『父』の真実
「そもそも、鬼は見た目こそ化物だが、優れた刀鍛冶の集団でもあった。今ではその技術は失われてしまったのだがな」
三池典太の言葉に朱猴は「失われた? もしかして奪ったってことじゃないのか?」と鋭く訊ねました。
「どういうことだ? エテ公」
判然としない蒼牙が朱猴に訊ねます。
「分からねえのか? 技術ってのは簡単に失わない。剣術にしろ槍術にしろ、遁術にしてもな。まあ教える者と受け継ぐ者が両方死んだら逆説的に失うけどよ」
その言葉に翠羽は「なるほど。だからこそ、桃太郎が刀鍛冶の祖先なんですね」と理解したようです。
「つまり、鬼を皆殺しにして、技術を奪ったんですね」
その言葉に吉備太郎も蒼牙も黒井も高木も三池典太を見てしまいます。竹姫は二人の言葉を聞いて分かったので、敢えて見ませんでした。
「お主たち、なかなか賢いな」
三池典太は感心したように言いました。
「しかし、鬼の技術をどうやって奪ったのか、それは謎ですね」
翠羽は顎に手を置いて考え出しました。
「……これはあまり言いたくないし、想像もしなくないんだけど」
竹姫が口を開きました。
「鬼と人は、協力関係にあったの?」
とんでもない言葉に吉備太郎は「馬鹿な! そんなことはありえない!」と立ち上がり言いました。
「鬼は人を喰うのだ! 協力できるわけがない!」
「二人とも、正しいことを言っているよ」
右大臣が口を挟みました。ここだけは自分で言うしかないと思ったようです。
「当時、鬼と人は協力関係にあったんだ。製鉄技術が未熟だった私たちと鬼は取引したんだ。武器を量産してもらう見返りに、生贄を差し出すことだった」
吉備太郎が声を発する前に、蒼牙は「そんなふざけたことがあるか!」と怒鳴り散らしました。
「生贄だと! 武器よりも人の命のほうが尊いに決まっているだろう!」
「蒼牙。右大臣を責めても仕方ないでしょう。落ち着きなさい」
蒼牙は「しかし――」と言いかけて、口を噤みました。
「そうだ。そこの小僧が言ったように反発する者が現れた。それが桃太郎だ」
三池典太は説明を再開しました。
「記録によると、桃太郎は御上の妻に育てられたが、世話係がもう一人居た。乳母だ。その乳母が生贄に選ばれたから、桃太郎は鬼退治を行なうことを決意したのだ」
それが始まりだったのです。桃太郎から生まれて、吉備太郎までに続いた因縁の始まりだったのです。
「たった一人の育ての親のために、協力関係にあった鬼を裏切って殺すなんて、桃太郎ってのはどういう性格をしているんだ?」
「きっと吉備太郎を苛烈にしたような性格よ。大事な人を守りたい気持ちは同じだから」
朱猴の疑問に竹姫は冷静に答えます。吉備太郎は黙って受け止めました。
「そして三人の仲間と共に、技術を奪った後、鬼を皆殺しにした。そこは皆が知っているだろう」
三池典太の語りに今度は誰も口を挟みませんでした。
「桃太郎は優れた武者であると同時に優れた刀鍛冶だった。そして教育者でもあった。鬼の秘伝書を完璧に会得して、それをわしたち刀鍛冶に伝えた。その弟子の一人に『三池典太』が居た」
「はあ!? 三池典太って、あなたじゃないですか! 今まで生きていたんですか!」
蒼牙の驚きに竹姫は冷静に言いました。
「そんなわけないじゃない。名を継いだってことでしょ」
「あ、そうですか……」
「そのとおり。当代の三池典太はわしだ。だから桃太郎は刀鍛冶の祖といえる」
すると翠羽は「では何故、鬼は今も生き残っているのですか?」と訊ねました。
「皆殺しにしたはずですよね?」
「それは簡単な話だ。多分、鬼に生き残りが居たのだ」
竹姫は「つまり、皆殺しにした鬼の生き残りが現在暴れ回っているのね」とまとめました。
「ああ。何匹生き残ったのか知らないが、生き残ってしまったのは事実だ」
「……私のご先祖の不手際だったのか」
吉備太郎は愕然としています。
「不手際かどうかは分からん。慈悲をかけたのかもしれない」
「その慈悲をかけた結果が! 伊予之二名島が全滅する結果になったんだ!」
吉備太郎は怒りのあまり怒鳴ってしまいます。竹姫は「落ち着きなさい」とぴしゃりと言います。
「桃太郎の失敗はどうでもいいでしょう。問題は、吉備太郎の父親でしょう」
「……だけど」
「だけども何もないの。三池典太。続きを話を続けて」
三池典太は頷きました。
「鬼退治と技術の継承の後、桃太郎はどこかへ行ってしまった。御上の元を離れて、旅立ってしまったのだ。恋人を残してな。腹に子どもが居るとは気づかずに」
そして三池典太は吉備太郎を指差した。
「その腹の子どもこそ、お前のご先祖だ。そして御上との縁は続いて、五十狭芹彦は御上の息子として生まれたのだ」
予想していたことですが、やはり吉備太郎の受ける衝撃は壮絶なものでした。
身体中が震えてしまうのを抑えられませんでした。しかし竹姫がそっと手を添えてくれたので、なんとか落ち着きました。
「それから時代と世代が移り変わり、お前の父親、五十狭芹彦とその友、源頼光の当世となった」
いよいよ、話は核心に入りました。
「あいつらは才能があった。化物殺しと魔の者に戦う術を生まれながら備えていた。五十狭芹彦はともかく、源頼光は天才だった」
「父上たちは、鬼退治を行なっていたんですか?」
吉備太郎が訊ねると三池典太は「いや、鬼が現れたのは最近のことだ」と否定しました。
「化物と魔の者、総じて『順わぬ民』と呼ぶ。その討伐にお主の父は活躍したのだ」
三池典太が言う『父』が五十狭芹彦か源頼光のどちらかは分かりませんでした。
「数々の順わぬ民を討伐していくうちに二人の絆も深まった。その者のためなら首を刎ねられても後悔がないくらいだった。いわゆる刎頚の交わりと言えた」
そこで三池典太は顔を曇らせました。ここから話すことは自身にとっても悲しいことだと言わんばかりでした。
「しかし、ある順わぬ民を討伐していた最中、あの出来事が起きた」
皆は黙って三池典太の言葉を待ちました。
「その順わぬ民の名は土蜘蛛。手が六本ある異形の部族だ。彼らは御上に弓を引いた。それだけではなく、とある貴族の娘も攫った。御上の命令を受けて、二人はいつもの通り、討伐に向かった」
吉備太郎は嫌な予感がしました。聞いてしまえば何もかも台無しになってしまう心地がしました。
「頭領も部下も皆殺しにした二人は攫われた貴族の娘を探した。しかし手遅れだった」
「手遅れ? 殺されたのか?」
朱猴が訊ねると三池典太は首を振った。
「その娘は、土蜘蛛の頭領に犯されていた。そして子どもを宿していた」
竹姫と翠羽は口元を抑えました。
「娘からそれを聞き出すと、頼光は娘を殺そうとした」
「な!? 娘に罪は――」
蒼牙が言おうとして、言葉を続けられませんでした。そのくらい残酷なことでした。
「いや、土蜘蛛の子どもはいずれ御上に復讐するかもしれない。そんな危険性を冒すのはとてつもないことだった」
吉備太郎は頼光の気持ちが分かりました。自分も鬼の子を宿した娘を殺そうとしたからです。
「しかし、五十狭芹彦がそれを止めた」
三池典太はまるで見てきたように言いました。
「そんな残酷なことはしてはならないと頼光を説得したのだ。人の道に外れていると涙ながらに訴えた。頼光はそれを受け入れた――フリをした」
竹姫はその後の展開をいち早く予想しました。今すぐ三池典太を黙らせたいと思いました。
でも吉備太郎は知らねばならないと思い直しました。
吉備太郎の心の強さを信じて、そして吉備太郎を受け入れました。
「頼光は、五十狭芹彦を背後から斬り殺した。貴族の娘もその後すぐ殺した」
三人の仲間も黒井も高木何も言えませんでした。
右大臣は静かに目を閉じました。
「五十狭芹彦には妻が居た。しかし、お主を産んだ後、産後の肥立ちが悪くて死んだ。まるで後を追うように亡くなった」
三池典太は吉備太郎に向かって言いました。
「吉備太郎、お主の生みの親を殺したのは頼光だ。それは間違いない事実だ」




