表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十二章 進軍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/106

突然の招待

「なあ。このまま進軍していいのかねえ」


 朱猴の言葉に蒼牙は「何を弱気になっているんだ?」と咎めました。


「戦意も士気も十二分にある。鬼に対する恐れも無くなった。今攻めなければ、いつ攻めると言うのだ?」


 鬼の本拠地、鬼ヶ島。かの地のある備前・備中にほど近い播磨にて、吉備太郎の軍勢は最後の宿営をしていました。

 陣中には吉備太郎とその仲間たちと関東の部将たちが居ました。都の部将、安田たちはこの場には居りません。彼らは己の家臣や武者を激励しに行ったからです。


「朱猴といったか。何故決戦前にそのような弱気を申すのだ?」


 南原が問い質すと朱猴は「はっきり言って、先の戦いで勝ち過ぎてしまったのさ」と答えました。


「戦意や士気が旺盛。しかし言い換えるなら浮き足立っているんだ。鬼に対する恐れがないのは結構なことだが、無さ過ぎても困るんだ。勇気と無謀は違うからな」


 その意見に賛成だったのは翠羽と竹姫でした。とは言うものの、竹姫はそこまで深刻に受け止めていませんでした。恐怖でがちがちになるよりはマシだと考えています。

 翠羽も重要視していませんでした。朱猴の言っていることは正しいと思っていますが、そこまで慎重にならなくても良いと考えていたからです。


 策略家と軍略家、そして忍者の思考の差異は戦場を知っているかどうかでした。

 策略家である竹姫と軍略家の翠羽は戦術を理解していましたが、肝心の武者の心理、言うなれば殺す者の心理は無頓着でした。

 武者、いや人間は慢心や油断のせいで力が半減することを二人は分かっていなかったのです。ただこの場に居る朱猴だけが、十分分かっていました。

 何故なら、人間の慢心や油断を突いて勝つのが、忍者であるからです。


「ま、俺様の杞憂かもしれねえからな。気にしないでくれ」


 思ったより賛同を得られなかった朱猴は、あっさりと自分の考えを取り下げました。


「……朱猴の意見はもっともだ。油断せずに鬼を倒そう」


 吉備太郎の言葉に一同は頷きました。


「それで、今後の進軍なんだけど、予定通り斥候が帰ってきたら、いよいよ鬼ヶ島に進軍したい。一応、地形とか調べてから万全の対応を――」


「まあそれが基本だよねえ。昔より冷静になったじゃないか。吉備太郎ちゃん」


 突然、何の気配もなく、両肩を後ろからがしっと掴まれた吉備太郎。

 仲間や部将もいきなり現れた『男』を知覚するのに一瞬間を置きました。


「――っ! 吉備の旦那!」


 いち早く反応したのは朱猴でした。懐から手裏剣を取り出そうとして――


「やめておけ。何もするな」


 ぞくりとする感覚。首元に刀を添えられて朱猴は動きを止めてしまいました。

 蒼牙も翠羽も動こうとしましたが、二人が危険に晒されているので、手出しできませんでした。

 関東の部将たちは刀に手をかけましたが、朱猴に刀を向けた、もう一人の男の殺気で動くことはできませんでした。


「うん。余計な血を流さなくて良かったよ」


 にこやかに笑う背後の男に吉備太郎は「よくもまあ、この場に来ましたね」と言いました。

 その声音は呆れたようであり、気まずいようでありました。

 しかしどこか懐かしい旧友に再会したような感じを醸し出していました。


「本当に久しぶりですね。吉平さん」


 背後にいる男――吉平は手を放しました。


「ああ。名田川の戦い以来だね。しかし驚いたよ。本当に強くなったね。あの茨木童子を一撃で倒すなんて」

「なんだ。見ていたんですか?」

「もちろんだよ。別働隊に参加していたからね。ま、俺は襲撃を反対したんだけど」


 この状況の中、和やかに会話する二人に関東の部将は戸惑いを隠せませんでした。


「吉備太郎殿! 何故そのような魔の者と話しているのだ! こやつは噂に聞く裏切り者の安倍吉平ではないか!」


 東川の言葉に関東の部将たちは「そうではありませんか!」と次々同調しました。

 すると――


「ちょっと黙っててくれない? 久しぶりに友達と話すんだ。うるさくすると殺すよ?」


 先ほどとは比べ物にならないほどの殺気を放つ吉平。あまりの恐ろしさに部将たちは口を噤んでしまいました。


「吉平さん。あなたは何をしに来たんですか? 脅しに来たんですか?」


 吉備太郎は呆れながら言うと吉平は「あはは。そういうわけじゃないんだけどね」と弁解しました。


「宣戦布告しに来たんだ。吉備太郎とその仲間たちにね。鬼ヶ島の前にここに来てほしいんだ」


 そう言って、巻物を吉備太郎の前に投げました。

 巻物は自然と広がりました。そこに書かれていたのは、鬼ヶ島周辺の詳細な地図でした。

 鬼ヶ島と陣を敷いているちょうど中間に大きく丸が書かれています。


「そこの印に描かれた場所――葛の葉砦と名付けたところに来てほしい。吉備太郎ちゃんと蒼牙ちゃん、朱猴ちゃんに翠羽ちゃん。そして竹姫ちゃんの五人だけで」

「ふざけるな。罠だと分かっているのに、行く馬鹿は居ねえよ」


 朱猴が嘲るように言いました。


「うん。そうだね。これは罠だ。君たちを殺すために仕組んだ罠だよ。それでも君たちは行かなければならない」

「はあ? あなたは何を言っているんだ!」


 蒼牙が不思議に思うのも無理はありません。支離滅裂ですし、吉平が何を考えているのかも分からないからです。


「吉備太郎ちゃん。ここには君が殺さないといけない人が居るんだ。俺と君が決別することになった人物が」


 その言葉に吉備太郎は顔を青ざめました。


「ま、まさか。あの子が居るのですか!?」

「そうさ。あの子――桔梗ちゃんはここに居る。どうする? 万が一、鬼の総大将を倒しても生き残りが居るよ?」


 その瞬間、その場が凍りつくような殺気が全員を包み込みました。


「――我が主!」


 朱猴の背後に居た男が殺気を出した吉備太郎に近づき、刀を振り下ろします。


「やめるんだ! 虎秋ちゃん!」


 吉平の言葉はあまりにも遅すぎました。

 男――虎秋はここで吉備太郎を殺さなければ吉平が殺される。そう感じました。

 しかし、刃が届くことはありませんでした。


「――ぬるいですよ、虎秋さん」


 きいんという金属音。気がつけば、虎秋の刀は中央から真っ二つに折れてしまいました。


「……成長したな。吉備太郎」


 虎秋は感慨深く呟きました。


「ええ。あなたに勝つために修行しましたから」


 関東の部将は目を瞠りました。気づかないうちに吉備太郎の刀が抜かれていたのです。


「おいおい。いつの間に抜いたんだよ……」


 西山は思わず言ってしまいました。


「吉備太郎ちゃん。そんなに怖い気を発しないでよ。震えが止まらなくなるじゃない」

「吉平さんには言われたくないですね」


 吉備太郎は「仕方ありませんね」と呟いてからこの場に居る者に言いました。


「私たちは葛の葉砦に向かう。その間、軍勢は安田さんに任せる」

「し、しかし――」

「北野さん。これは決定したことだ」


 吉備太郎は暗い感情を隠すことなく言いました。


「必ず殺さなければならない。鬼の生き残りは決して生かしてはおけない」


 底冷えする声に誰も反論できませんでした。


「もしも鬼の総大将を殺したら、吉平さんはその子を連れて逃げるだろう。そしていつの日か、鬼の軍勢が復讐へと向かう」

「よく分かっているじゃないか」


 吉平の軽口に吉備太郎は「これでも成長しているんですよ」と応じました。


「吉平さん。悪いけど桔梗は殺します」

「やれるものならやってみなよ。じゃあ砦で待っているから」


 その言葉を最後に吉平は姿を消しました。虎秋も同様にまるで煙のように消えました。


「吉備太郎、本当に良かったの?」


 竹姫の不安そうな言葉に吉備太郎は笑顔で言いました。


「ああ。大丈夫。必ず勝ってみせるよ」


 竹姫はそういうことじゃないと言いたかったのですが、言えませんでした。


 吉備太郎。あなたは鬼や敵は斬れるかもしれない。でも、友達や罪もない女の子を本当に斬れるの?


 そう訊ねたかった竹姫。しかし言えません。

 何故なら、その問いに吉備太郎がなんて返すのか怖かったからです。

 また、吉備太郎の心に迷いが生じてしまうことも恐れました。

 吉備太郎は確かに強くなりました。

 けれど精神が追いついているのか。

 心が強くなっているのか。

 竹姫でもまったく分からなかったのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ