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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
十章 修行

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朱猴の修行

「あー駄目だ。俺様じゃあできっこねえ」


 与えられた目標の高さに嫌気が差したのは、修行を始めて五日後のことでした。

 朱猴は大の字になって周りの仲間の様子を見ました。

 蒼牙は巨大な像と格闘しています。

 翠羽はコツを掴みかけている途中でした。


「吉備の旦那はどこに行ったか分からねえけど、不調ってわけではなさそうだな。まったく情けねえなあ。俺様だけ一歩も進んでねえ。涙が出てくるぜ」


 そう言いながらも目の前の木像に火遁を仕掛けるわけでもなく、ただ寝ている朱猴。


「しかし、どうしたものかね」


 火遁を何度も何度も放ったものの、焦げ目をつけることすらままならないこの現状を朱猴は悩んでいました。


「俺様は火遁が得意だったんだがなあ。そういえば火繰のお嬢ちゃんは火炎遁って火遁を発展させた遁術を使っていたな。もしもあれができれば、この憎たらしい木像も焼き尽くせるのに」


 とりあえず悩んでも仕方ないと感じた朱猴は立ち上がり、木像を眺めました。

 筋肉隆々の巨躯。それが小柄な朱猴を見下ろします。


「なに見下してんだこの野郎。しかし、鬼と直接戦ったことはないが、どのくらい強いのかね? 吉備の旦那はあっさりと倒していた感じがするけどよ」


 そうなのです。朱猴は一度も鬼と戦っていませんでした。名田川の戦いは合図を出すことを専念していました。

 翠羽は軍略遣いですから、直接戦うことはありません。そういった意味では朱猴が一番経験が足らないのでした。

 考えてみれば、朱猴は格上の相手と戦ったことはあまりありません。姉である猿魔や先代以外、自分よりも強い人間と戦ったことはないのです。


 まあ先の魯蓮との戦いは土俵に上がらせてもらえなかった面もありますし、戦ったとは言えないでしょう。

 白鶴仙人の狙いはそこでした。格上の相手との戦い、つまりは無理難題を乗り越えることこそ、朱猴が強くなる唯一の方法であると確信しているのです。


 しかしその意図を汲み取れない朱猴は次第にやる気を失い始めていました。

 はっきり言って朱猴は天才的な才能を持つ忍者でした。やれと言われたことはこなす、優秀な忍者なのです。しかし天才がゆえに自分の能力以上のことはできないと決めつけてしまうところがありました。


 そこが吉備太郎や蒼牙との違いでした。努力を嫌がり労力を厭う。そして徒労となることを恐れてしまう。それが朱猴という忍者でした。


「ふむ。課題はどうやらできなさそうじゃな。朱猴よ」


 いつの間にか現れた白鶴仙人。朱猴は「ちょっとで良いからよ。指南してくれねえかな?」と甘えたことを言います。


「楽に克服したいなんてことは言わねえよ。でもよ、少しぐらい教えてくれたっていいじゃねえか」

「甘えるな。自分で乗り越えてこそ、弱点は克服されるのだ」

「きっかけぐらい教えてくれたって罰は当たらないぜ? 仙人さまなら俺様がどういう人間か分かりきっているだろう?」

「ふむ。怠け者の天才と言うべきかな」

「正解。分かっているなら指南を――」


 白鶴仙人は溜息を吐きました。


「そんな考え方だから、お前は弱いのだ」


 朱猴はそれまで余裕を持って話していましたが、その言葉にそんな張り子のような余裕は破れ去ってしまいました。


「弱いだと? はん、俺様はこの四人の中で一番強いぜ」

「吉備太郎に勝てるというのか?」

「ああ。本気出せばあんな速いだけの若武者は討ち取れる。具体的に言ってやろうか?」


 すると白鶴仙人は大笑いをしました。


「動かぬ木像も燃やし尽くせないお前に吉備太郎を殺せるのか?」


 朱猴はその言葉に反論します。


「木像と人間は違うだろう。それに――」


 言葉を続けようとした朱猴でしたが、はたと何かに気づきました。


「仙人さまよー。一回で燃やし尽くせればどんなことをしても良いんだよな」

「ああ。どんなことをしても良い」


 朱猴はにやりと笑いました。


「だったら策はあるぜ」


 朱猴は言うや否や、木像に近づき、懐から何か見慣れないものまで取り出しました。

 鎖の両端に分胴と鎌を取り付けた武器――鎖鎌でした。


「まずは表面を――傷つける!」


 朱猴は鎌を右手に持ち、分胴を左手で回し、それをぶつけて木像を砕いていきます。


「金遁、分胴嵐」


 ある程度表面を砕いた後に、今度は懐から小瓶を取り出しました。そしてそれを振りかけます。


「水遁、着火水」


 薬品が染みこんだ木造から距離を取って、自分が出来うる限りの火遁を放ちます。


「火遁、暴火球!」


 放たれた火遁は木像の内部まで染みこんだ薬品に引火して――

 一気に破裂しました。

 爆発音を轟かせて、木像は爆発し、跡形もなく消し飛びました。


「これでどうだ? 仙人さまよ」


 得意そうに朱猴は白鶴仙人の顔を見ます。


「課題に合格したぜ」


 白鶴仙人は「見事じゃ」と褒め称えました。


「お前にはその頭脳がある。足りぬ力を補い、加算ではなく乗算で威力を発揮させる知恵があるのじゃ。能力や技ではなく、発想力を高めるのが、お前の役割になるじゃろ」


 そう言われて、朱猴は笑いました。


「まあな。翠羽には敵わないが、戦闘においては俺様の力のほうが上だろうな」

「次の課題じゃが、お前には手柄山を下りてもらう」


 朱猴は怪訝な表情を見せました。


「はあ? 下りてどうするんだよ?」

「お前の故郷に戻ってもらう。そこで期限までに山猿衆だけではない、沢蟹衆の秘伝を習ってもらう。おっと、今は柿川衆と名乗っているそうだ」


 朱猴は罰の悪い顔になりました。


「秘伝を教えてもらうって、そんな簡単なことじゃねえよ。秘伝というのは秘密に伝えるものなんだぜ?」

「もしも火繰の『火炎遁』が使えたら木像は簡単に焼き尽くせたと思わぬか?」


 そう言われて朱猴は何も言えなくなりました。


「毒憤の水遁があれば鬼を殺せる毒すら調合できるじゃろ。雨水の秘伝があれば、吉備太郎よりも速くなれると思わぬか?」


 朱猴は下をじっと見つめました。


「だけどよ、昔の敵に易々と秘伝を教えるものかね?」

「説得せよ。それが次の課題でもある。なに、口の上手いお前なら案外易々と教えてくれるかも知れぬぞ」


 朱猴は首を振りつつ、思い直して白鶴仙人に言いました。


「よっしゃ! 何とかやってみるか。それじゃあ今から行ってくるぜ」

 朱猴は白鶴仙人に背を向けて駆け出そうとしました。


「その前に、最終課題を伝える」


 朱猴は振り返りました。


「最終課題? なんだそりゃ?」


 白鶴仙人はにっこりと笑いました。


「お前の遁術は先人から伝えてきたものじゃな? お前はそれを習っただけじゃ」

「それがなんなんだよ」

「今度はお前が創る番じゃ」


 白鶴仙人はにやりと笑いました。その笑みは老人でありながらも子どもっぽいところがある不思議なものでした。


「お前には新しい秘伝の遁術を創ってもらう。鬼に対抗できる新たな遁術じゃ」

 朱猴は意味が分からずに「なんだそりゃ?」と訊ねました。


「お前は教わる者だ。受け継ぐ者だ。しかしそろそろ与える者になってもおかしくないじゃろ」


 朱猴は白鶴仙人の意図することを飲み込みました。


「新しい遁術って、結構難しいぞ。分かって言ってるんだろうな?」

「そうじゃ。分かって言っておる」


 朱猴は――笑いました。

 それは皮肉屋の朱猴らしくない爽やかな笑みでした。


「先人への挑戦って感じだな。ちょっと燃えてきたぜ」


 最後に白鶴仙人は言いました。


「遁術は仙術とは違う。人間のまま、人間らしく鬼に戦う『技術』じゃ。人間の可能性を最大限に引き出す力をお前は既に備えておるのじゃ。それを忘れるなよ」


 朱猴は「ああ。覚えておくぜ」と言い残して、手柄山を去っていきました。


 そして期限の当日。

 朱猴は編み出した独自の遁術を持ち帰ることに成功しました。

 その遁術は鬼退治におおいに役立つのです。


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