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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十二章 進軍

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『鬼は外』作戦

「吉備の旦那、鬼の別働隊は伊吹山を出たぞ。後半刻もせずに、俺様たちに追いつく」


 鬼ヶ島へ行軍してから二日後の日中、朱猴の報告を聞いて、吉備太郎は翠羽に訊ねました。


「意外と速いな。翠羽、迎え撃つ場所は決まっているかい?」

「はい。このまま北へ向かった場所に名も無い平原があります。そこで会戦しましょう」


 吉備太郎は顎に手を置いてしばらく考えた後に「今回は策ではなく、力で戦うんだね」と言いました。


「ええ。そろそろ人間の強さを見せつけなければいけません。これは自信と誇りを取り戻すための戦いです」

「自信と誇り?」

「安田さんのように鬼を恐れている武者はたくさん居ます。人間恐れを抱くのは当然ですが、過度な恐れは枷となります」


 吉備太郎はなんとなく理解しました。自分も鬼への恐怖と戦っていた時期があったからです。


「はん。武者と言っても凡俗なんだなあ」


 朱猴の言葉に周りの武者はむっとしましたが、何も言いませんでした。朱猴の実力は既に知れ渡っていたからです。


「今回の戦いは今までの訓練のとおりに戦います。名付けて『鬼は外』作戦です」


 朱猴は「もっと良い名前あるだろう」と呆れながら言いました。


「なら朱猴さんならなんて名付けますか?」


 ムッとして翠羽は朱猴に訊ねます。しかし朱猴は無視をして「吉備の旦那。竹姫と犬っころは大丈夫か?」と心配しました。


「うん。大丈夫だと思うよ。二人ならね。あ、二人にも伝えてほしい」

「とっくに伝えたよ。しかし、俺様はガラにも無く不安だぜ。だってよ――」


 朱猴は軍勢を振り返って言いました。


「たった三万の武者で成功するのか?」


 吉備太郎は「信じるしかないよ」と明るく言いました。


「今まで準備をしてたんだ。それが実るのを期待しよう」

「……吉備の旦那がそう言うなら信じるぜ」


 翠羽は意外に思いました。朱猴が誰かを信じるような性格ではないと思っていたからです。


「それでは行軍を急ぐとしよう。これから地獄が待っている」


 吉備太郎は武者たちに号令を下します。


「みんな! 別働隊が迫っている! 鬼との決戦は近い! 覚悟は決まったか!?」


 武者たちは一斉に「おう!」と声をあげました。




 半刻後、鬼の別働隊は自分たちが誘い込まれているのを知らずに、周りを木々で囲まれた名も無き平原へ足を踏み入れます。

 そこで見たものは――


「なんだ? 人間共が列を成しているぞ?」


 そのとおりです。武者たちは何重も列を作り、鬼たちを迎え討つ構えを取っています。


 今までの戦いは鬼も人も一対一もしくは一対少数の戦いでした。それは武者たちが一騎打ちを望んだことが原因でした。

 この時代の戦いは個人と個人が自分の力だけで戦うものでした。しかしそれは小規模の戦闘において有効なものでした。


 しかし万を越える軍勢の場合は違います。人数の利を見込んで戦うことが必要不可欠となるのです。

 いわば個人戦から集団戦へと移行することが翠羽の狙いでした。

 それは翠羽の修行に関係していました。翠羽は駒の強さのみで戦っていました。しかし白鶴仙人は駒同士の連携をもって戦局を進めていました。

 そのことにようやく気づいた翠羽は今までの戦いを一新したのです。

 そしてその際、用いる武器は――


「に、人間共め、なんだあの長い槍は!」


 鬼たちは口々に喚きます。

 武者たちが携えているのは三間半ほどの長槍でした。それを高々と立杖しています。

 これが翠羽の言うところの『鬼は外』作戦の必須となる武器でした。


「なるほど。これなら間合いを取って安全に戦える。考えたな」


 朱猴は吉備太郎の傍らに居て、感心したように呟きます。


「それに武者の怯えを薄れさせることができます。仲間と共に戦うこと、連帯感を覚えることで恐怖を克服できます」


 翠羽の解説に吉備太郎は頷きます。


「これなら地力で劣る人間も鬼に対抗できる」


 この長槍は鬼の武器にも対抗できます。鬼は何故か飛び道具を使いません。大刀や金棒を用います。もしも鬼が弓矢を用いるのならば、この作戦は失敗に終わるところでした。

 鬼たちはざわざわと騒いでいて、なかなか攻め込んできませんでした。


「おいどうする? 攻めてこないぞ?」


 朱猴は焦りを感じていました。攻めてこなければ進軍が止まってしまいます。


「私が出よう。なんとか攻めさせる」


 吉備太郎は武者たちの間を抜けて、鬼に相対しました。


「この臆病者め! 鬼には気概のあるものは居ないのか!」


 聞こえるように大声で罵倒する吉備太郎。怒り出す鬼たち。すると鬼の中から見覚えのある大きな鬼が出てきました。


「てめえの顔、よく覚えているぜ」


 吉備太郎は驚きました。


 吉備太郎がかつて殺した酒呑童子と変わらない大きさの鬼。伸ばし放題の髪に全てを憎んでいるような怒りの篭もった目。大きな口。ギラギラと光る歯。


「い、茨木童子……!」


 そう。あの茨木童子が眼前に立っていたのです。

 しかも切り落とした右腕は健在でした。


「ああん? この右腕か。吉平の野郎が治したのさ。ただそれだけのことだ」


 茨木童子は吉備太郎を睨みます。


「てめえ、熊も殺したようだな。許せねえ。俺の仲間を殺しやがって……!」


 茨木童子の怒気が高まるのを感じます。

 吉備太郎は茨木童子の行ないが原因で、吉平と別れることになったと自覚していました。

 だから茨木童子以上に怒っていました。


「貴様……! この外道め!」


 一触即発の空気が高まってきます。


「野郎共! 吉備太郎をぶち殺せ! 俺が直々に骨も残さず喰らい尽くしてやる!」


 茨木童子の言葉で鬼たちは一斉に襲い掛かります。


「吉備の旦那! 下がれ!」


 思わず茨木童子に向かいそうになる吉備太郎でしたが、堪えて武者たちの中に戻ります。

 鬼たちは地獄の底から聞こえてくるような恐ろしい唸り声を上げて、軍勢に迫ります。


「いいか! 十分に引き寄せるんだ!」


 吉備太郎は冷静ではなかったですが、鬼を倒したい一心で命令を下します。


「構え……叩け!」


 鬼が長槍の範囲内に近くのを見計らって合図を出しました。

 長槍を一斉に振り下ろされます。

 鬼たちの頭に当たり、一瞬怯みます。


「今だ! 突け!」


 吉備太郎の号令によって怯んだ鬼たちに長槍が突き刺さります。


「ぐはっ!」

「くそが! 人間ごときが!」


 長槍を避けようと鬼たちは後退します。

 そこで後方に控えていた武者たちが弓矢を取りました。


「弓を引け! 射抜き殺せ!」


 およそ一万の武者による一斉射撃で空が黒く染まりました。

 鬼たちは悲鳴をあげています。


「朱猴! 蒼牙の準備は!?」

「ああ、万全だ!」

「合図を頼む!」


 吉備太郎の指示で朱猴は空に赤い閃光弾を放ちました。


 その瞬間、木々に隠れていた二万の武者が現れました。


「挟撃しようと考えていたはずが、逆に挟撃される気分はどうなんだ?」


 吉備太郎はにやりと笑いました。


 蒼牙率いる武者の別働隊は同じように長槍を携えて、鬼の側方を挟みこむように襲い掛かります。


「みんな! 前方に進め! 挟み撃ちだ!」


 絶好のときを見計らって、命じる吉備太郎。

 これは全て翠羽の策でした。いかにして鬼を滅ぼし、味方の損害を防ぐやり方でした。


「翠羽、朱猴。僕も出るよ」


 そう言って吉備太郎は前に進みました。


「おいおい、吉備の旦那。どこ行くんだ?」

「決まっている。茨木童子のところだ」


 吉備太郎は怒りが収まりませんでした。


「この手で殺さないといけないんだ。そうでないといけない。因縁は断ち切らないといけないんだ」


 吉備太郎は真っ直ぐ走り出します。


 茨木童子の周りには数人の武者が倒れています。まだ生きている鬼を集めて一塊で耐えていました。


「茨木ぃいいいい童子ぃいいいいい!!」


 吉備太郎の声に茨木童子は反応しました。


「来い! 吉備太郎! ぶち殺してやる!」


 吉備太郎と茨木童子の因縁ははたして終わることができるのでしょうか?


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