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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
六章 猿

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猿面の男と頭領

 目隠しと手枷を付けられて、三人は草の者が暮らしている里へ吉備太郎たちは連れて行かれました。

 まあ吉備太郎は痺れ水とやらで身体の自由が利かなくなりましたので、数人がかりで運びこまれましたが。


 里の様子は吉備太郎たちには見えません。しかしひそひそと話し声が聞こえます。


「なんだあのよそ者は」

「また件の草頭くさがしらさまが余計なことを」


 自分たちのことを悪く言われて不安に思わない者はいません。

 竹姫は吉備太郎の身を案じて。

 蒼牙は二人を逃がそうと考え。

 吉備太郎は三人で助かろうと思いました。


 けれど三人の思惑とは裏腹に事態は予想もつかない展開となるのです。


「頭領、よそ者を捕まえましたぜ」


 猿面の男の声。


「……いちいち報告せずとも殺せば良いだろう。草頭のお前にはその権限があるはずだ」


 おそらく頭領なのでしょう。しかし意外に若い女の声でした。


「そんな物騒なことを言わないでおくれよ。可愛い顔が台無しだぜ?」

「軽口を叩くな。それで、早く本題を話せ」


 苛立つ頭領の声。


「何かろくでもない考えがあって、お前はこいつらを連れてきたのだろう」

「御明瞭。……こいつらの目隠しを取れ」


 ざわつく周囲の声。そして頭領が「何を考えているんだ?」と怪訝に思っています。


「こいつらの目を見て、話したいことがあるんだ。あの連中の話さ」

「まさか――」

「早く取ってやれ。話が進まねえよ」


 渋々といった感じで三人の目隠しを取る草の者たち。

 ようやく開かれた視界には――

 黒い装束を纏った美女が居ました。

 猿面の男と同じ小柄ですが、とても肉感的かつ色気のある雰囲気を醸し出しています。

 だけど目つきが少々、いやかなり悪く思えます。まるで全てを敵視しているような目。


 そんな美女を前にして蒼牙は見惚れてしまいました。

 しかし一方の男の子である吉備太郎はなんとも思いませんでした。

 痺れ水で何も話せなかったこともありますけど、きちんと蒼牙のように胸部に目を行くことなく、相手の目を見て様子を窺っていました。

 竹姫は自分の身体を見ながら「あたしはまだ十才だ」と言い聞かせていました。


 頭領と呼ばれた女性は同じく黒い装束の人間に囲まれていました。黒い装束の人間は仮面を被っておらず、素顔のままでした。

 辺りを見渡すと屋敷の大広間でした。おそらく百人入っても余裕のある部屋でした。


「それで? お前はこの者たちをどうしたいのだ? こうして我らの顔を見られたのだ。殺すほかないのだが」


 冷たくておそろしいことを言う頭領。


「なんでもかんでもさ、殺すことばかり考えるなよ?」


 猿面の男はへらへら笑いながら吉備太郎に近づき、何やら薬を飲ませます。


「あなた! 吉備太郎に何を飲ませたのよ!」


 竹姫が暴れ出しました。


「安心しな。解毒水だ。すぐに治る」


 その言葉どおり、吉備太郎は身体が動くことを確認して「あ、ありがとうございます」とお礼を言ってしまいました。


「吉備太郎! あなたなんで感謝しているのよ!?」

「いやだって、解毒してくれたから」

「先に毒を盛ったのは向こうでしょ!」

「黙れ」


 頭領にぴしゃりと言われて、竹姫は未だ囚われの身だということを思い出しました。


「先の会話から、お前は吉備太郎なのか?」


 頭領の質問に吉備太郎が答える前に猿面の男は「そのとおりだよん」とふざけて言いました。


「こいつが例の鬼退治の若武者で、酒呑童子を討ち取った英雄さまだ。驚きだね」


 すると周りの者がざわざわと騒ぎました。

 誰もが「この子どもが吉備太郎なのか?」と疑っているようでした。


「お前が吉備太郎だとするならば、一つ問いたい」


 頭領が片手を挙げると皆は水を打ったように静かになりました。


「酒呑童子を、たった一人で討ち取ったのは真実か? それとも偽りか?」


 すると吉備太郎は「それは誤解があります」と素直に言いました。


「私だけではなく、吉平さんや他の武者の手を借りて討ちました。加えて酒呑童子に毒を盛ったことも勝因でした」


 頭領は吉備太郎を睨みつけました。


「なるほど。自分一人の手柄ではないと、そう言うのだな」

「はい。というより手柄だとは思っていませんよ私は」


 吉備太郎のこの言葉に眉をひそめる頭領。


「手柄ではないだと? 意味が分からない」


 すると吉備太郎の目に光が無くなりました。


「まだ鬼の頭目を討っていない。私の復讐は終わっていない。手柄などどうでもいい。私は鬼を滅ぼしたい」


 底冷えする圧力を発している吉備太郎。周りの者は吉備太郎が手枷を付けているのにも関わらず、今にも襲いかかられるように思ってしまいました。

 実際、頭領は首筋に冷や汗をかきました。


「ふうん。噂どおり、鬼を憎んでいるんだな。こりゃあ驚きだ」


 猿面の男は不穏な空気をものともせずにあくまでも気楽に言いました。


「なんであなたたちは吉備太郎のことを知っているの?」


 吉備太郎の鬼への憎悪を知っている竹姫は構わずに猿面の男に訊ねます。


「そりゃあ俺様たちは草の者だぜ? 知らないわけねえだろう?」


 情報収集も彼らの役目でもあります。ましてや吉備太郎は美濃でも知っているものが居りました。知っていて当然でしょう。


「それで、吉備太郎に何の用事があるわけ? 鬼退治でもするの?」


 竹姫が饒舌になったのは吉備太郎が回復したからです。吉備太郎と蒼牙ならば手枷してもなんとか切り抜けられるかもしれないと考えていたからです。


「いや。生憎鬼なんて生まれてこの方、見たことねえよ。それよりも重要なのが――」

「待て! お前はよそ者にあのことを話すつもりか?」


 頭領が厳しく指摘すると猿面の男は「当たり前だろう?」と悪びることなく言いました。


「今は戦力が少しでも多いほうがいい。だからこそ吉備太郎という英雄が仲間に必要なんだぜ?」


 その展開を聞いていて、竹姫は嫌な予感をしました。だから先にこう言いました。


「あたしたちは協力しないわよ。そんな義理もないし、むしろ恨みしかないわ!」


 結果としてその発言は逆効果になってしまいます。


「なるほど。ここで解放したら、俺様たちの敵になっちまうのか。それは駄目だな」


 周りの草の者も殺気立ってしまいます。


「はあ? なんでそうなるのよ!」

「お嬢ちゃんは賢いのか馬鹿なのか分からんな。まあいい。そういうことだ頭領。仲間にするかはあんたが決めてくれ」


 頭領は顎に手を置いて考えます。そして出した結論は――


「そこの娘を牢屋へ入れろ。人質にする。それならば二人は言うことを聞くだろう」


 蒼牙はそれを聞いて憤慨します。


「貴様! 卑怯だぞ! 人質など!」


 怒りのあまり言葉が上手く紡げませんでした。


「なんとでも言うがいい。お前たち二人の活躍がなければ娘は解放しないしお前たちも殺す」


 竹姫と蒼牙が抗議しようとしたとき。


「はあ。仕方ないな。協力しますよ」


 吉備太郎の言葉に二人は驚きました。


「あっは! 吉備太郎はまさに英雄! 素早い判断と決断だな!」


 猿面の男はそう言いながら、吉備太郎の肩に手を置きました。


「頼りにしてるぜ。鬼退治の若武者さんよ」


 吉備太郎はそれに対して「きちんと説明してくれるんでしょうね」と訊ねます。


「おお。そうだな。まず何を知りたい?」


 吉備太郎ははっきり言いました。


「あなたの顔と名前です。いくらなんでも協力する相手の顔ぐらい知りたいんです」


 すると猿面の男は首を傾げた後、くっくっくと笑って――


「いいだろう。見せてやろう」


 猿面を外しました。

 猿面の男は吉備太郎よりも少し上の少年で、美丈夫と言っても過言ではありません。

 しかし気にかかるのは――

 目つきの悪さでした。


「俺様の名前は朱猴しゅこうってんだ」


 そう言ってにやりと笑います。


「よろしくな。吉備太郎」


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