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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十二章 進軍

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都と部将と吉備太郎の策

 東海道を上り、長い行軍の末、吉備太郎たちは都へと辿り着きました。

 しかし――


「あの鬼共、やりやがったな……!」


 いつもは飄々としている朱猴も、都の現状を見るなり、怒りを覚えました。


「なんと酷い。まさに畜生に劣る行為だ!」


 蒼牙も同様に言いました。


「……やはりこうなっていましたか」


 翠羽はある程度予想はしていたので、二人ほど衝撃を受けていませんでした。しかしやり場のない虚しさを覚えていたのです。


「…………」


 吉備太郎は何も言いませんでした。悔しそうに唇を血が滲むほど噛み締めていました。そんな吉備太郎の手を傍らに居た竹姫はそっと握ります。


 美しかった都は灰塵と言っていいほど破壊されていました。人々が暮らしていた家々は壊され、人々の安寧を祈る寺院は汚され、御上や貴族が住んでいた邸宅は見る影もありません。


 都に居た武者も東国出身の武者も、廃された都の様子を見て、当初は呆然としました。

 しかし次の瞬間には憤りを感じました。


「鬼共め! なんということを!」

「ふざけるな! 我らが都を! よくも!」


 次々と起こる鬼への怒号と罵声。

 吉備太郎は喚く武者たちへ向けて、大きく手を挙げました。

 ゆっくりと静まり返る武者たち。


「鬼を憎いと思うか? みんな」


 武者たちは声をあげて肯定します。


「鬼を滅ぼしたいと思うか? みんな」


 その問いにも声をあげて応じる武者たち。


「私は、伊予之二名島を滅ぼされたとき、同じ光景を見た。そして今、それを思い出している。とても悔しくて悲しい気持ちが甦ってくる」


 吉備太郎の言葉を静かに聞く一同。


「それ以上に甦るのは、怒りだった。憎しみだった。人間として当然の感情だ」


 吉備太郎は仲間と武者に向けて言いました。


「こんなことを許せるのか!? こんな悲しいことを繰り返していいのか!? 私は嫌だ! 必ずこの因縁を無くしてやる!」


 吉備太郎の目に涙が浮かんだのに気づいたのは僅かな者だけでした。


「都を復興させる! 御上のため、あなたたち武者のため、日の本の民のために!」


 その言葉に皆は呼応しました。大声をあげて、怒りと憎しみを込めて、高らかに叫びます。


「鬼を滅ぼし、都を甦らせる!」


 今まで鬼に怯えを抱いていた武者もこれで覚悟が決まりました。

 鬼との決戦を前に、武者たちの気持ちは一つになったのです。

 武者たちの声はしばらく都中に響き渡りました。





「吉備の旦那。鬼はどうやら近江国の伊吹山に居るようだぜ。そこを本拠にしているらしい」


 都の中心に陣を張って、これからの方針を話す、いわゆる軍儀を行なう吉備太郎たち。

 仲間たちだけではなく、かつて名田川の戦いで大将を務めた安田晴盛や東国の四家、東川、西山、南原、北野も在席していました。

 そこに斥候に出ていた朱猴が報告してきました。


「伊吹山? 厄介ですね。山地だと大軍が進軍できないです」


 翠羽は焦りを感じました。


「伊吹山? 鬼ヶ島は備中・備後にあるはずじゃないのか?」


 蒼牙の疑問に朱猴は「阿呆か。別働隊に決まっているだろうが」とたしなめます。


「こちらの進軍を知って、有利な場所で待ち受けている。誰の入れ知恵か知らねえけど、なかなかやるじゃあねえか」


 吉備太郎と竹姫は同時に吉平の顔が浮かびました。


「鬼の人数は?」


 竹姫が訊ねると朱猴は「およそ二百だな」と即座に答えました。


「二百ということはおよそ二万人を相手にすることになります。決して分が悪いことはありません」


 翠羽はわざと明るく言いました。


「そうだ。恐れることはないだろう」


 東川の声に東国の部将たちを中心として頷きました。


「しかし相手は鬼だぞ? たった二百と言っても我らの軍勢は勝てるのか?」


 安田が吉備太郎に訊ねました。先の戦いで鬼の強さが分かっている彼らしい疑問でした。


「臆しましたか? 安田殿。我らの士気は高まっている。それならば勝てぬ道理はないでしょう」


 老練な北野が挑発するように言いました。いくら鬼を倒すことで団結した武者たちでしたが、このように東国と都の武者たちには対立がありました。


 都の武者は東国武者を田舎者と断じ。

 東国武者は都の武者を脆弱と思っていました。


「そうではない。いかにして武者の損失を避けるかが問題なのだ。二千の鬼の軍勢、別働隊が二百として、残り千八百をも打ち破らないといけないのだ。だからこそ慎重になるべきなのだ」

「慎重? 妾には臆病と見えるが」


 南原の言葉に流石に怒る安田。思わず立ち上がりかける安田を制するように竹姫は言いました。


「はいはい。人間同士争うのは良くないわよ。それに総大将の意見を聞かずに物事を決めるのも良くないわ」


 竹姫は吉備太郎に「この状況を見て、どう出る? 吉備太郎?」と訊ねました。


「策を使う。山中に篭もられてしまったら、こっちが不利だということは私でも分かる」


 吉備太郎は翠羽に「もし別働隊を無視して鬼ヶ島へ向かったら、どうなる?」と話を振りました。


「おそらく背後から攻撃されるでしょう。下手を打てば鬼ヶ島の本体と挟撃にあうかもしれません」


 すると吉備太郎は「なら鬼ヶ島へと進軍しよう」と言いました。


「はあ? 鬼ヶ島へ向かったら別働隊が背後から挟撃されるって、そこの軍師が言ったじゃないか!」


 西山の言葉に「うん。当然挟撃してくる」と同意した上でさらに吉備太郎は言います。


「そうしたら山中から出てくるじゃないか」


 その言葉に全員は唖然としてしまいます。


「まさか、この大軍勢を囮にして、罠にかけるつもりですか!?」


 安田の言葉に頷く吉備太郎。


「挟撃しに別働隊が出てくるのは分かりきったことだ。鬼だって鬼ヶ島へ向かわれたら困るしな。そこを待ち構えて討つ。攻められるのではなく攻めるしか道はないんだ」


「……もしも鬼共が出てこなかったら?」


 南原が訊ねると吉備太郎は「そのときは無視して鬼ヶ島へ攻め込めばいい」と言いました。


「元々二千の鬼と戦う予定だったんだ。それが千八百に減ったと思えば簡単さ」


 蒼牙はぽかんとしていました。吉備太郎がそのように作戦を考えられる武者ではないと知っていたからでした。


 それには理由があり、吉備太郎は征鬼大将軍に就任してから翠羽と竹姫に連日、軍略を教わっていたからです。

 吉備太郎に足らないのは知恵と知識でした。それを補うために彼女たちは教育したのでした。

 もちろん、傍に居て支えてあげればその必要は無かったでしょう。しかしこれは戦いなのです。人は油断するとあっさりと死んでしまうのです。それは月の民である竹姫や軍略遣いである翠羽も例外ではありません。


「朱猴。私たちが進軍する際、別働隊の動きを逐一伝えてくれるかい? それまで休んでいい」

「はあ? 俺様は元気だぜ?」

「明日になっても同じことが言える?」

「……了解」


 朱猴はなんとなく吉備太郎の成長を知っていましたが、黙っていました。


 吉備太郎は次に翠羽に向かって言います。


「翠羽。別働隊を向かい討つのに私たちの有利な場所を数箇所見つけておいてくれ。周辺の地図は右大臣さまから預かっているから」

「委細承知」

「蒼牙。少し頼みたいことがある。命がけだけど、やってくれるかい?」

「もちろん大丈夫です」


 そして吉備太郎は今まで子どもだと侮っていた彼の指示が的確なことに驚いている部将の面々に向かって言いました。


「私たちは第一に伊吹山の別働隊を叩く。十中八九出てくると思う。それを叩いたらいよいよ鬼ヶ島だ」


 そして最後にこのようにまとめました。


「日の本から鬼を絶滅させる。そのためにみんなの力が必要だ。都や東国は関係ない。一致団結して戦おう」


 部将たちは頷きました。




 そして朝を迎えて、吉備太郎たちは作戦を開始します。


「行こう。鬼ヶ島へ。必ず鬼の総大将を討ってやる」


 武者たちは吉備太郎の声に呼応します。

 五万の精鋭が鬼ヶ島へ向かいます。

 それを無視できない鬼の別働隊は後方を狙いに行きます。

 それが罠だと知らずに。


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