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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
五章 犬

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届かない刃

 日が高くなってから、吉備太郎と蒼牙は牛鬼の住む洞窟へと向かいます。


 竹姫は老僧と共に寺で待つことになりました。


「吉備太郎、油断は禁物よ。それに敵わないと思ったら逃げること。いい?」

「うん。分かっている」


 老僧は頭を深く下げています。


「頼みましたぞ。御武運を祈っております」


 二人に見送られて武者たちは村を出発しました。

 村人たちは見送りをしません。何故なら知らせていないからです。


「あなたたち二人で倒さなきゃいけないの。もし万が一負けても村と関わりが無いようにしないといけないし、それに村人が勝手に戦いに参加したら足手まといになるかもしれないわ。それは危険よ」


 竹姫の考えに吉備太郎は同意しました。

 ということで活気のない村から洞窟へと何事も無く二人は通り抜けられました。


 洞窟までの道のりはかなり距離がありました。初めての鬼退治に臨むからか緊張する蒼牙に吉備太郎は優しく声をかけました。


「そのように身体を強張らせてはいけないよ。気持ちを楽にするんだ」


 蒼牙は「そう言われましても」ともごもごと小声で言いました。


「いざとなると鬼がどのようなものか分からないのです。吉備太郎殿は鬼と戦ったことが三回あると言いますが、鬼とは一体、どのくらい強いのですか?」


 吉備太郎は今まで戦った鬼のことを思い出します。


「最初に戦ったのは下級の鬼、鬼平太だ。あの鬼と戦ったときは三人で挑んだ」

「下級の鬼ですか? 鬼にも等級が存在するのですか?」

「吉平さん――私の友人が話していたんだ。鬼にも強さによって格があると」


 吉備太郎は鷲山中納言での出来事を思い返していました。


「そのときは初めての戦いだった。怪我を負いながらもなんとか仕留めることができた」

「ど、どのように仕留めたのですか?」

「二人が気を引いてくれた隙に、私の抜刀術で斬り殺せた。簡単に言えばそんな風だ」


 感心する蒼牙でしたが、吉備太郎が言いたいのは次のことでした。


「そのときの鬼の反応を見るに、私たちの攻撃は下級の鬼には通用するということなんだ。鬼平太という鬼は私の攻撃を避けていたし、結局は斬ることができた。鬼は無敵じゃない」


 蒼牙は次第に自信が湧いてくるのを感じました。無敵ではないのであれば、自分にも倒せるかもしれないと思ったからです。

 その緩みを吉備太郎は嗜めるように言います。


「その次の酒呑童子や茨木童子は策をもって倒した。上級の鬼はいくらなんでも一人では勝てない。どうにかして倒そうと思うけど勝てないんだ」

「な、なるほど」


 吉備太郎の言葉に蒼牙は身を引き締める思いをしました。

 蒼牙は素直な性格だと吉備太郎は思いました。頭が足らないわけではなくて何でも素直に受け止めてしまうし、そうと決めたら一直線なところもあるのだろうと思いました。

 まあ向こう見ずなところは吉備太郎も同じですが、柔軟さにおいては蒼牙に軍配が上がるでしょう。


「吉備太郎殿は三匹も鬼を討ち取ったのですね」

「正確には二匹かな。茨木童子は分からない」

「分からないとは?」

「死体がなかった。もし生きていればと思うと悔しくて仕方がない」


 顔を歪ませる吉備太郎に蒼牙は不思議そうに訊ねます。


「何故そこまで鬼を討とうと思うのですか? 名を上げるためですか?」


 蒼牙は何気なく訊いたのですが、吉備太郎は短く「復讐のためだ」と答えました。


「復讐、ですか?」

「伊予之二名島のことは知っているかい?」

「はい。何でも鬼に絶滅させられたと」

「その生き残りだよ私は」


 その言葉に蒼牙は何も言えなくなりました。

 そのまましばらく二人は歩き続けました。


「生き残ったのに、復讐をなさるのですか」


 ようやく蒼牙は口を開きました。


「そうだ。復讐しないといけない。鬼を滅ぼさなければならない」


 険しい顔で吉備太郎は蒼牙ではなく自分に言い聞かせていました。


「それを、諦めるわけにはいきませんか?」


 蒼牙の言葉に物凄い勢いで振り返り、吉備太郎は睨みつけます。


「そのようなことはできない」

「何故ですか? 生き残ることも大切だと思うのですが」


 蒼牙は真剣な表情で吉備太郎を諭します。


「せっかく生き残ったのですから、命を大事にするべき――」

「そのような口を叩くな!」


 吉備太郎は蒼牙に迫ります。


「知ったような物言いを言うな! 私の家族や友人の無念を知らないくせに、何が命を大事にしろなどと! 私の命など復讐に比べたら何の価値も無い! 鬼に喰われて死んだ者の悔恨を晴らすために私は生きている! そのために生き残ったのだ!」


 吉備太郎の怒りに蒼牙は驚いていました。飄々としている普段の様子からは想像できない吉備太郎の恨みと復讐心。それを間近に見て、心がざわめくのを感じました。


「……すみません、軽率でした」


 蒼牙が謝ると吉備太郎はハッとしてバツの悪い顔になり「すまなかった」と言いました。


「私もつい頭に血が上って……」


 二人は立ち止まり、互いを恥じました。

 迂闊なことを言ってしまった蒼牙。

 怒りを露わにしてしまった吉備太郎。

 二人の息が合わないと牛鬼を倒せないのに、このままでは――


「この話はなかったことにしよう」


 吉備太郎は蒼牙に頭を下げました。


「私は復讐のために生きている。それを後悔したことはないけど、諌めてくれるのはありがたい。そう思っている」


 蒼牙はそれを聞いて、この人は可哀想だと思いました。そしてますます家来になりたいと思いました。

 家来になって、助けたいとも思うようになったのです。


 やがて吉備太郎たちは牛鬼の住む洞窟へ辿り着きました。

 洞窟から響く唸り声――いやイビキかもしれません。それが蒼牙をおそろしくさせたのです。


「中に入ろう。物音を立てずに、ゆっくりと慎重に」


 吉備太郎は蒼牙に小声で話しました。

 洞窟はそこまで深さは無く、というよりも入り口近くに牛鬼は居たのです。


 牛鬼はおよそですが八尺ほどの大きさで、顔に大きな牛の仮面をつけていました。

 仮面は怒りの紋様でした。


 仰向けでイビキをかきながら寝ている牛鬼に、吉備太郎は「私は首を狙うから、蒼牙は胸を狙ってくれ」と指示します。


 二人は自分の配置について、いつでも同時に攻撃ができることを確認して――


「――今だ!」


 短い合図で吉備太郎は首を落としに、蒼牙は胸を貫こうとしました――


 しかし。


「なあ!? か、硬い!」


 吉備太郎は全力の抜刀術で首を落とそうとしましたが、肉どころか皮膚すら斬ることができず、蒼牙も同様に突き刺すこともできませんでした。


「うあ? なんだ?」


 けれど衝撃は伝わったようで、牛鬼は起きてしまいました。


「蒼牙! 一旦退け!」


 吉備太郎の指示で入り口まで下がる蒼牙。吉備太郎も同じように下がります。


「……なんだ人間かあ」


 牛鬼は面倒くさそうに言いました。


「しかも子どもじゃないか。まったく、遊びたいのなら向こうに行け。見逃してやる」


 そう言ってまた眠りに入ろうとする牛鬼。


「ふざけるな……」


 吉備太郎はその行動に怒りを覚えて――


「ふざけるな牛鬼! 私と戦え!」


 大声をあげて飛びかかろうとしました。


「待ってください、吉備太郎殿!」


 蒼牙は必死になって止めます。


「このままでは負けます! 拙者たちの攻撃が効かなかったのですよ!」


 すると牛鬼はこちらを振り返ります。


「言っておくけど、おらの身体は鬼の中で一番強いんだ。刀や槍じゃあ勝てないよ」


 吉備太郎はそれを聞いて暴れるのをやめました。


「一番強いとは本当か?」

「ああ。そうだけど……」


「ならば好都合だ」


 吉備太郎は何故か嬉しそうに笑いました。


「それが本当ならば、貴様に勝てば全ての鬼に私の剣術が通用するということだ」


 吉備太郎は刀を納めて腰を落としました。


「私はこのような苦境を待っていた。ようやく私は前進できる」


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