暴かれる真実
広間に居る『真実』を知っていた右大臣と老人以外の人間は衝撃を受けて、何も考えられなくなりました。
誰も何も口を開けませんでした。雄弁な竹姫でさえ、右大臣の言葉を理解するのに時間がかかりました。
「う、嘘ですよね……?」
ようやく言葉を紡げたのは吉備太郎でした。
吉備太郎は顔を真っ青にして、信じがたい思いで一杯でした。あの優しかった父親の雷光――いえ源頼光が自分の本当の両親を殺したなど到底信じられるものではありませんでした。
「わ、私の、両親が……」
ガタガタと震えてしまう吉備太郎。まるで足元が崩れ落ちた感覚を覚えながら、吉備太郎は言葉を紡ぎます。
「どうして、私の両親が殺されたのですか? そして何故、父上が私を育てたのですか?」
右大臣は目を閉じました。真実を明かすことのツラさを噛み締めてしました。
「答えてください! どうして――」
「お主の両親が御上に逆らったからだ」
答えたのは右大臣ではなく、老人でした。
「あなたは……?」
「ああ、申し遅れた。わしは三池典太という。刀鍛冶だ」
老人――三池典太はぶっきらぼうに名乗ると右大臣に言いました。
「ここからはわしが話す。いいな?」
「……頼む。私はどうしても話すことはできないよ」
右大臣は顔を俯いてしまいました。
「あの、失礼ですが、本当に三池典太殿ですか? 伝説の刀鍛冶の?」
蒼牙が恐る恐る訊ねると三池典太は面倒くさそうに「そうだ」と短く答えました。
それを聞いた蒼牙は驚きのあまり「ま、真か……」と呟きました。蒼牙だけではなく黒井も高木も驚きと尊敬の目を向けました。
「……おい、犬っころ。そんなに凄い人なのか? このじいさんは」
朱猴が訊ねると蒼牙は「無礼だぞエテ公!」と怒鳴りました。
「このお方は歴史に残る伝説の刀鍛冶であり、神代の技術を受け継いだ最高の職人なんだ! まさかこのような場で会えるとは――」
「小僧。話が逸れておるぞ」
三池典太はぎろりと蒼牙を睨みました。
「わしのことなどどうでもいい。話を続けるぞ」
三池典太はじっと吉備太郎を見つめました。
「そもそも、お主は頼光のことをどれだけ知っておったのだ?」
問われた吉備太郎は力なく答えます。
「都で活躍した武者で、そのとき御上から刀を頂いたとしか、知りませんでした」
「他にはないのか?」
吉備太郎は五年前の鬼に襲われる直前の会話を思い出しました。
「そういえば、私は毎日、刀の稽古をしていました。ある日、疑問に思って父上に訊ねました。どうして私は毎日稽古をしているのだと。すると父上は何かを言おうとしました」
「何かとはなんだ?」
「分かりません。ちょうどそのとき鬼に村を襲われてしまいました」
吉備太郎は縋るように三池典太に訊ねます。
「教えてください。あのとき、父上は私に何を言おうとしていたのですか? 私は――何者なのですか?」
三池典太は厳しい顔つきになりました。子どもに言える話ではないですし、何より残酷な真実を告げなければいけないからです。
しかし右大臣と違って覚悟がありました。冷静というより冷酷と評すべき性質を備えている三池典太は吉備太郎に言いました。
「お主の本当の父親は五十狭芹彦。御上の息子だ。つまりお前は御上の孫だ」
その真実を聞いた吉備太郎たちは今度こそ何も言えなくなりました。
「つまり、お主はこの国の頂点に立てる血筋なんだ。だからこそ伊予之二名島に追いやられたのだ」
「……ちゃんと経緯を話しなさいよ」
今まで黙っていた竹姫が言葉を発しました。
三池典太は竹姫を睨むと「どこから話せば良いのか分からぬ」と突っぱねました。
「元々の発端を話すとかなり遡らないといかん。それは御上、ひいては日の本の真実を暴かなければならぬのだ」
「いや、それは構わない」
右大臣が横から口を挟みました。
「ここに居る黒井や高木は口が堅いし、吉備太郎くんの仲間だって吹聴したりしないだろう。みんな秘密を守ってくれるね」
黒井と高木は自分たちが場違いだと思いながらも頷きました。ここに居るのは右大臣を守るためだと分かってはいましたが。
「拙者は秘密を守ります」
蒼牙は吉備太郎を慮りながら言いました。
「俺様はどうだろうな」
朱猴は胡坐をかいていました。いつでも動ける体勢でした。もしも何かあったときすぐさま動けるように。
「もしも吉備の旦那に不利益になるなら秘密を暴露するぜ」
「貴様! 無礼だぞ!」
高木の叱責にどこ吹く風の朱猴。
「はっきり言ってうさんくさいぜ。吉備の旦那の出生だって証拠もないしな」
「では納得できるように言えば、お主は言わないということになるな」
三池典太に指摘されると朱猴は「……まあ確かにそうだな」と頷きました。
「安心しろ。お主にも理解できるだろう」
「それなら僕も納得します」
翠羽は手を挙げました。
「吉備太郎さんが納得したら、僕は何も言いませんよ」
仲間たちが次々と守ることを認めたのを見て竹姫は溜息を吐きました。
「まったく、吉備太郎の答えを聞かないで勝手に言うのはどうかと思うわよ」
そして吉備太郎に向かい合いました。
「吉備太郎。あなたは本当に真実を知りたいの?」
吉備太郎はハッとして竹姫を見ました。
「知りたくないなら、それでいいのよ」
吉備太郎は自分の想いがはっきりと分かりませんでした。
「怖いんだ……」
それがきっかけでした。
「怖いんだ。真実を知るのは。まさか父上が本当の親じゃなくて、もしかしたら母上も親じゃないなんて、聞くだけでおそろしい。今まで信じてきた何かが崩れていくのが――怖いんだ」
自分の想いを吐露する吉備太郎。
「なあ竹姫。私は普通の村人だと思っていた。それが月の民の子孫だったり、御上の孫だったり、五十狭芹彦という人物の子どもだったりして、自分が何者なのか分からなくなった。どうしたらいいんだ?」
竹姫は目を閉じました。
自分の信じた人、最愛の人が苦しんでいる現状をどうにかしてあげたいと思っていました。しかし自分に何ができるのか分かりませんでした。
「吉備太郎は誰のために鬼退治していたの?」
目を開けて竹姫は吉備太郎に問いました。
「それは……村のみんなのため、父上と母上のためだ」
「それは変わらない?」
「も、もちろん変わらない」
「だったらいいじゃない。どんな真実でも」
竹姫はにっこりと笑いました。吉備太郎を安心させるためでした。
「優しかったのは事実でしょう。お父さんもお母さんも。どんな真実でも過去は変えられない。最期にお父さんとお母さんが言ったこと、覚えている?」
吉備太郎は思い出しました。
「確か、父上は言った。『お前は俺の自慢の息子だ。それだけは忘れないでくれ!』と。そして母上は言った。『私と父は、あなたを愛しています』と」
竹姫は諭すように吉備太郎に言いました。
「あなたは愛されていた。それは事実よ。人間死ぬときには嘘は言わないものよ。安心して、あなたは間違っていない」
竹姫ははにかむように言いました。
「もしも復讐ができないと思ったら、今度はあたしのために鬼と戦ってよ」
吉備太郎は不思議そうな顔をして訊ねました。
「い、意味が分からないのだが」
「あはは。簡単よ。そのほうが武者らしいし、英雄らしいのよ。それに――」
そして悪戯っぽく竹姫は吉備太郎に言いました。
「お姫さまのために戦うほうがかっこいいんだから」
こうして吉備太郎は真実を知ることを決意しました。たった十五の子どもが重い決断をしたことは敬意に評するべきかもしれません。
「教えてください。三池典太さま」
吉備太郎は三池典太に向かい合います。
「どんなことでも受け止めます。お願いします」
すると三池典太は言いました。
「分かった。お主の覚悟は受け取った」
そして語ります。全ての真相を。
「話はかの有名な桃太郎が鬼退治をした後にまで遡る。彼はわしたち刀鍛冶の祖先でもあるのだ――」




