないとも限らない。急ぐとしよう」
「おお、そうですな!」
バタバタと急ぎ始めるペグを追うように、セイルとアミルは歩く。
アーバルの町は、町といっても文化レベルは高そうには見えなかった。
町の建物は最大でも二階建ての石造り。道は舗装されておらず土が剥き出しで、店の数も然程多いようには見えない。
あっても、どれも日用品や食料品など、普段使いのものが多いように見えた。
「のどかだな」
「ええ、実にのどかです。平和で牧歌的で、後ろ暗いところが何もないような町ですとも」
ははは、と笑うペグの足取りは軽く、やがて冒険者ギルドと書かれた建物へと辿り着く。
そう、冒険者ギルドと「読めた」のだ。
目の前にあるのは知らない文字のはずだが、セイルには何の問題もなく読めている。
書く方についてはどうか不明だが、恐らくできるだろうという予感もある。
「随分立派な建物だ」
「万屋のような側面もありますからな。何処でもこんなものですよ」
この町の中では一際金のかかっていそうな建物の中に入っていくと、中にはまばらではあるが冒険者らしき者達の姿も見えた。
革鎧を纏った軽剣士、金属製の胸部鎧と大剣の剣士、如何にも魔法士らしき姿の女……様々だが、どの顔にもやる気らしきものはあまり見えない。
まあ、仕事に行くのでもなくギルドに溜まっている時点で暇しているのは明らかなのだが……そんな彼等も、ペグが入ってきた事で値踏みするような視線を向けてくる。
彼等の視線は自然とセイル、そしてアミルへと向けられ……何やらコソコソと囁き合い始める。
「気にする必要はありませんよ。どうせ大した事は話していません」
「だろうな」
彼等を放置したまま、ペグは冒険者ギルドのカウンターへと辿り着き……カウンターの向こうの男性職員へと、胡散臭い笑顔を浮かべてみせる。
「こんにちは。私はビッツベルト商会のペグ・ビッツベルトと申します」
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ええ、まずは報告を。ショールの町の冒険者ギルドで雇った冒険者三人が任務放棄しましてね、依頼破棄の手続きに。ああ、契約書の控えは此処にあります」
「えっ……」
職員の男はペグから書類を受け取ると確認し……「申し訳ありません」と頭を下げる。
「二度とこのような事が無いよう、冒険者ギルド全体で綱紀粛正を徹底していく所存です」
「ええ、是非。あまりひどい様では商人ギルドでの自衛の手段も考えねばなりませんし」
頭を下げる職員の視線は、ペグの背後の方に立つセイルとアミルへと向けられる。
「ところで、その……そちらのお二人は?」
「ああ、今回私を助けてくれた方々です。今回は折角なので冒険者登録をされていかれるそうで、この私から推薦という形に」