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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
六章 猿

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沢蟹四天王

 ここまでは竹姫の作戦通りでした。そして成功とも言える戦果を挙げられました。


 しかしこの後の展開は竹姫には予想もつかないものへと変貌します。

 これは竹姫を擁護するつもりはありませんが、念のために言っておきます。

 竹姫は確かに策略家ではありますが、決して戦術家でも戦略家でもなかったのです。


 どちらかと言えば政治家に近く、竹姫が嫌悪している鷲山中納言と同じ資質を備えていたのです。

 だから卓上の人間の心理を読み取れても、戦場の人間の心理を読み解くことは完全にはできません。


 竹姫の予想ならば、三十人を倒したところで相手は一気に七十人を投入してくるはずでした。

 明らかに罠のない相手に出し惜しみする道理はありません。

 そこが狙いでした。七十人の軍勢に囲まれる前に、吉備太郎たちの機動力を生かして、大将である蟹入道を討ち取ることが策略だったのです。


 木槍を持つ蒼牙だけが速さに欠ける不安がありますが、三日間、多人数相手の戦いの練習の合間に走力の訓練を積んだので、多少は速度が上がりました。

 吉備太郎と朱猴は問題ありません。彼らの速さをもってすれば、余裕で大将へと辿り着くでしょう。


 しかしそうはならなかったのです。

 竹姫は戦場には居ません。山猿衆の里の中で幽閉されています。これは戦場から吉備太郎と蒼牙が逃げ出さないためであることと、彼らが裏切ってしまわないようにする二つの理由がありました。

 もしも竹姫が戦場に居たならば、おかしいことにいち早く気づいたでしょう。


 その異変に次点で気づいたのは戦っている三人ではなく、山猿衆の大将、猿魔でした。


「何故だ? 何故攻めてこない?」


 三十人も倒したというのに、相手の本陣に動きはありません。

 蟹入道はじっと立っていました。


「何かあるのか? それともはったりか?」


 空城の計という策略も考えられます。わざと蟹入道を一人にさせて、罠があると見せかけてその実無かったりする。そのような策を使っているのかもしれません。


 しかしその策略も知らない者が二人居ました。

 吉備太郎と蒼牙です。

 けれど吉備太郎はその様子に違和感を覚えました。何か策略があるかもしれない。そう考えて朱猴に話を聞こうと動きました。


「お、蟹入道が一人だ。良い機会だ。倒してしまおう」


 考えなしに動いてしまう蒼牙は一直線に蟹入道へ向かいます。


「あの馬鹿ガキ! 少しは疑え!」


 朱猴は猿魔の次に罠の可能性を案じていました。そして猿魔より先にこれは空城の計ではないことにも気づきました。


「竹姫のお嬢ちゃん、話が違うじゃねえか」


 毒づきながら蒼牙の後を追います。


「待て! 馬鹿! 止まれ!」


 蒼牙はその言葉に怒りを覚えて文句を言おうと蟹入道から目を切りました。

 敵から目を離してしまったのです。


「――隙を見せたな」


 蒼牙の耳に届いた声。

 振り向く暇も無く。

 蒼牙は後方へ吹き飛ばされてしまいました。


「――っ! あいつらか!」


 朱猴は急いで蒼牙の元へ走ります。

 蒼牙は咄嗟に木槍を盾に使いましたが、和らげることができずに、しかも木槍が真っ二つに折れてしまいました。


「……不覚!」


 蒼牙は迫りくる三つの影に対応しようとして、立ち上がろうとしますが、間に合いません。

 三つの影が蒼牙に襲い掛かりました。


「すみません、吉備太郎殿」


 覚悟を決めて目を瞑りました。

 けれど――


「そんな覚悟は決めなくていい。蒼牙」


 何の衝撃も来ず、自分が生きていることに不思議に覚えた青牙がおそるおそる目を開けると――

 そこには吉備太郎が立っていました。

 一人の苦無を左手の木刀で止め。

 一人の蹴りを右脚で受け止めて。

 一人の突進を右手で制しました。


「き、吉備太郎殿!」


 蒼牙は感謝しながら折れた木槍で攻撃します。

 遅れて朱猴も攻撃を開始しました。

 すると三人はあっさりと吉備太郎から離れてしまいました。


「……速いと聞いていたが、そこまで速いとは思わなかった」


 敵の誰かの言葉に、吉備太郎は木刀に刺さった苦無を引き抜きながら「位置が良かっただけ」と言返します。


「距離も近かったんです。まあそれでも間に合ってよかった」


 そして吉備太郎は三人を睨みます。


 その三人とは――

 一人は長身で痩せぎすの突進をした男。

 一人は汚らしい服装の蹴りをしてきた老人。

 一人は好戦的な目つきで苦無で刺そうとした女の子。

 それぞれかなりの使い手であることは確かでしょう。


「こいつらは沢蟹四天王だ」


 朱猴はこの状況を不味いと思っていました。


「沢蟹四天王? 三人しか居ないじゃないか」


 蒼牙が言うと沢蟹四天王が殺気を放ちました。


「筆頭殿は死んだ。先代の猿魔と相打ちになって」


 長身の男は怒りを覚えていました。


「わしたちの後継者、頭領のせがれを殺したお主らは許せん」


 老人も憤怒の表情でした。


「あたしはあんたたちのこと、許さないんだから」


 嘲るように女の子は言いました。


 吉備太郎は「あなたたちの名前は?」と場違いなことを訊ねました。


「……それを聞いてどうする?」

「いやだって、統合するのだから、これから味方になる者の名前を知りたいのだけど」


 それは挑発ではありません。吉備太郎らしい無頓着な言葉でした。


「ふざけているのか? それともイカレているのか?」


 長身の男は怒りに震えていました。


「私の名前は吉備太郎という。こちらは蒼牙だ」


 吉備太郎は名乗りました。すると三人はまさかという顔をしました。


「お前があの鬼退治の若武者なのか?」


 老人が訊ねると「どうもそうらしい」と吉備太郎は返答しました。


「私が名乗ったんだ。君たちの名前を聞かせてほしい」


 三人はそう言われても黙ったままでした。


「なんだい。名乗ることもできないのか。それくらい脳なしか? それとも臆病なのか?」


 これは明らかに挑発でした。言ったのは朱猴でした。


「……いいだろう。冥途の土産に教えてやる」


 長身の男は名乗りました。


「沢蟹四天王が一人、雨水うすい


 汚い老人は名乗りました。


「沢蟹四天王が一人、毒憤どくふん


 女の子が名乗りました。


「沢蟹四天王が一人、火繰ひぐり


 朱猴は吉備太郎たちに言います。


「気をつけろよ。一人欠けても四天王。その実力は折り紙つきだ。油断したら死ぬぞ」


 そうしてから吉備太郎たちに指示します。


「俺様は火繰を相手にする。ガキは毒憤を相手にしろ。あいつは毒を使うから気をつけろ。そして吉備太郎は――」


 しかしその相談は中断されました。

 大きな火球が吉備太郎たちを襲ったのです。


「こそこそ鼠みたいに相談なんかさせないんだからね!」


 火繰がなおも攻撃しようとしたとき。


「鼠はどちらかというとお前だろう。子鼠ちゃん」


 背後から声がしたので振り返ると、傷一つもない、火傷一つもない朱猴が居ました。


「ふん。あんたがあたしの相手なわけ?」


 火繰は嘲るように笑いました。


「あんたは未知数だけど敵じゃないってことぐらい分かるわよ? 『逃げの朱猴』さん」

「そのあだ名は久しぶりだな」


 朱猴はにやにや笑っています。


「そのあだ名の意味を知っているのか小娘ちゃん」

「興味ないわよ。だってあんたはここで死ぬのだから!」


 火繰が攻撃を仕掛けます。

 朱猴はそれに応じます。


「頼むから生き残ってくれよ二人とも」


 そう思う自分がおかしくなりました。

 仲間でもないのに心配する自分が。


 朱猴対火繰。

 戦いの火蓋が切って落とされます。


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