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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
六章 猿

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猿蟹合戦

 そして三日後。

 猿魔率いる山猿衆と蟹入道率いる沢蟹衆は互いの領域の区分である柿川へと参りました。

 彼らは各々陣を張ります。まるで戦争のように、いや彼らにとっては戦争にも等しいのでしょう。

 山猿衆は先代を討ち取られて。

 沢蟹衆は後継者を失ったのですから。

 それ以前にも抗争の中、親兄弟を失った者も居ります。互いが憎しみ合い、殺し合ってきた歴史を持つ両者はこうして戦いの中でしか交流を持てないのです。


 陣の中から出てきたのは互いの頭領でした。

 かなりの距離を挟んで、彼らは自らの恨みつらみを述べるのです。


 まず初めに大声で怒鳴ったのは蟹入道でした。蟹入道は壮年の男性で白い装束を纏い、顔つきはいかにも頭領らしく威厳に満ちていました。少々顔が平べったいのが特徴でした。


「よくもわしのせがれを殺したな! てめえの骸を刻んで墓前に置いてやるよ!」


 年齢に見合わずにとても物騒なことを言う蟹入道。


「それはこっちの台詞だよ! 先代を殺しとて詫びの一つもないのかい!」


 猿魔も負けじと声を張り上げます。


「あぁん? てめえ、若造のクセにいい気になるなや。てめえごとき先代に劣る小娘が、生意気言うんじゃねえよ!」


 興奮しているようでした。そこで竹姫に言われたとおりのことを猿魔は言います。


「私が先代に劣る? だったら証明してやる! 私は先代を超えるって! 文の内容は分かっているだろうね!」


 蟹入道は小ばかにした顔になりました。


「ああ。てめえの三人とわしの百人で戦うとかのたまっていたな。そんな馬鹿な話あるか! こちとら真剣なんじゃ!」


 すると猿魔は挑発するように高笑いをします。


「お前たち沢蟹衆など、三人で十分だ」


 その言葉に呼応して、山猿衆の陣の中から三人の男が現れました。

 一人は木刀を持つ吉備太郎。

 二人目は木槍を携えた蒼牙。

 三人目は何も持たない朱猴。

 蒼牙は緊張で一杯でしたが、他の二人は落ち着いていました。


「……てめえ、舐めているのか? なんだそいつらの得物は? やる気あんのか!」


 猿魔は今度は冷静に言いました。


「この三人は、決して沢蟹衆を殺さない」


 その言葉に蟹入道も、陣の中で話を聞いていた沢蟹衆も唖然としました。


「その理由は――」


 畳み掛けるように猿魔は竹姫の策どおり言いました。


「沢蟹衆を山猿衆に統合させるためだ」





 それは三日前のことでした。


「ば、馬鹿な! 統合させるだと!? そのようなことができるわけがない! それに三人だけで倒せるわけもない!」


 猿魔は頭領となってから、取り乱す姿を誰にも見せていません。先代が死んだときも、沢蟹衆が攻めてくるときも、決して動揺しなかったのです。


 しかし竹姫の策を知って混乱しないものは居ません。


「いーい? このまま未来永劫戦い続ける気なの? それでどちらかが全滅するまで戦うの? そんなの無理よ」


 はっきりと竹姫は言います。どよめく草の者を無視して、猿魔に話します。


「しかし、長年の恨みを忘れるなんてできるわけがない!」

「恨みを忘れろなんて言ってないわよ」


 竹姫はあっさりと言いました。


「忍ぶのよ。耐えて絶つの。それしか恨みを無くす方法は無いのよ」


 竹姫はちらりと吉備太郎を横目で見ましたが、当の本人は自分のことを言われているとは思っていなかったようです。


「だからその布石として、あなたたち三人は沢蟹衆を殺さないでほしいの」


 朱猴は苦笑いをしながら「そりゃあ無理な話だぜ」と一応物を申します。


「沢蟹衆の強さを知らないだろうが、あいつらは俺たちと同程度の強さなんだぜ?」


 それを聞いた竹姫は朱猴に問います。


「では、朱猴は沢蟹衆の連中と比べてどの程度の強さなのよ?」


 朱猴は考え込みました。そして答えます。


「まあ沢蟹四天王と同じくらいかもな。猿魔と同じで頭領には勝てないぜ」

「では普通の草の者何人分の強さなのよ?」


 朱猴は間髪入れずに「十人ぐらいだ」と答えます。


「だから百人では到底――」

「十分よ。それで大丈夫」


 竹姫は笑いました。その笑みはまるで悪巧みをする悪女のようでした。


「そのぐらいの強さなら、勝てるわよ」





 沢蟹衆は度肝を抜かれる思いでした。自分たちを統合する? つまり仲間になるということ?


「どうやら頭がおかしくなったようだな」


 蟹入道はそう判断して、皆に号令をかけます。


「その思いあがりを後悔させてやれ! 沢蟹衆、出撃だ! 戦場を朱に染めよ!」


 言葉どおり吉備太郎たちに向けて、沢蟹衆が襲い掛かります。

 その数は――三十。


「はっ。あのお嬢ちゃんの言ったとおりだな。何者なんだ? あの娘は」


 朱猴は手を握って指を鳴らします。


「実のところ、拙者もよく分からない。でも信用できる。信頼できる。それで十分だ」


 蒼牙は木槍をぐるりと回します。


「こちらも打って出る。絶対に勝とう」


 吉備太郎は八双の構えを取ります。

 三人は顔を見合わせて――駆け出します。


 先頭の沢蟹衆は驚いていました。三人だけで本当に戦うつもりらしいのです。


「こいつら、馬鹿なのか?」


 しかし直後思い直します。


「これは罠でもあるのでは?」


 そう考えるとどうしても動きが鈍くなります。

 先頭の者だけではありません。他の者も同様の考えに至ります。

 全体的に動きが鈍ったところに――


「――遅い」


 音と同じ速さで動ける武者が斬りこみます。

 先頭の沢蟹衆は眼前に迫る木刀を見て。


「こいつら本当に勝つ気なのか?」


 その疑問を抱いたまま、意識を失いました。





「はっきり言って、こちらは三人だけど、三十人分の力があるわけよ」


 竹姫は流れるように説明します。


「吉備太郎も蒼牙も十人分の力はあるわ」

「まあ鬼退治の武者だったらともかくとして、このガキもそうなのか?」

「ガキと言うな!」


 朱猴の疑問に噛み付く蒼牙を余所に竹姫は「蒼牙も鬼を退治したことがあるわ」と言いました。


「吉備太郎には流石に劣るけど、十分強い。それでは不満?」


「だが向こうは百人だ。三十人分の働きでも敵うのか?」


 猿魔の疑問に竹姫は「あんた一応指揮官でしょう? 大将でしょう?」と呆れています。


「三人相手にいきなり百人も出さないわよ。罠とか警戒するだろうし、あたしなら様子見で二十人か三十人しか参加させない」


 さらに続けて言いました。


「戦う人間も馬鹿じゃないから当然罠を警戒する。反応が鈍くなる。そこを狙うのよ」


 その言葉に今度は朱猴が訊ねます。


「しかし百人を三分割しても三十三人と戦うのだろう? 体力が持つか分からないぜ」


 竹姫はけらけらと笑いました。


「じゃあ聞くけど。実際の戦場で三十人も倒されたら、あなたどうする?」


 竹姫の言葉にハッとする猿魔と朱猴。


「……撤退するか、一旦退くな。私なら」


 猿魔の言葉に「ご明察」と短く答える竹姫。


「少なくとも残りの七十を一気に出すことはしないでしょうね」


 そして竹姫はさらに言います。


「それに沢蟹衆がどんなものか知らないけど、人間だったら、数の暴力はそれほどないわ」





「確かに、竹姫の言うとおりだ」


 吉備太郎は木刀を振るいながら思い返します。


「一度にかかってくる相手は三人から四人。それだったら対処できる」


 いくら草の者と言えども、一度に攻撃してくる人数は限られます。

 互いの動きを邪魔しない程度でありつつ、それでいて確実に攻撃のできるのは精々多くて四人。

 吉備太郎と蒼牙は、三日間、山猿衆と共に一対多人数の演習をしてきました。


 吉備太郎は眼前の敵を倒し続けます。

 蒼牙も長い木槍を生かして、有利に戦っています。

 朱猴は遁術を上手く使って敵をなぎ倒していました。


「な、なんだあいつらは!」


 蟹入道は度肝を抜かれました。


「朱猴はともかく、あの二人は何者なんだ!?」


 こうして始まった山猿衆と沢蟹衆の戦い――猿蟹合戦。

 現在の残存兵力。

 沢蟹衆――七十人。

 山猿衆――三人。

 しかし戦況は山猿衆のほうが有利でした。


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