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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十二章 進軍

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吉備太郎たちの力

 茨木童子の周りには鬼が三匹居ました。それでも構わずに吉備太郎は突貫しようとします。茨木童子しか見えていない証拠でした。

 流石の吉備太郎でも茨木童子のほかに鬼を相手取ることになるのは厳しいと言えるでしょう。

 けれどそれを助けるものが居ました。


「吉備太郎殿! 助太刀致す!」

「吉備の旦那だけに格好良い真似させられねえよ!」


 蒼牙と朱猴でした。彼らは吉備太郎が鬼に向かっていくのを見て、誰よりも先に駆けつけたのです。

 三匹の鬼は茨木童子を守るように、扇状に広がりました。


「蒼牙! 朱猴! 頼んだ!」


 吉備太郎はそう言うと中央の鬼に斬りかかります。


「吉備太郎殿。あなたは初めて拙者たちに鬼を任してくれた。それは信頼の証と言って良いのですね?」


 蒼牙は誰にも分からないように呟きました。

 蒼牙は今にも叫びたくなるような心境でしたが、ぐっと堪えました。吉備太郎に認められた歓喜。 そして鬼と正対する行為に心臓が飛び出るようでした。


「小僧が! 鬼に勝てると思うのか!」


 向かい合う鬼が何か言いましたが、蒼牙の耳には入りませんでした。

 ただ倒すことだけを考えています。

 間合いに入った蒼牙が七尺の槍を繰り出します。


 そのとき、鬼は油断も隙もありませんでした。戦場特有の緊張感を持っていました。

 しかし蒼牙の槍を見た瞬間、背筋がゾクリとする感覚を覚えました。

 まるで巨大な獣が大きく口を開けて、迫ってくるような感覚。

 思わず身体が硬直してしまうのを抑えられませんでした。


「うおおお! 『狼牙槍』!」


 ろうがそう? なんだそれは? 技の名前か?


 そう思った鬼ですが、次の瞬間、半身が千切れる音が聞こえました。

 気がつくと、自分の下半身が直立しているのが見えたと思ったら、どさりと地面に伏してしまった感覚を覚えました。


 はっきりと言ってしまえば。

 蒼牙の放った『狼牙槍』は鬼の上半身と下半身を食い千切るほどの圧倒的な威力を持っていたのです。

 その後、蒼牙はまだ息のある鬼の頭を打ち抜き、とどめを刺しました。


 蒼牙に倒された鬼を見て、朱猴を相手にしようとした鬼は驚いていました。


「馬鹿な! 人間ごときが――」


 朱猴はその隙を逃しませんでした。


「はっ。鬼ってのはこんなにちょろいのか?」


 朱猴は懐から十字型の鉄製の武器を取り出しました。


「俺様が開発した『手裏剣』って奴だ。立派な金遁だぜ」


 朱猴は鬼に向かって手裏剣を投げつけました。鬼はハッとしてなんとか避けることができました。


「この手裏剣の良いところはよー。投げ方と回転で面白い軌道が描けるのさ」


 朱猴の投げた手裏剣は弧を描くように方向転換して、朱猴を睨みつけている鬼の背中に突き刺さりました。


「――っ! くそったれが!」

「あーあ。お前死んじゃったな」


 朱猴はにやにや笑っています。鬼は不可解に思いながら朱猴へと向かおうと――


「……!? がっは!?」


 その場に膝から崩れ落ちてしまいました。


「水遁、鬼殺し。毒憤のじいさんから教えてもらった毒だ。あのじいさん、仕事で鬼を倒したことがあるみたいだ。長生きしているだけはあるぜ」


 朱猴は自慢げに言いました。


「ひ、卑怯――」

「ああん? そんなこと言うなよ。戦場に正道も邪道もないんだぜ? ま、とりあえずはこう言ってやろうか――人間なめんなよ?」


 最後は底冷えするような声で幕を引く朱猴。鬼へのとどめはさらに毒が回るようにと鬼殺しを塗った苦無と手裏剣を刺すことでした。


 吉備太郎は目の前の鬼の猛攻を避けつつ、白鶴仙人の教えを振り返っていました。


「確かに白鶴仙人さまのおっしゃるとおりだ。動きが単調すぎる。後先を考えていない」


 吉備太郎は相手の動きを分析していますが、自ら攻撃をしようとしません。

 それは修行ばかりで実戦を行っていなかったからです。鬼の戦い方を見て、感覚を取り戻そうという試みでした。一見、臆病に見えますが慎重さを覚えたと言うのが最適でしょう。


「さて。蒼牙と朱猴は無事に倒せたようだから、そろそろ戦うか」


 吉備太郎は大振りで振ってきた鬼の一撃を避けて、がら空きになった首に愛刀となった神薙でそっと撫でるように斬りました。

 吹き出る血を持ち前の素早さで回避して、倒れ伏す鬼の頭に刀を突き刺す吉備太郎。


「な、なんと見事な……!」

「まるで赤子のように、鬼を殺したぞ!」


 その鮮やかな倒し方に見守っていた武者たちは感嘆の声をあげます。


「あはは。流石吉備太郎殿だ! 笑うしかない!」

「おいおい。どんだけ強くなってるんだよ」


 蒼牙も朱猴も感心していました。


 吉備太郎は鬼の死体から刀を抜いて、茨木童子に向けます。


「残りはお前だけだ。茨木童子」


 茨木童子は静かに言いました。


「小僧が強くなるとはな。初めてだ、人間をここまで憎く、恐ろしいと思ったのはな!」


 携えていた大刀を構える茨木童子。


 すると吉備太郎は刀を納刀して、抜刀の構えをしました。


「茨木童子。お前を一撃で倒す」

「……舐めているのか?」


 吉備太郎は首を横に振りました。


「違うな。これはお前が強敵だからこそ、一撃で倒すんだ。これを受けきるか避けるかすればお前の勝ちだ。それ以外ならお前は死ぬ。ただそれだけのことだ」


 茨木童子は残忍な笑みを見せました。


「潔いな。武者らしいと言えばらしい」


 茨木童子は明らかな突撃体勢を取りました。


「死んだ兄弟の真似をするか。鬼に横道はねえ。真っ向勝負だ!」


 辺りは静まり返りました。誰も声を発しませんでした。

 蒼牙も朱猴も。後方に居る翠羽も何も言いませんでした。


「――行くぞ吉備太郎!!」


 先に動いたのは茨木童子でした。巨漢に似合わない速度で吉備太郎に迫りました。

 吉備太郎は眼前に迫り来る大刀を恐れることなく、神薙を抜刀しました。


「――天羽々斬」


 吉備太郎の放った抜刀は音を超え、光を超えた、神速と言うべき一撃でした。

 茨木童子の大刀を砕き、そのまま茨木童子の胴を切り裂く一撃。

 茨木童子は自分が斬られたことに気づかず、後ろへどたりと倒れました。


 辺りは静まり返ったままでした。しかし吉備太郎が刀を納めた音をきっかけに弾けるように歓声が上がりました。


「うおおおおお! 吉備太郎殿!」

「やりやがった! 鬼の幹部を一撃でやりやがった!」


 蒼牙も朱猴も興奮していました。


 けれど吉備太郎だけは冷静で居ました。まるで憑き物が落ちたような純粋な目。

 そして茨木童子に近づきました。


「……俺の、負けか」


 まだ息のある茨木童子に吉備太郎は言いました。


「あの日、どうして吉平さんは居なくなった? どうして山吹さんは死んだのだ? どうして私だけが生き残った?」


 吉備太郎の問いに茨木童子は首を振りました。


「俺は、口が裂けても、言わん。精々苦しめ、吉備太郎……!」


 茨木童子は最期の力を振り絞って、こう言いました。


「てめえに、言ってやろう。大親分には勝てねえ。地獄で、待ってるぜ、吉備太郎!」


 事切れた茨木童子。吉備太郎は見開いた目を閉じてあげました。

 吉備太郎は生き残っている鬼と戦う武者に向かって言いました。


「鬼を逃すな! 必ず全員殺すんだ! でないと村々に散らばり、人々が死ぬことになる! 必ず殺すんだ!」


 名も無き平原の戦いは人間の完勝に終わりました。

 鬼の別働隊は二百匹全員が死に。

 武者の被害は百三十八人だけでした。

 吉備太郎は軍勢を一日休ませて進軍を再開します。

 鬼の本拠地、鬼ヶ島まではもう少しです。


 しかしその前に吉備太郎に試練が襲い掛かります。

 それは――友との決別。

 安倍吉平との死闘でした。


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