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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
五章 犬

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まったくの善意

 寺は村の西側にあり、お世辞にも立派だとは言えない小さな建物でした。

 中に入ると仏像が一体あるだけで、装飾品はありません。それらは寺の貧困さを物語っています。

 貴族の屋敷で世話になり続けた竹姫にとっては華奢には見えませんが、それなりの厳かさはありました。


 老僧は灯火を点けてお堂を明るくします。


「あなたたちが牛鬼を倒してくださるとは、御仏のおかげでしょうな」


 吉備太郎は御仏を信じていませんでした。もしもご加護があるのならば村は滅んだりしなかったはずですし、伊予之二名島も滅んだりしなかっただろうと常々考えていました。

 しかしここでそんなことを持ち出しても詮の無いことですので「そうですね」と簡単に答えました。


「それで、牛鬼とは一体どのような鬼なのですか?」


 単刀直入に吉備太郎が訊ねます。


「牛鬼とは半年前に現れた鬼です」


 老僧は穏やかに話しているつもりですが、怯えが見え隠れしているのが竹姫には分かりました。


「牛の顔をしていると村の人から聞いたのですが」


 蒼牙が正座を組んで訊ねると老僧は首を振りました。


「牛の顔をしていると皆は申しておりますが、あれは牛の仮面を被っているだけなのです」

「鬼が仮面を被っている? よく分かりませんね」


 吉備太郎は不思議に感じました。違和感を覚えたのです。

 竹姫はある仮説を思い浮かびましたが、言い出しませんでした。場を混乱させるだけだと思ったからです。


「半年前、牛鬼は村へ訪れて我々に要求したのです。村の食糧を寄越せ。従わなければ村人を皆殺しにすると」


 吉備太郎は「人間ではなく食糧ですか?」と訊ねます。


「ええ。牛鬼は人間でも構わないと言っていましたが、食糧で賄えるのならそれに越したことはありません」


 蒼牙は「食糧はどのくらいを要求してきたのですか?」と確認します。


「一日働いて村で取れる量の半分を要求してきたのです」


 村の収穫量の半分。それがかなりの負担になることは必定でした。


 もちろん村人全員が収穫したもの全てを食べるわけではありませんが、余った物は交易に出したり、もしものための保存食にしたりといろいろ役立つのです。

 それができなくなると、一気に村の暮らしが苦しくなるはずです。


「でもおかしいですね。普通の鬼なら村人を食い殺すはずですが」


 吉備太郎は物騒なことを言って首を捻っています。そんな吉備太郎に蒼牙は「鬼の考えていることなんて我々には理解できないですよ」と考えることをしません。


 もしもこのとき、一歩踏みとどまって考えていれば、この後の展開に影響がありましたが、それに気づけたのは竹姫ただ一人でした。


「…………」


 しかし――彼女は沈黙を選びました。

 不確かな可能性を考えて失敗するのなら、始めから考えないほうがいい。そのようなある意味合理的な考えを持っていたからです。


 老僧は「牛鬼はこの洞窟に居ります」と村周辺の地図を広げました。


「結構離れていますね村から」


 吉備太郎はなんとなく言いました。


「洞窟を鬼は好むらしいのです。何故かは知りませんが」


 老僧の言葉に吉備太郎は大江山合戦を思い出しました。

 あのときも酒呑童子たちは洞窟に構えていました。


「牛鬼は巨大な体躯をしています。一筋縄ではいかないでしょう。拙僧としては寝込みを襲うのが一番かと」


 その言葉に吉備太郎と蒼牙は異なった反応を見せました。


「分かりました。それでいきましょう」

「駄目です。武者の道に反する」


 二人は顔を見合わせました。


「武者の道? それで倒せなかったらどうするんだ?」


 対して蒼牙は反論します。


「人の道に背くことはたとえ鬼相手でも避けるべきです」


 その言い方に吉備太郎は山吹を思い出しました。そして、ああ自分は武者の考え方が理解できないなあとつくづく思い知らされたのです。


「失礼だけど、蒼牙は鬼と戦ったことはあるのか?」


 吉備太郎が訊ねると蒼牙は「ありません」と素直に答えました。


「私は三回戦ったことがある。その経験からすると真っ向から戦うのは危険だ」


 蒼牙はその言葉に怯みましたが「いやしかし――」となおも反論を試みます。


「卑怯な真似をして、罪悪感はないのですか?」


 吉備太郎ははっきりと「ない」と言いました。


「最優先すべきは鬼を倒すことではないかな? 不安に思う村の人たちの心を安らげるのが先決じゃないか? それに比べれば蒼牙の言う罪悪感はあまり関係ないじゃないか」


 蒼牙はそれを聞いて衝撃を受けたみたいです。首を振ってから自分の頬をぱあんとはたきました。


「すみません。拙者は鬼と戦ったことがないのに、卑怯だとか武者の道とか言って、肝心な村の人たちのことを忘れていました」


 竹姫はこのやりとりを聞いていて、吉備太郎もなかなか口が回るようになったじゃないと思いました。

 それにしても蒼牙は山吹と違って素直でした。それに度量も広いのです。

 納得のいく筋道を説かれたら、自分の非を認めることもできました。


「失礼ですが、あなたは三回も鬼を退治したのですか?」


 老僧は信じられないという顔で吉備太郎を見つめました。


「そうです。偽りはありません」

「もしやあなたの名は、吉備太郎というのでは?」


 それを聞いた蒼牙は度肝を抜かれました。


「き、吉備太郎? まさか、あの大江山合戦の功労者ですか?」


 吉備太郎は「あれ? 名乗らなかったか?」と蒼牙に訊ねますが蒼牙は首を物凄く早く横に振りました。


「会話の中であたしが何度か呼んだけど、気がつかなかったのね……」


 呆れている竹姫に対して驚天動地の蒼牙と老僧は吉備太郎をまるで英雄のような目で見ました。


「そのような武者だとは! 只者ではないと分かっていましたが……改めて拙者を――」

「家来にはしない。それよりも逆に訊ねたいことがあるんだけど」


 吉備太郎は先ほどから気にかかってきたことを訊きました。


「どうして蒼牙は牛鬼を倒そうとするんだ? この村に恩でもあるのかい? それともここで名を上げて一族郎党を救うためかい?」


 吉備太郎は敢えて訊きませんでした。鬼に対して恨みや復讐心を持っているのかを。


 しかし蒼牙の答えは意外なものでした。

 きょとんとしながら答えたのです。


「えっ? 困っている人が居たから助けるだけですよ?」


 その言葉に他の三人は度肝を抜かれました。

 吉備太郎は自分のように特別な感情を持っていたから牛鬼を討つと考えていました。

 しかし全くの善意で自分の命を危険に晒すことを厭わないなんて、驚く他ありません。

 本人は気づいていませんが、それは武者どころか英雄の資質がある証拠なのです。

 英雄とは、見返りを求めずに人々のために動き、人々を救う者を指します。

 そういった意味では吉備太郎よりも英雄に近いのが蒼牙なのです。


「ごめん。変なことを訊いて」


 吉備太郎は頭を下げました。自分の復讐がどれだけ醜いのか思い知らされたのです。


「そんな! 頭を上げてください!」


 蒼牙は吉備太郎の心など分かりません。自分がどうして頭を下げられているのかも判然としませんでした。


 それから吉備太郎たちは老僧の話を聞きました。

 ちょうど牛鬼が寝ているのが明日の昼と分かったので、とりあえずは休むことにしました。


「吉備太郎、寝込みを襲う以外に何か策があるわけ?」


 竹姫が寝る前に吉備太郎に訊ねました。


「いやないよ。でもそれで十分だ」

「どうしてよ?」

「今の自分の実力を知るには、寝込みを襲うぐらいが良いんだ」


 そして吉備太郎ははっきり言いました。


「もうそろそろ強くなったことを実感しなくちゃいけない。鬼に対抗するために」


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