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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十二章 進軍

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進軍開始

「できたぞ。お主の刀だ」


 御上に征鬼大将軍に任命されて一ヵ月後。

 吉備太郎の元に三池典太が訪れました。

 差し出された刀は今までの刀と同じ黒漆太刀拵ですが、刀身を見てみると乱刃でした。


「なんというか、手に馴染むような気がします」

「気がするではなく、ちゃんと馴染むのだ。そういう風に創られている」


 吉備太郎は抜き身のまま、振ってみました。びゅんと音が鳴り、今までの刀よりも扱いやすいようでした。


「この刀の銘は『神薙かんなぎ』という。神をも薙ぎ倒せる刀だ。お前の力があれば可能だろう」

「……そんなことは」

「できぬわけがない。桃太郎の血を引くお主なら、必ず倒せるだろう。鬼の総大将も」


 吉備太郎は頷きました。


「頼光の刀はどうする? 持っていくか?」

「いえ、三池典太さんに預かってもらってもいいですか?」


 その申し出に三池典太は目をぱちくりさせました。


「頼光の刀をか? どうしてだ?」

「私は死んでしまうかもしれません。鬼との戦いで命を落としてしまうかもしれません。そうならないように努力するつもりですが」


 吉備太郎は三池典太を見つめました。決意と覚悟を込めた眼でした。


「もし私が死んだ場合、三池典太さんが信頼できる人に父上の刀を託してほしいのです」

「……なるほどな。だがお主に倒せなかったら、誰一人として鬼を滅ぼせないと思うが」


 そう言いながらも三池典太は「分かった。引き受けよう」と応じました。


「お前の覚悟は受け取った。約束は守ろう」

「ありがとうございます」

「礼など要らぬ。それよりも生きて帰ってくるのだぞ」


 三池典太は吉備太郎のことを案じながら去っていきました。

 吉備太郎の準備はこれで整いました。

 後は進軍するだけです。




「吉備太郎さん、失礼します」


 次に吉備太郎の元へ訪れたのは翠羽でした。


「ああ、翠羽。軍の訓練はどうだい?」

「いつでも進軍できますよ」


 翠羽の言葉に吉備太郎は頷きました。


「それでは、明日進軍を開始しよう」

「そうですね。そう皆に伝えておきます。しかし精鋭を選りすぐった結果、五万人しか戦えないとは……」

「それで十分じゃないのか?」

「鬼の本拠地には二千匹の鬼が居るんですよ。一匹百人力として合計二十万の軍勢です。それを四分の一で打ち破らないといけないんです」


 吉備太郎は「細かい計算は任せるよ」と言いました。翠羽を信頼していると言えば聞こえが良いのですが、難しいことを考えられないことの表れかもしれませんでした。


「それより、翠羽の考えた戦法は使えそうか?」

「名田川の戦いのように地形を利用できればなんとか勝てますね」


 翠羽の言葉に吉備太郎は「それで十分だよ」と言いました。


「元々、五万人が限度なんだ。それ以上連れていくとなると食糧が足らなくなる」

「吉備太郎さんは兵站に詳しいのですね」

「先代の征鬼大将軍、坂井定森さまの真似だよ。あの人は運搬部隊を別に組織していた」

「なるほど。だからこそ、吉備太郎さんは五万人の他に千人の部隊を創ったんですね」

「ああ。初めは皆に反対されたけどね」


 そこで翠羽に吉備太郎はにこりと笑いかけました。


「翠羽のおかげだな。賛成してくれたから、皆も賛同してくれた」

「説得したのは竹姫さんですよ。それに兵站の重要性は重々承知です」


 そこで吉備太郎は「鬼共の兵站はどうなっているんだろうな」と言いました。


「あまり言いたくないのですが、おそらく人間を食べているのでしょう」

「……やっぱりな」


 吉備太郎は拳を握りました。


「絶対に許せないな。早く滅ぼさないと」


 すると翠羽は吉備太郎に訊ねました。


「吉備太郎さんは鬼退治を終えたら、御上に仕えるのですか」

「そのつもりだ。まあ伊予之二名島の再興が優先されるけど」


 それを聞いた翠羽はほんの少し躊躇いましたが、自分の思っていたことを打ち明けることをしました。


「僕は――吉備太郎さんが怖いんです」

「…………」


 吉備太郎はいきなりの告白に何も言えませんでした。


「鬼を滅ぼす一心で生きてきたことが怖い。普通の人間だったら諦めるはずです。なのにあなたは諦めることなく、そして実現させようとしている。血筋や能力なんかじゃない。その信念こそ、僕はおそろしいと思う」


 吉備太郎は「褒められているのか貶されているのか分からないな」と笑いました。


「まあ傍から見れば異常かもな」

「内から見てもです。気を悪くしたらごめんなさい。でも僕は吉備太郎さんが怖くて仕方がないんですよ」

「じゃあなんで仲間になったんだ? 竹姫への義理かな?」

「なんだ。分かってたんですか」

「それほど鈍くはないよ」

「逆に訊ねますけど、どうして僕を仲間にしてくださったんですか?」


 吉備太郎は正直に言いました。


「覚悟を決めていたからかな」

「はあ? 覚悟ですか?」


 その答えに翠羽は困惑しました。


「ああ。鬼退治を成し遂げるためには覚悟が必要なんだ。蒼牙にしろ朱猴にしろ、そして翠羽、君だってそうだ。だから仲間にしたんだ。それ以外の理由はない」


 翠羽はもしも『妹が殺されて可哀想だったから』と言われたら、鬼退治を終えた後、吉備太郎の元を離れるつもりでした。

 しかし吉備太郎は異なった答えを示しました。翠羽の過去ではなく、現在を見ていたのです。

 翠羽はここで思ったのです。だから竹姫さんも蒼牙さんも朱猴さんも吉備太郎さんについて来たのだと。ただ危ういからついてきたわけじゃないのだと。


「……僕は吉備太郎さんを誤解していたようですね」

「翠羽?」

「吉備太郎さん、僕はあなたについて行く。あなたを補佐し続けます」


 改まって言われた吉備太郎は嬉しそうに「ありがとう。翠羽」とお礼を言いました。


「それでは明日の進軍の準備をします」

「頼んだよ。私の軍師」

「委細承知。僕の主君」




 そして明日になりました。

 鎌倉に集まった五万人の武者たち。

 皆、吉備太郎の進軍命令を待っています。

 用意された壇上に吉備太郎は上がります。

 五万人の武者に訓示を与えるためでした。


「皆、これから鬼を退治に向かう。日の本に平和を取り戻すために、私たちは戦いに行く」


 武者たちは黙って吉備太郎の話を聞いていました。


「鬼は強大でおそろしい。だけど勝てない相手じゃない。訓練どおりの戦いをすれば必ず勝てる。でも――」


 ここで言葉を切って、吉備太郎は一気に言いました。


「命を落とす者は必ず出てくるだろう」


 ざわめく武者たち。


「しかし、それでも犬死ではない。誇って死ねるからだ」


 再び静まり返る武者たち。


「彼岸へ行ったとしても、鬼に殺されてしまった者たちの無念を晴らすことができる。一人の犠牲は無駄なんかじゃない。そして私が無駄にさせない」


 吉備太郎はここで声を張り上げました。


「何故なら私が必ず、鬼の総大将を倒すからだ! 鬼を滅ぼすからだ!」


 全ての武者に告げました。


「鬼を倒すために私は命を懸ける。命を賭して鬼を倒す。そのためにどうか、あなたたちも命を懸けてくれ!」


 最後に吉備太郎は言いました。


「今日こそ、人間の誇りを懸けて、鬼共を滅ぼそう! 先祖に誇れる戦いを、子孫に恥じない戦いをしよう! 目指すは鬼の本拠地、そして鬼の総大将の首一つ!」


 吉備太郎は刀を引き抜いて叫びました。


「行くぞ、皆! 今こそ誇りを取り戻す!」


 武者たちは吉備太郎の言葉に合わせて高らかに吼えました。


「うおおおおおおおおおおお!」


 その鳴り止まない声を発する武者たちを見ながら吉備太郎は思いました。

 これから自分は鬼共を倒すために何人も死なすことになるんだと。

 それは奇しくも先代の征鬼大将軍、坂井定森が酒呑童子との戦いで演説したときと同じ想いだったのです。


 こうして進軍を開始しました。

 まず第一目標は都の奪還でした。

 それは誇りを取り戻す戦いでもありました。


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