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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
六章 猿

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山猿衆と沢蟹衆

「竹姫を牢屋へ入れる前に、全ての説明をしてください」


 竹姫を連れて行こうとする草の者を制するように吉備太郎は言いました。


「それはどうしてなんだ?」


 朱猴が疑問を投げかけると吉備太郎は「竹姫は私の頭脳です」と答えます。


「竹姫ならもしかすると良い策が生まれるかもしれません」


 すると頭領は「まあいいだろう」と許可しました。


「そこまで言うのなら、良い策を出すんだ」


 竹姫はうんざりして「そんな期待しないでほしいんだけど」とうなだれます。


「それでは一から説明しよう。質問は後からしてくれ。話の邪魔になる」


 頭領は溜息を吐きました。その表情は魅惑的で単純な蒼牙などは先ほどの憤りを忘れてしまいました。


「まず、私は猿魔えんまという。これは代々山猿衆の頭領から受け継いだ名前だ。本当の名は捨てた。五日前に」


 吉備太郎たちは質問を許されていないので、黙って頭領――猿魔の話を聞いていました。


「五日前、昔から敵対していた別の草の者の集団、沢蟹衆との抗争で先代の猿魔が殺された。代わりに沢蟹衆の次期頭領を討ち取ってはいるが、何の慰めにもならないな」


 猿魔は悲しげな表情で遠くを見つめます。


「沢蟹衆はすぐさま我らに戦争を申し込んだ。次期頭領の仇を討つためだ。我らはそれを受け入れた。こっちも先代の命取られているんだからな」


 先代と後継者。彼らの死は血と血で争う抗争へと発展する理由に十分なります。


「勢力は互角。しかし先代が居ない分、こちらは不利と言えるだろう。そこで、朱猴の言ったとおり、お前たちに力を貸してもらいたい。そうすれば命は助けてやろう」


 これは懇願ではなく命令でした。そして強制でもありました。


「何か質問はあるか?」


 吉備太郎は真っ先に「今の頭領同士の実力はどうなのですか?」と訊ねづらいことをばっさり言いました。

 周りの草の者はどよめきましたが猿魔は「素直だな。いや遠慮がないのか」と笑っていました。


「はっきり言って私のほうが劣るだろう。沢蟹衆の頭領、蟹入道は遁術を極めている。私よりもな」


 すると蒼牙は「遁術とはなんですか?」と訊ねます。


「呪術のようなものですか?」


 道すがら蒼牙は竹姫の呪術を目の当たりしているので、呪術については知っていました。


「呪術とは違うぜ。そんなものと一緒にするなガキ」


 辛辣に言う朱猴。どうやら蒼牙のことを嫌っているみたいです。


「そのような言い方はないだろう。拙者はガキという名前ではない。蒼牙と言うんだ」

「人の姉貴に色目使うのようなガキの名前なんぞに興味ねえよ」


 三人は同時に「ああ、だから目つき悪いの似ているんだ」と思いました。


「い、色目など使っておらん!」

「嘘付け。目線が顔の下に言ってたぜ? 吉備太郎はちゃんと真っ直ぐ顔を見ていた」


 竹姫はボソッと「……最低」と呟きます。

 その呟きは蒼牙の耳に届いて心をへし折りました。


「そんな話はいいから、遁術の説明をしろ」


 苛立ちを隠すことなく朱猴に命ずる猿魔。


「あいよ。遁術っていうのは簡単に言えば技術だ。いろんな種類があるが、基本は五つの力に分類される」


 そう言うと朱猴は手のひらを上に向けます。


「まずは火遁。これは炎と火薬を操る。いわば破壊力だな」


 言い終わると朱猴の手のひらから炎が煌々と燃え盛りました。


「なんと面妖な……」

「吉備太郎、よく見て見なさい。火薬を使った奇術のようなものよ。全然不思議じゃないわよ」


 驚く吉備太郎に呆れながら説明する竹姫。それを見て猿魔と朱猴は感心しました。よそ者が一目で見破ったのは、竹姫が初めてだったからです。


「そんで次は水遁。これは液体の毒を操る。まあ言わば理解力と言ったところだな」


 炎を消して、朱猴は袖から竹でできた水筒を取り出します。


「これを井戸に投げ込めば村は全滅する」 


 おそろしいことを簡単に言うのは流石草の者らしいです。


「後は実践できないから簡単に言うぜ」


 朱猴はやたら早口で言いました。猿魔の「余計なことを喋るな」という目線を受け取ったからです。


「木遁。これは山中での戦いを有利にする独特の移動術だ。まあ機動力だな。土遁。これは周囲の地形を利用して相手を不利にさせる。対応力だな。そして金遁。どのような道具でも武器にできるし、武器自体の扱いを上手くする。まあ応用力とでも言っておこう」

「これら全てを五遁という。これを蟹入道は極めているんだ」


 猿魔は引き継いでまとめました。これ以上話すのは危険であると判断したからです。

 技術は知られないことが重要です。秘匿して置くのが基本なのです。何故なら真似をされてしまえば草の者の価値は落ちますから。

 朱猴も心得ていて、表面上の説明をしましたが、詳細は明かしませんでした。


「他に聞きたいことはあるか?」


 猿魔の質問に竹姫は訊きます。


「頭領同士の力の差は分かったけど、戦力差ってどうなのよ?」

「さほど変わらない」

「具体的には?」

「双方、現状戦える者は百名ほどだ」


 竹姫は少し考えてから再度問います。


「戦う場所ってどこなのよ?」


 猿魔は草の者に「地図を持ってこい」と命じました。竹姫の物言いに何か感じるものがあったのでしょう。


 ほどなくして地図が用意されました。


「こちらの柿川を挟んで南北に陣を張る。我らは北側だ」


 地図を見ますと、双方ともに山を背にできる理想的な戦場でした。


「柿川は深いの? 幅はどれくらい?」

「深くは無いが幅は広い。まあ常人でもそれほど手間取らないだろう」


 竹姫はうむむと考え込みました。


 その様子を見ていた吉備太郎は何気なく言いました。

 それはこの抗争を馬鹿にしているとしか思えない言葉でした。


「和解することってできないんですか?」


 周囲の空気が固まり、草の者全員から殺気が放たれました。

 猿魔も朱猴も同様に殺気を放っています。

 竹姫と蒼牙はごくりと唾を飲み込みました。これ以上何かを吉備太郎が言えば、三人とも殺されると思ったからです。


「あっは。吉備太郎は面白えなあ」


 朱猴は笑っていましたが目は真剣でした。


「和解なんてできるわけねえよ。もしかして俺様の思っている和解とお前の思う和解って意味が違うのか?」


 その言葉に吉備太郎は「多分同じだと思いますよ」と普通に答えます。


「仲良くするってことです」


 すると朱猴は吉備太郎の胸ぐらを掴みます。


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞコラァ! そんなことできるわけねえだろうが!」


 朱猴は余裕など捨て去って吉備太郎に食ってかかります。


「山猿衆と沢蟹衆はてめえが産まれる前から血を血で洗う抗争をしてたんだよ! 今更和解なんでできるかボケェ!」


 吉備太郎は「できます」と断言しました。


「鬼と人ではなく、人と人同士なら、できないことはありません」


 朱猴は吉備太郎が本気で言っていると知りました。同時に吉備太郎の性根に触れた気もしました。

 鬼に対する憎悪と人に対する慈愛が見事に同居しているのです。普通の人間ではありえない思考でした。


「そうね。あたしも和解は無理だと思う。こんな血みどろな抗争を止める術はないわ」


 竹姫は吉備太郎の味方をしませんでした。

 吉備太郎は理想を求めて鬼と戦い。

 竹姫は現実を見据えて行動していました。


「でも抗争を止めることはできるわ。まあ血を見ることになるでしょうけど、誰も死なない方法が」


 竹姫の言葉に皆が色めきました。


「聞かせてもらおうか」


 猿魔も多少なりに興味を持ったようです。


「その前に、戦争はいつ始まるの?」

「三日後だ」

「なら急いで文を出して。沢蟹衆に」


 皆は竹姫の策を待ち望んでいました。


「あたしの策は策と言えないものよ。向こうが受け入れるとは思えない。だけどやる価値があるわ」


 もったいぶってから竹姫は言いました。


「こちらが不利な条件で相手に勝つ。それしか方法はないわ」


 その方法とは――


「吉備太郎、蒼牙、朱猴の三人で、相手の百人の草の者と戦う。勝てば抗争を終わらせる。これしか平和的に解決できないわ」


 何の変哲もない暴力でした。


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