五つの道
「それで、お前たちはこれからどうするつもりなのじゃ?」
白鶴仙人はにやにや笑いながら二人に訊ねました。
「……真剣な話するんだったら、にやけ顔やめなさいよ」
小声で呟く竹姫は顔を真っ赤にしてそっぽを向いていました。恥ずかしくて仕方ないようです。
「竹姫と相談しようと思うのですが、私としては近江へ行こうと思います」
照れる気持ちはまったくない吉備太郎は自らの考えを伝えます。
「ふむ。それは何故じゃ?」
「右大臣さまと約束したのです。必ず再会すると。一飯の恩も返さないといけませんし」
すると竹姫は「なんで右大臣と関わっているのよ?」と疑問を投げかけました。
吉備太郎は経緯を説明しました。
上京したときに道案内をしてくれたおじさんが右大臣だということを話すと竹姫は目を丸くしました。
「あのおじさんが右大臣だったの? ずいぶん気さくな貴族ね」
そして吉平のことを聞いて、衝撃を受けたことや御上が近江に居ることも話すと竹姫は「うーん、信用していいのかしら」と疑っているようでした。
「その人の話は聞いたけど、本当に信用していいのか分からない。会ったことのなくて話に聞いただけの人なんて信用できないわ」
竹姫の言うことは正論でした。不確かな事柄で行動するほど危ういものはありません。
「どうすればいいと思う?」
逆に訊ねると竹姫は「未来が見える老人がここに居るじゃない」と指差します。
「うん? わし?」
白鶴仙人はとぼけた顔で応じました。
「白鶴仙人、このまま近江へ行ったほうがいいの? それとも行かないほうがいいの?」
すると白鶴仙人は指を五本立てました。
それぞれが白光しています。
「お前たちが進むべき道は五つある。それを一つずつ説明しよう」
白鶴仙人はまず親指を振りました。
「まずはこのまま鬼のことを忘れて、この山で暮らす道じゃ。この山に居ればしばらくは安心じゃろう。ついでに仙術も教えてやろう。最もおだやかな道じゃ」
竹姫は吉備太郎と一緒ならそれもいいなあと思いましたが、吉備太郎の横顔を見て諦めました。
「私に――復讐を諦めろと?」
白鶴仙人は吉備太郎の怒りとはまた違った感情を見出していました。
これは――虚しさでした。
「生き残ったお前が幸せに暮らすことも、立派な復讐じゃよ。皆殺しにできなかったことは鬼の汚点じゃ」
吉備太郎は首を振りました。
「それはできません。できるわけがない」
「何故じゃ?」
「私の心の奥底で燃え続ける烈火が許しはしないのです」
吉備太郎は無表情で語り出します。
「村のみんなの死骸が私に語りかけます。無念を晴らしてくれ。鬼を退治してくれと。それが耳から離れることはありません」
白鶴仙人は溜息を吐いて「そうか。ならば別の道じゃな」と言いました。
竹姫は吉備太郎に同情しました。苦しみを抱えていることは分かっていましたが、それでもおだやかに暮らすことはできるかもしれないと思っていたからです。
「次の道は――このまま鬼の本拠地に行くことじゃ」
親指を折りたたんで、今度は小指を振りました。
「これを選べばお前たちは死ぬ」
「……それでも」
「竹姫も死ぬぞ」
冷酷に言われた一言に吉備太郎は何も言えなくなりました。
「お前は竹姫のことをどう思っている?」
吉備太郎はためらいもなく「大切な友人です」と答えました。
竹姫は吉備太郎らしいなと嬉しさとすっきりしない気持ちが入り混じった複雑な感情を覚えました。
「ならばこの道は諦めよ」
白鶴仙人は小指も折りました。
「さて。次の三つの道は近江へ行くことを選んだ場合の運命じゃ。お前たちに聞くが、近江へ行くのか?」
二人は顔を見合わせました。
「竹姫、どうする?」
「あなたが決めていいよ、吉備太郎。あたしはあなたに着いていく」
先ほど文句を言っていたのに近江へ行くことに反対しなかったのは、吉備太郎に「大切な友人」と言われたからです。
「分かった。白鶴仙人さま。私たちは近江へ行きます」
吉備太郎が言った瞬間、白鶴仙人の三つの指が激しく光りました。
しかし次第に光は弱まり、元の明るさに戻りました。
「では近江へ行った場合の選択肢を話す」
白鶴仙人はきっぱりと言いました。
「一つは強攻策の貴族に加担して鬼へ戦いを挑む。二つ目は御上と共に東へ向かう。最後は御上と離れて独自に仲間を増やし東へ向かうじゃ」
「…………」
二人はそれを聞いて、しばらく考えました。
「選択の中で東を目指すってあるけど、どうして東なの?」
竹姫の疑問に白鶴仙人は「それは言えぬ」と首を振りました。
「ここで言ってしまえば、運命が崩れてしまう。それは避けなければならぬ」
「運命が崩れるって何よ? 意味が分からないわ」
白鶴仙人は難しい顔をしました。数字を知らない子どもにいきなり算術を教えるようなものでしたので、説明が困難なのでしょう。
「ともかく、強攻策を選ばなければ東へ向かわなければならないということですよね」
吉備太郎は難しいことを考えられる頭を持っていないので、このように単純に解釈しています。
それが吉備太郎の強みでもありました。思考が単純だからこそ、戦いでも迷わずに自分のできることを選ぶのです。
それは素早い速度で剣を振るう者にとっては得難い能力でもありました。
「そのとおりじゃ。三つの道の二つは東へ向かうのじゃ」
竹姫はどうして東へ向かわないといけないのか、考えましたが答えは見つかりませんでした。
「まあいいわ。吉備太郎、それでどれを選ぶ? どの道でも構わないわ」
吉備太郎はしばし考えましたが「まだ決めなくていいんじゃないか?」と答えを保留しました。
「あら。珍しいわ。いつもその場で決めていたじゃない」
「とりあえず近江へ向かう。それだけ分かればそれでいい。白鶴仙人さま、選択はこの場でしなくてよろしいのですね」
吉備太郎の言葉に白鶴仙人は頷きました。
「うむ。確かにお前の言うとおりじゃ。選択はいずれ迫られるが、今ではない」
吉備太郎は竹姫に言います。
「今日はもう遅い。明日近江へ行こう。それで大丈夫かい? 竹姫」
「ええ。あたしは大丈夫よ」
「ふむ。決まりじゃな。それではわしは帰る」
次の瞬間、白鶴仙人は煙のように消えてしまいました。
「白鶴仙人さま?」
「あー、気にしないでいいわ。いつも消えるのよ」
呆れた顔の竹姫に唖然とする吉備太郎。
「なんと面妖な……」
それから吉備太郎は竹姫が呪術で創った家で休むことにしました。
竹姫も一緒の家で休んでいます。
「吉備太郎、あなたにはもう一つ話しておかないといけないことがあるわ」
竹姫は真剣な表情で吉備太郎を見つめます。
「話しておかないといけないこと?」
不思議そうに見つめる吉備太郎に、竹姫は語り出しました。
「どうやってあたしが京から逃げ出したのか。知りたくない?」
吉備太郎は今更ながら気づきました。呪術が使えるからといっても、十才である竹姫に鬼から逃れられることは叶わないでしょう。
「京の都が滅ぼされた日、あたしは吉平の屋敷に居たわ」
竹姫は淡々と事実を述べました。
「蒼龍と益体のないことを話していたとき、突然蒼龍が立ち上がって言ったのよ。『早く逃げてください! 鬼が迫ってきてます!』ってね。あたしは半信半疑で都から出てるとすぐに火の手が上がったわ」
吉備太郎は燃え尽きた吉平の屋敷を思いだしました。
「あのとき、蒼龍が言わなかったら、あたしは鬼に殺されていた。だから吉平は命の恩人なのよ」
そして吉備太郎に問いかけます。
「今でも吉平のことは友人だと思っている?」
吉備太郎は躊躇なく答えます。
「ああ。大切な友人だよ」




