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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十三章 葛の葉砦の決戦

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藤色に塗られた葛の葉砦

 鬼ヶ島は『島』にあるわけではありません。その名前の由来は島のように頑強で強固で閉鎖的な場所であるからです。

 その鬼ヶ島から南東にそびえる、大きな砦に吉備太郎たちの軍勢が囲むように集結しています。


 時刻は昼過ぎ。砦の全容が見て取れます。


「な、なんと面妖な建物だ……」


 吉備太郎の呟きに仲間たちは同じような気持ちを抱きました。

 丸太や土塁で作られた簡素で粗末な砦――ではなく、都にあってもおかしくないほど、みやびで艶やかな砦でした。どういうわけか藤色に彩られていて、高級感あふれる寺院などを想起させます。


「なるほど。葛の葉砦に藤色ね。案外、吉平も女々しいところがあるのね」


 竹姫が何か感慨深く言いました。


「そういえば、吉平の野郎は吉備の旦那と竹姫が詳しかったな。どんな奴なんだ?」


 朱猴が今更ながら訊ねると吉備太郎は「友人で陰陽師だ」と短く答えました。


「陰陽師ねえ。式神を使うんだろう?」


 面倒だと言わんばかりの朱猴。


「何が来ても戦う所存ですが、一つだけ訊ねていいですか?」


 槍を構えながら蒼牙は吉備太郎に言いました。それは質問というより許可を得るような物言いでした。


「なんだい?」

「安倍吉平を――拙者たちのいずれかが殺しても構いませんか?」


 誰かが言わないといけなかった言葉でしたが、まさかこれほど早く言うとは、蒼牙以外、誰も思っていませんでした。


「流石に蒼牙さんは覚悟ができていますね」


 翠羽は心の中でそう思いました。


「……吉平さんは、私が止める」

「止める? それは殺さないってことか?」


 吉備太郎に厳しい視線を向けて、素早く反応したのは朱猴でした。


「できれば殺したくない。だけど、もしそうなったらするしかない」


 曖昧な言葉に翠羽は「ツラいことを言いますが」と断りを入れてから言いました。


「そんな覚悟では、相対したときに殺せませんよ?」

「分かっているよ。分かっているんだ」


 繰り返し呟くと、吉備太郎は後ろを振り返って「安田さん。もしものことがあったら、後は頼みます」と言いました。

 安田晴盛は緊張した面持ちで「もしもお前たちが死んでしまったら、鬼退治ができなくなってしまうぞ」と言いました。


「十分承知しております」

「だから、必ず生きて帰ってくるんだ」


 吉備太郎は安田の顔をじっと見ました。

 続けて安田は大人らしく、子どもに言い聞かせるような口調で言いました。


「いいか。お前は日の本のことや我々のことを背負っていることを忘れてはいけない。双肩に我々の想いがあることを肝に銘じるのだ。加えて自分の仲間のことを考えろ。自分本位ではなく、仲間のことを思うのだ」


 吉備太郎は頷きました。


「分かりました。必ず全員無事で戻ってきます」


 安田も頷いたのを見て、吉備太郎は仲間に言いました。


「行こう。吉平さんが待っている」


 仲間たちは静かに応じました。そして葛の葉砦に向かいます。


「たった五人で大丈夫だろうか」


 周りの武者たちはそう思っていました。

 葛の葉砦の前に来ると、門番も居ないのにゆっくりと門が開きました。

 門の内側は昼過ぎだというのにとても暗く、一寸先がはっきり見えませんでした。


「はっ。門が開いたのはどっからでもかかって来いって意味だと思ったが、こりゃあ罠の臭いがぷんぷんするぜ」

「違うよ朱猴」


 朱猴が笑いましたが、吉備太郎はまったく別のことを考えていました。


「友人を招くのに理由も障害も要らない。そういうことだよ」


 そう言って、何の恐れも無く中に入る吉備太郎。罠などの警戒など全然してません。


「はあ。向こうはあなたを殺す気かもしれないのに。吉備太郎、やっぱりまだ友人だと思っているのね」


 次に入ったのは竹姫でした。続いて蒼牙、翠羽、朱猴の順に中に入ります。


「……? 外から見てもこんなに広い空間だったか?」


 蒼牙が不思議そうに言いました。そのとおり、まるで神社の境内のように広い空間でした。しかも入った瞬間、明るくなったのです。

 そして正面に二つ、斜めに一つずつ、計四つの鳥居が置かれていました。その鳥居は明らかに入り口だと分かりました。

 鳥居の中はまたもや暗い空間が広がっています。くぐらない限り、向こう側は見えないでしょう。

 五人が戸惑っていると一番左端から小柄な男の子が現れました。

 浅黄色の服に身を包んだ子供――蒼龍でした。


「蒼龍、久しぶりだね」


 吉備太郎が声をかけると「なんかそこの二人が怖いんですけど」と蒼牙と朱猴を指差しました。二人は蒼龍を警戒しているようでした。


「安心してくださいよ。僕は非戦闘員ですから。だから槍と苦無を下ろしてください」


 蒼龍の言葉を訊いても蒼牙は槍を下ろそうとしませんでした。朱猴も同じです。


「はあ。まあいいです。僕は吉平さんから言伝を預かってきたんです」


 蒼龍は吉備太郎たちに言いました。


「鳥居の中をくぐって、最強の式神たちを倒して、俺の元に来い。そうすれば戦ってやる」


 その言葉に蒼牙は「馬鹿にしているのか?」と切っ先を蒼龍に向けました。


「貴様らに都合の良い環境で戦えというのか? 馬鹿げている」

「犬っころに賛成だ。そんな提案に乗るわけがない」


 蒼牙に同意する朱猴。さらに翠羽までもが「自ら虎穴に入るのはどうかと思いますね」と言いました。


「そうですか。どうしようかなあ」


 蒼龍が腕を組んで悩む仕草をしました。

 しかし、吉備太郎はそんな仲間たちの言葉を無視して言いました。


「この鳥居の先に、吉平さんが居るのか?」

「ええ。そうです」

「式神は全員倒さないといけないのか?」

「いえ、先にいる式神を倒せば行けます。しかし一つの鳥居につき、一人しか通れませんよ」

「うん? 五人居るけど、一人は待たないといけないのか?」

「ああ。竹姫さんは吉備太郎さんと一緒でも良いって言ってました」


 吉備太郎は顎に手を置いて、そして仲間に言いました。


「私は先に進む。みんなは待っててくれ」


 その言葉に真っ先に反対したのは翠羽でした。


「ちょっと待ってください! 明らかに罠ですよ!?」

「吉平さんはそんなことはしない」

「敵じゃないんですか!?」

「敵だけど友人なんだ」


 吉備太郎は「できれば虎秋さんと戦いたいんだが」と蒼龍に言いました。


「ああ。虎秋さんなら一番右ですよ」

「ありがとう。さあ竹姫、行こう」


 本来なら竹姫は止める立場でした。止めねばならぬ人でした。

 しかし、彼女は困ったように笑って。


「仕方ないわね。蒼牙、朱猴。あなたたちは蒼龍が出てきた鳥居以外を選びなさい」


 吉備太郎に付き添うつもりの竹姫に翠羽は考え直すように言おうとします。

 しかし朱猴に止められました。


「無駄だぜ。ああなっちまったら止めっこない。お前だって分かるだろう?」


 翠羽は溜息を吐くと「ああ。まったく。人は思い通りに動かないものですね」と諦めたように言いました。


「それじゃあ俺様は正面の右を選ぶぜ」

「ならば拙者は正面の左だな」


 翠羽も渋々、一番左側の鳥居に向かいました。


「おねーさん。僕は鳥居の向こうで待っているね」


 先に鳥居をくぐる蒼龍。


「虎秋さん。待っててくださいね」


 吉備太郎は何の躊躇もなく鳥居をくぐります。竹姫も一緒にです。


「さあて。蛇が出るか鬼が出るか……いや、出るのは式神か」

「なるべく速く倒さなければ……」

「あの子、非戦闘員って言ってたけど、どうやって戦うつもりなんだろう?」


 朱猴、蒼牙、翠羽はそれぞれの鳥居をくぐります。

 何故吉平は回りくどい真似をしたのでしょうか?

 彼の思惑とは?

 それを吉備太郎たちはすぐに身をもって知ることになるのです。


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