表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
八章 鎌倉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/106

決別の刻

 吉平の周りには四人の男女が居ました。

 二人は見知った顔でした。蒼龍と虎秋です。しかしその他の二人は、吉備太郎には見覚えありませんでした。

 二人の内、一人は女性でした。妖艶な美女と言うべき感じでひらひらとした赤い服装が特徴的で手には羽毛でできた扇を持っていました。

 そして残りの人物は老人でした。樫の杖を持った今にも倒れそうな小柄で具合の悪そうな、仙人の姿をしたおじいさんでした。


「やれやれ。俺は君に会いたくなかったよ。吉備太郎ちゃん」


 吉平は普段の軽薄な態度ではなく、この再会を心から悲しく思っているようでした。

「どうして、そちら側に居るのです! そして生きているのなら、どうして今まで隠していたのですか!?」


 吉備太郎は叫びます。自分の恩人に対して、声を荒げることなく、縋るように吉平に問いました。


「それはね。吉備太郎ちゃん、俺は鬼の味方になったんだよ。鬼に加担して、人間を滅ぼそうとしているんだ」


 吉平の想いを聞いて、吉備太郎は信じられずに一歩、後ろに下がってしまいます。


「なんで、そんな嘘を――」

「嘘じゃない。真実だよ。俺は御上を裏切った。自分から進んでね」


 そして悲しげに笑う吉平。


「しかし随分見ないうちに、成長したじゃないか。鬼を二体殺して、大将首を討ち取った。素晴らしいな。やはり俺の考えるとおり、吉備太郎ちゃんが一番の障害みたいだね」


 吉平の言葉は吉備太郎の一番弱いところに響きます。まるで呪術のように。


「鬼の連中に言い聞かせておくよ。吉備太郎ちゃんを狙うように。それが人間を滅ぼす最短の道だってね」


 吉備太郎はかつての友人の殺意に耐えきれなくなって、膝から崩れ落ちました。


「そんな、嘘だ……こんな面妖なことがあるのか……」


 ぶつぶつと呟く吉備太郎をそれでも支える者が居ました。それは――


「しっかりしなさいよ! なに呆然としているの!」


 竹姫でした。彼女は吉平を睨みます。


「あなた、どうして鬼に加担したの? 鬼を滅ぼすことが悲願じゃなかったの!」


 吉平はにっこりと笑って「久しぶりだね、竹姫ちゃん」とこの状況で挨拶をしました。


「あれは嘘さ。いや正確に言えば、俺の悲願は鬼を滅ぼした後に叶うんだ」

「はあ? 意味が分からないわよ!」

「だけど、滅ぶのは人間でも良いんだ。俺は一つの統一した種族――鬼が日の本を治めるべきだと思うんだ」


 吉平は語りだします。


「人間も鬼も自分の種族を繁栄させるために戦っている。それは素晴らしいことだ。しかし人間は醜く愚かだ。自分たちが生きるために同じ人間を殺してしまうようなどうしようもない生き物だ」


 竹姫は否定できませんでした。人間の歴史は戦いの歴史でもありました。それを知っているからこそ、竹姫は何も言えませんでした。


「人間は人間を殺す。でも鬼は鬼を殺さない。それが人間と鬼の違いなんだ。だから俺は人間を裏切った。人間を滅ぼす企みに加担した。何か俺は間違っているのか?」


 竹姫が何も言えなくなったと見るや、朱猴が今度は言い返しました。


「好き勝手言ってんじゃねえよ。てめえだって人間じゃねえか」


 吉平は「君は吉備太郎ちゃんの仲間だね」と感情を殺して言いました。


「俺は人間じゃない。半々妖だ。立派な魔族だ。人間なんかじゃない」

「ふん。どう見たって人間じゃねえか。いずれ鬼はてめえを殺すぜ」


 唾を吐きながら朱猴は言葉を続けます。


「いいか。確かに人間は争う生き物だ。でもな、それ以上に平和を愛する生き物でもある。それに鬼が日の本を征服しても、戦いはやめない。きっと鬼同士で争い始める」

「そんなことはない。現に鬼の総大将の元で一つにまとまっている」

「今はそうだろうよ。人間という小賢しい生き物が居るんだから。明確な『敵』が居るんだからな。それに俺様たちは鬼の食糧だ。そりゃあやる気も起きるだろう」


 朱猴はとどめとばかりに言い放ちます。


「鬼の食糧たる人間が滅びたら、鬼も滅びるに決まっているぜ。そして残りの資源を獲りに争うことになる。それでもいいのか?」


 吉平は不快な表情をしました。


「鬼は人間と同じ物も食べられる。そんなことにはならない!」

「だが人間の味を覚えてしまったら、引き戻せるねえよ」


 朱猴は確信していました。


「快楽って奴は厄介なもんだ。それを求めるから争いは起こる。人間も鬼も変わらねえ」


 吉平は「それは絶対にさせない!」と強く反発しました。


「鬼は人間とは違う。人間の醜さなど鬼にはない。俺はそれを信じている!」


 すると吉備太郎は立ち上がり言いました。


「鬼なんかを信じる!? 吉平さん、あなたどうにかなってしまったんですか!?」


 吉備太郎は今までの思いを吉平にぶつけます。


「私の故郷を、伊予之二名島を滅ぼした鬼を信じるっていうのですか! 悪いのは向こうじゃないですか!」


 吉平は吉備太郎に責められて、何も言えなくなってしまいました。


「吉平さん、もしかして誰かに騙されているんですか? だから嫌々協力して――」

「それは違う!」


 吉平は声を大にして反論します。


「無理矢理協力させられたわけじゃない。自分から協力したんだ!」

「……! どうしてそのような嘘を――」

「嘘なんかじゃない! 俺はもう人間に絶望したんだ!」


 吉平は知らず知らず涙を流していました。


「いくら努力しても、成果を出しても、誰も俺のことを見てくれない! 認めてくれない! そんな人生は嫌なんだ! だけど、鬼の総大将は俺を受け入れた! その恩に報いなければならないんだ!」


 その言葉を聞いて、吉備太郎も涙を流しました。吉平の苦悩を分かってあげられなかった自分をふがいなく思ったことが原因でした。


「俺は人間を滅ぼす。俺を阻害した人間を滅ぼすことで、俺はやっと安心できるんだ!」


 吉備太郎はそれに対して応じます。涙を拭い、吉平と決別するように言いました。


「そんなことはさせない! 人間を滅ぼせたりさせない!」


 そしてこの場に居る全員に宣言します。


「人間を滅ぼそうとする悪しき鬼など、逆に私が滅ぼしてやる!」


 この言葉からしばらく吉備太郎と吉平は何も言えなくなりました。

 周りの人間は何も言えませんでした。

 竹姫も蒼牙も朱猴も翠羽もその他の武者も何も言わずに二人を見守りました。


「……そうか。なら俺たちは敵だな」


 吉平の身体が淡く光りました。そして徐々に人の姿から半々妖の姿へと変化していきます。

 尾が九本も生え、顔もどこか狐のように変わっていきます。服装も真っ白くなり、頭の上には耳が生えています。


「もはや人の姿になることはないだろう。俺は半々妖、安倍吉平だ……!」


 そして背を向けてその場を去ります。

 四人の男女も吉平に続きます。


「一つ、良いことを教えてあげよう」


 吉平は去り際に言い残しました。


「鬼の総大将は備前・備中で本拠を構えている。そこには二千体の鬼の軍勢が待ち受けている。はたしてそんな寄せ集めの軍勢で倒せるかな?」


 吉備太郎は止まったはずの涙が溢れ出てくるのを我慢できませんでした。

 吉備太郎は五年前、たくさんの別れを経験しました。

 そして新たな別れを経験することになるとは思いも寄らなかったのです。

 吉平は森の奥へと消えていきました。


「吉備の旦那、あれは友達だったのか?」


 朱猴はらしくなく、気遣うように吉備太郎に訊ねました。


「ああ。友達だよ。大事な友達、だった」


 それしか言えませんでした。


 名田川の戦い。

 鬼の死者、四百八十九体。

 人の死者、六百四十三人。

 被害の大きさを見れば人の負けですが、結果として鬼の軍勢を討ち滅ぼせたと考えれば人の勝ちでした。


 しかし鬼退治の若武者が負った心の傷は癒えることはありませんでした。

 去っていった吉平の後を未練があるようにいつまでもいつまでも見つめていました。

 そんな吉備太郎に声をかける者は居ませんでした。

 竹姫も三人の仲間も声をかけられなかったのです。


 吉備太郎の心中はどうなっているのでしょうか?

 鬼への恨み? 吉平への友情?

 答えは誰も知りませんでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ