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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
八章 鎌倉

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四家と翠羽の策

 まず始めに到着したのは、南原家の当主でした。鎧姿の女性で、今にでも戦えそうな装いでした。

 憮然とした表情で案内された大広間で正座をしています。


「お早いお着きだな。南原」


 次に来たのは西山家の当主でした。狩衣を着た軽薄そうな若者ですが、どうしてか分かりませんが、苛立ちを隠し切れていませんでした。


「西山。この始末をどうするつもりだ? 妾はこのような事態になるとは思わなかった」

「まあここはこちらの目測が甘かったとしか言えないぜ」


 そんな会話をしているうちに現れたのは北野家の当主でした。小柄の老人で茶色い服を着ていますが、彼もまた怒りを覚えています。


「若いの。憤る気持ちも分かるが、ここは潔く負けを認めるしかないの」

「北野さん、それでよろしいのですか?」


 南原がなおも言葉を言いかけました。


「黙れ小娘。もう終わったことだ」


 最後に現れた東川家の当主は強面で傷だらけの顔をした巨漢でした。


「都の人間を甘く見ていた。ただそれだけのことだ。まったく、腹が立つ」


 四人はそれぞれの席でおとなしく座っています。本来なら口もきかない仲ですが、皮肉にも都への不信感から団結してしまったらしいのです。


 そうしてしばしの刻が経ち。


「遅れて申し訳ない。色々と準備があるものだから」


 現れたのは右大臣でした。いえ、右大臣だけではなく、吉備太郎と竹姫も同行していました。


「右大臣殿。そちらの子どもは何者ですか? まさか護衛の者ですかな?」


 北野が馬鹿にしたような口ぶりで言うと、右大臣は「まあそのようなものだ」とあまり否定しませんでした。


「東国の武者は知っているかと思うが、こちらは吉備太郎と言う。そして女の子は竹姫だ。よろしく頼むよ」


 四家の者は吉備太郎の名を聞いて驚きました。まさか鬼退治の若武者がこんな子どもだとは思えなかったのです。


「あはは。まさか酒呑童子を倒した武者が子どもだとは思わなかったですね」


 西山は自らの恐れを出さないようにわざと強がって言いました。


「嘘じゃないわよ。彼が鬼を倒した吉備太郎よ」


 すかさず竹姫が言葉を返します。


「失礼だが竹姫とやら。そなたは吉備太郎の縁者か?」


 南原が訊ねると「まあ吉備太郎の知恵袋みたいなものよ」と答えました。


「この場に居るのはあなたたちへの交渉を御上から任されたからよ」


 それを聞いた東川は「つまり、貴様がこの状況を創りだしたのか」と睨みつけました。


「いいえ。あたしの策ではないわ。あたしはあくまでも交渉人よ」


 そうして、竹姫は「それじゃあ本題に入るわよ」と言いました。


「兵権と征鬼大将軍の地位が欲しい人、手を挙げて」


 その言葉に手を挙げる者は誰も居ませんでした。

 東川も西山も南原も北野も手を挙げませんでした。


「そうよね。そうに決まっているわよね」


 竹姫はにやりと笑いました。


「御上の名前で集まった『十万』の軍勢、しかも無所属の武者を束ねることなんて、たかが五千の兵と僅かな領地しか持たないあなたたちに操れるわけないわよね」





 それこそが翠羽の策でした。


「四家の誰も十万の兵を操れるわけないですよね。東国は確かに物騒な土地ですけど、大軍の運営の経験なんてありませんし、軍を動かせる大将ができるのは限られています」


 翠羽の理路整然とした言葉に謀略家の中納言は「この娘は使える」と思わせる力がありました。




「それで? あなたたちはどうしたいのかしら? 御上の名声でこれからもどんどん兵が集まってくるわよ。あなたたちの二万の兵力なんて霞んでしまうわね」


 意地の悪いことを言わせたら天下一品の竹姫。南原などは悔しげに唇を噛み締めています。


「とはいっても東国の名家であるあなたたちの力は借りたいところね。今なら部将として戦わせてあげるけど、どうする?」


 その言葉に真っ先に頷いたのは、一番兵力を持つ東川でした。


「……東川家は部将として都の軍勢に加勢する」


 その言葉を皮切りに西山も北野も南原も不承不承と言ったように頷きました。


「はい。それで決定ね。お疲れ様。それから征鬼大将軍の地位は不在とするから、やりたい人はいつでも声をかけてね」


 そうして足早に帰ろうとする竹姫に対して吉備太郎は「ちょっといいか?」と引き止めました。


「協力してくれるんだから、何か見返りを与えるべきじゃないか?」


 その提案に四家は驚きました。


「そうね。右大臣、何かあげられるものってあるかしら」


 竹姫の言葉に右大臣は少し考えこみました。


「そうだね。では官職を授けよう。東川殿には『弾正』を。北野殿には『大蔵』を。西山殿には『兵部』を。南原殿には『刑部』の位を右大臣の名に置いて与えることにする」


 四家は度肝を抜かれました。まだ戦ってもいないのに、協力しただけで官職を授かったのです。

 そして東国武者は田舎者でした。官職を頂けただけで、憤りがみるみるうちに無くなっていくのが感じられました。

 四人は平伏してしまったのです。


「鬼の軍勢が迫ってきているという情報が来ている。各々、出陣の準備だけは心がけているように」


 そうして三人は去っていきました。

 残された四家はすっかり騙されてしまいました。命がけで戦うつもりはありませんが、それでも協力してやろうという気持ちにさせられたのです。



「はあ。疲れるわね。翠羽、あなたがやるべきことなのよ?」


 控えの間に戻った竹姫は翠羽に文句を言いました。


「僕はそういうの苦手なんですよ。竹姫さんが居てくれて良かったです」


 にっこり笑う翠羽でした。


「しかし上手いこと考えるよな。官職を与えて不満を残らせないなんてよ」


 朱猴も感心していました。


「まあ武者にとっては官職は憧れのようなものだから、当然と言えば当然だな」


 蒼牙も納得しているみたいです。


「それより、鬼の軍勢のことが気にかかるな。右大臣さま、今、鬼共はどこにいますか?」


 吉備太郎の質問に右大臣は「遠江と駿河の境に居るとの情報が今朝入った」と言いました。


「でしたら駿河に入ってますね」


 翠羽が言うと「そうだろうな」と朱猴も頷きました。


「鬼と戦うのですか。拙者、一所懸命頑張ります!」


 気合の入った蒼牙の言葉に吉備太郎は力強く頷きました。


「それで、どこで戦う気? ここは防衛に向いているけど、篭城じゃ勝ち目ないわ」


 竹姫の言葉に右大臣は持っていた周辺地図を出しました。


「兵は現在動かせるのは二万ほど。それでどう戦う? この場所なら伏兵も心配ないが」


 指差したのは何もない平原でした。


「いえ。この場所のほうがよろしいかと存じ上げます」


 翠羽が指差したのは大きな河の挟んだ山中でした。


「この場所で戦う気か? 策はあるのか」


 朱猴が訊ねると翠羽は「実際に行ってみましょう。そうでないと分かりません」と言いました。


「状況を見てから策を練るのです」


 吉備太郎は鬼を倒したい気持ちを抑え切れませんでした。

 今すぐにでも一人で戦いたいくらいでした。


「吉備太郎。そんな怖い顔しないの」


 竹姫がぎゅっと手を握ります。


「あなたの本願はきっと叶うわ。だから焦らないの」


 吉備太郎はゆっくりと頷きました。


「えっと、竹姫さん。僕と一緒に下見に来てほしいのですが、よろしいですか?」


 翠羽は竹姫に頼みました。竹姫はなんだろうと思いながらも頷きました。



 その晩、翠羽と竹姫は五千の兵を連れて、決戦場である大きな河の上流まで行きました。


「竹姫さん。お願いします。これが最善の策なんです」


 翠羽の懇願に、竹姫は黙ったままです。


「鬼とはいえ、生き物を殺すのは可哀想だわ。違う?」

「吉備太郎さんのためですよ」


 そう言われたらするしかありません。

 竹姫は手をかざして呪術を行使しました。

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