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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
四章 流亡

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近江大津宮

 八千の武者たちが近江の廃都、大津宮へ到着すると、歓声と共に迎え入れられました。それほど八千という軍勢は貴重だったのです。

 大将――安田晴盛という名前でした――は出迎えた右大臣に「よくやってくれた」とお褒めの言葉をもらいました。


「流石に一軍の将。私たちの意図を汲み取って、多くの軍勢を連れてきてくれたものだ」


 右大臣は正装である束帯を着ていました。それを見ていた吉備太郎と竹姫は本当に貴族だったんだと思いました。

 安田晴盛は何やら葛藤していましたが、意を決して話し出しました。


「いえ、拙者の手柄ではありませぬ。こちらに居る吉備太郎と竹姫なるものの提案にございます」


 吉備太郎たちは驚きました。自分たちのことは言わないだろうと思っていたからです。

 それに自分の手柄にしてもおかしくはありません。実際に軍勢を集めて動かしたのは大将である安田晴盛だったからです。


「吉備太郎? まさか、あの吉備太郎か? おお、生きていたんだね。早くこちらへ」


 右大臣に促されてしまえば断れません。二人は武者たちの注目を浴びながら、右大臣の元へ小走りで向かいました。


「吉備太郎くん。それに竹姫ちゃんだね」


 優しく微笑んでいる右大臣に「久しぶりね」と気軽に声をかける竹姫。

 すると傍に居た褐色の武者と枯れ木の武者が「無礼だぞ!」と怒りました。


「いいんだ。竹姫ちゃん、どういう経緯で軍勢を集めたのか、教えてくれるかな?」


 竹姫はたまたま出会った軍勢に御上が近江へ居ることを教えて、近江へ向かうついでに軍勢を集めたら良いと提案したら採用されて、現在に至ることを簡単に説明しました。


「なるほど。竹姫ちゃん、君は賢いな」

「ありがとう。それで、御上は無事なの?」


 一応訊ねたほうが良いと思った竹姫。

 右大臣は暗い顔になり「少しお疲れのようだ」と小声で言いました。


「老齢の身で、命を危険に晒されたのだ。心労が積み重なっても仕方がない。それに加えて、今朝廷は二つの派閥に分かれている」


 そして吉備太郎に視線を移しました。


「吉備太郎くん。君に頼みがあるんだ」

「なんでしょうか?」


 右大臣はここで貴族らしからぬ行為をしました。

 無位無官のものに、頭を下げたのです。

 それには周りで見ていた武者たちも竹姫も吉備太郎も驚愕したのです。


「う、右大臣さま、頭を上げてください!」


 驚きから開放された吉備太郎は慌てますが右大臣は一向に下げたままです。


「君に、皆を説得してほしい」


 右大臣が何故頭を下げたままなのでしょう。

 それは子どもである吉備太郎を政治の道具に使おうとしているからです。

 もちろん、自分が頭を下げれば、聞き入れてくれるだろうという打算もありました。

 しかしそれ以上に、申し訳ない気持ちで一杯だったのです。


 だから――


「分かりました。協力します」


 吉備太郎が了承してくれたことによって喜びと悲しみの入り混じった複雑な気持ちになってしまったのです。


「おお、そうか。ありがとう吉備太郎くん」


 後ろめたい気持ちを隠しながら、右大臣は表面上嬉しがりました。

 しかし心の中では鷲山中納言を恨む気持ちを強くしました。





「安田の軍勢を集めたのは、吉備太郎という若武者だ」


 実を言うと、右大臣は鷲山中納言から軍勢が来る前に情報を聞いていたのです。

 誰からそんな情報を仕入れてくるのかは右大臣には分かりませんでした。

 大津宮にあてがわれた屋敷の一室で二人は密談をしていました。


「右大臣殿。すまぬが一つ頼みがある」


 その頼みとは吉備太郎に命じることでした。

 朝廷で皆を説得することを。


「子どもを政治のために使うというのか!」


 右大臣はいくら同志の言葉でも許容はできませんでした。ましてや悪名高い鷲山中納言の策です。受け入れられるわけがありません。


「いいか? 今強攻策に出られると確実に日の本は滅ぶぞ」


 鷲山中納言は右大臣に対して上から諭すように語り出します。

 貴族といえども官位という身分は存在します。ですが、鷲山中納言はまるで上位の者のように右大臣と接しています。


「都の武者で名高い者は討ち死にしておる。それに八千の武者が加わっても二万は届かぬ。これでは勝ち目は無い。ならばこそ、ここは退くべきなのだ。地方へ赴き勢力を拡大して鬼に決戦をするべきなのだ。それなのに左大臣の馬鹿共は何が何でも都を取り戻すと声高に主張している」


 鷲山中納言は溜息を吐きました。


「御上は聡明かつ慈悲深いお方だ。今戦いを挑んでも勝ち目はないことは重々承知だ。しかし無辜の民を蹂躙されることも懸念している。賢くお優しい御上の苦しみ、右大臣ならば理解できるだろう」


 鷲山中納言はまず情に訴えます。


「それに比べて強攻策を取る者は自分たちが戦うわけでもあるまいに、何の考えもなしに都の奪還を訴える。都を取り返してもどうにもならないだろう。都は交通の便は良いが、反面守るのに適さない場所だ。そこにこだわってどうする?」


 次に実利を説きます。


「右大臣。お主の良心は日の本の民の命に比べたら羽毛のように軽い。そんなちっぽけなものよりも国家のために心を捨てて誰かを犠牲にすることも必要なのだ」


 そして最後に現実を突きつけられた右大臣は頷くことしかできませんでした。


 こうして吉備太郎の運命は決まってしまったのです。

 政治の道具にされるというのは飢えた獣に幼子を放り込むようなものです。

 その厳しさを吉備太郎はまだ知りませんでした。


 右大臣に連れられて、朝廷を行なっている大津宮の中心地へと吉備太郎と竹姫は向かいます。


「なるほどね。二つの勢力が拮抗しているのね。ところで右大臣はどちらの派閥なの?」


 竹姫はそれとなく訊ねますが、右大臣は「吉備太郎くんにどちらが良いか判断してもらうから言えないな」と煙に巻きます。


「私の味方をしてほしいけど、できれば中立の立場でいてほしい」

「でも選ばないといけないんでしょう?」


 竹姫の馴れ馴れしい言葉遣いに褐色の武者と枯れ木の武者は苛立ってきました。


「できれば竹姫も一緒に居てほしいのですが、よろしいでしょうか?」


 二人の武者の怒りを知らずに、吉備太郎は右大臣にお願いしました。


「まあいいだろう。この子を吉備太郎くんは頼りにしているらしいし、何か良い考えも浮かぶかもしれないしね」


 二人の武者は顔を見合わせます。口の利き方を知らない小娘を御上の前に向かわせることの恐ろしさは容易に想像できたからです。


「さて。到着したよ」


 右大臣は吉備太郎と竹姫を連れて参上します。二人の武者は不安な思いで見送りました。


 朝廷には右大臣を除いて四人の貴族が居ました。

 一人は太った狸のような貴族――鷲山中納言。

 その向かいに座るのは中肉中背の品のある顔立ちの貴族。

 その隣は鼠のような小男の貴族。

 そして向かいには腕組みをしている若い貴族。


 その奥のほうには御簾で仕切られていますが、他の貴族と違った上品な装飾に囲まれた人が居ました。

 おそらくは御上だろうと竹姫は当たりをつけます。

 吉備太郎は貴族とはこんなに少ないのかなと見当違いなことを思っていました。


「吉備太郎殿と竹姫殿を連れて参りました」


 右大臣はその場に座り、頭を深く下げました。

 吉備太郎たちも見よう見真似で頭を下げます。


「吉備太郎。お主は戦うべきか、退くべきか。どちらを選ぶ?」


 単刀直入に御簾の向こう側から御上が訊ねます。


 吉備太郎は全員がこちらを注目しているのを感じました。


「私は、鬼に村を滅ぼされました」


 吉備太郎は静かに話します。


「ですから、鬼を倒したいという気持ちは誰よりも深く思っています」


 皆が「強攻策を選ぶ」と思い込みました。鷲山中納言は目を瞑ってしまい、右大臣も顔をしかめました。


「ですが、今は戦うときではありません」


 吉備太郎の言葉に全員が虚を突かれました。


「今、鬼が討てるはずがありません。鬼は強い。戦いの中で実感しました」


 そして頭を下げて訴えます。


「戦えば全滅する。そうなれば鬼に対抗できなくなります。ここは退くべきです」


 その答えに貴族たちよりも竹姫は驚いたのです。


「あの吉備太郎が、鬼と戦わないなんて――」


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