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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
四章 流亡

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友人のために頭を下げる

 実を言うと、吉備太郎は貴族や官位についてあまり詳しくありませんでしたが、それでも匂宮右大臣だけは話に聞いたことがありました。

 それは鷲山中納言に呼び出された後の帰る道中、牛車の中で話題になったのでした。


「なんなのあの中納言は! 人を道具としか思ってないの!?」


 憤慨する竹姫に吉平は「貴族ってそういうものだから」となだめます。


「それでも貴族の中ではマシなほうさ。酷い場合だと屋敷に上げてもらえない。庭先でああしろこうしろと偉そうに言われる」

「あなたも貴族じゃないの?」

「俺は官位が低いからなあ」


 竹姫は「官位ってそんなに大事なわけ?」と文句を言います。


「同じ人間じゃないの!」


 吉備太郎と竹姫は気づきませんでしたが、その一言に吉平は顔を歪ませました。

 しかしすぐさま平静を装って笑いました。


「貴族ははっきり言って庶民を見下しているから。仕方がないことだよ」


 吉備太郎は耳を傾けていましたが、口を挟むことはしませんでした。それよりも茨木童子との戦いのことで頭は一杯でした。


「まともな貴族はいないわけ?」

「まともな貴族なんて言葉、存在しないよ。木製の鉄のようなものだ。でも強いて挙げるなら匂宮右大臣かな」


 吉平は笑いながら語り出します。


「右府さまは貴族でも珍しい寛大なお方だ。もちろん能力はあるのだけれど、右大臣としての器ではないね」

「じゃあなんで右大臣をしているのよ」


 吉平は「血筋と人徳かな」と二つの理由を挙げます。


「血筋は説明するまでもないね。御上の親戚だから要職に就けているんだ」

「結局は血筋なのね」


 嫌そうな顔をする竹姫でした。


「人徳という面では、この人なら悪いようにしないだろうという安心感を持っていらっしゃる。それにどこかほっとけない感じもするんだ」

「いや国の要職に就いている人間がほっとけないってどうなのよ?」


 すると吉平は竹姫を意地悪そうな目で見ました。


「吉備太郎ちゃんと一緒だね。竹姫ちゃんはほっとけないから、こうして一緒に居るんだろう?」


 その言葉に竹姫は顔を真っ赤にして――


「うるさいわね! 馬鹿!」


 吉備太郎はどうして大声で罵倒するのか、意味が分かりませんでした。

 そんなわけで吉備太郎には右大臣の情報がありました。




「そういえば、吉平さんが話したような」


 自己紹介されて、思わず呟いた言葉に反応したのは、褐色の武者でした。


「……吉平? 安倍吉平のことか?」


 感嘆の目が次第に疑惑の目に変わっていきました。


「確か大江山合戦では協力して酒呑童子を倒したと聞く。あの謀反人の仲間なのか?」


 剣呑な雰囲気が部屋中を支配します。


「二人とも。落ち着きなさい」


 穏やかに右大臣は言いました。


「しかし、右府さま。安倍吉平の仲間なれば、この者も都の襲撃に関係しているはずです」


 枯れ木の武者はなおも追及しました。


「仲間だったけど、もう仲間ではないようだよ。私が訊いたから信用していい」


 二人は納得せずに疑問を投げかけようとしました。

 けれどそれは吉備太郎によって遮られてしまうのです。


「……私は吉平さんの仲間です」


 その言葉に三人とも驚きました。


「こやつ! やはり謀反人の――」


 褐色の武者が腰の刀に手をかけました。


「斬り捨ててくれるわ!」


 枯れ木の武者も同じく抜刀しようとしました――だけど動きを止めました。

 吉備太郎が頭を下げて平伏したからです。


「吉平さんは仲間です。でもどうして裏切ったのか、理由が分かりません。私も何が何やら分からないのです」


 床にぽたぽたと水滴が垂れました。


「もしも本当に吉平さんが裏切って都を滅茶苦茶にしたのなら、仲間として謝ります。友人として謝ります。謝っても許されることじゃないですが、これしか私にはできないのです。本当にごめんなさい」


 頭を擦り付けて謝罪する吉備太郎を見て、二人の武者から殺気が無くなっていきました。


「……お主が悪いわけがなかろうに」


 褐色の武者は吉備太郎を哀れに思いました。


「これで斬ってしまったら鬼畜生にも劣る」


 枯れ木の武者も同情を覚えました。


 右大臣はホッと安心して吉備太郎に「顔を上げなさい」と優しく言いました。


「君は強いだけではなく、優しいのだね」


 右大臣は大江山で名を上げた武者という印象を頭から捨て去りました。

 まだ幼くて性根の優しい子どもだと思いました。

 二人の武者も同様に、鬼を倒した者とはいえ、子どもに刀を向けようとしたことを恥じ入りました。


 吉備太郎が顔を上げると右大臣は「それで、何か報告はあるのかい?」と武者たちに訊ねます。


「鬼たちは都を焼き払った後、引き上げました。犠牲者は多数で、怪我人も大勢居ます」

「御上は無事だろうね」

「はい。いち早く鷲山中納言によって都から退避されてようです」


 鷲山中納言の名前が出ると右大臣は「ならば安心だ」とにっこり微笑みました。


 二人の武者は顔を見合わせました。


「意外ですね。鷲山中納言は信用ならないと言われると思いましたので」


 褐色の武者が悪名高い鷲山中納言のことを身分を省みずに悪く言うと右大臣は「あの人は御上に対しては忠誠心が高いからね」と言いました。


「彼なら御上を最大限安全に都から脱していただろう。そして扱いも丁重にしてくださるに決まっているからね」


 流石に右大臣は人を見る目があるのだと二人の武者は感心しました。


「それで、御上は大和に逃れられたのか? それとも近江へ?」

「大和のほうへ逃れたと噂されています」

「ならば近江のほうへ向かったな。噂は鷲山中納言の得意とする虚言だろう」


 右大臣は立ち上がり、武者たちに命じます。


「すぐさま支度を整えよ。近江へ向かい、御上と合流する」


 それから右大臣は吉備太郎に言いました。


「君はどうする? 一緒に近江へ向かうかい?」


 吉備太郎は思いもかけない言葉に驚きました。


 これからどうしたら良いのか、まったく分からずに迷っていたからです。

 鬼を滅ぼすという旅の目的は変わりありませんでしたが、導いてくれた吉平が居なくなってしまって、指針が無くなったのです。

 ここで吉備太郎は右大臣の誘いを受けることもできました。吉備太郎は大江山合戦で名を上げた武者ですので、悪いようにはされないでしょう。


 しかしながら、吉備太郎には心残りがありました。

 竹姫のことです。彼女の無事を確かめずには居られませんでした。


「私は、もう一人の友人を探しに行かないといけません」


 吉備太郎が断ると右大臣はあからさまにがっかりした顔を見せました。


「そうか。残念だね。君が来てくれたら百人力なのに」

「すみません。もしも友人が見つかったら近江へ行きます」


 それを聞いた右大臣は「本当かい?」と喜びました。


「いつでも待っているよ。まあ私たちがいつまでも近江に居るとは限らないが、もし間に合えば私の元へ訪ねてくれ」


 吉備太郎は頷きました。


「それで、どうやって友人を探すのかい?」


 右大臣の何気ない質問に答えようとしたとき、頭にある言葉が浮かび上がったのです。


『それでも離れるのなら、もう一度わしを訪ねよ。この山、礼智山に来ればわしに会えるじゃろうよ』


 それは礼智山に住む仙人、白鶴仙人の言葉でした。


「礼智山に行きます。もしかしたらそこに竹姫が居るかもしれない……」


 吉備太郎も立ち上がって右大臣に礼を述べました。


「ありがとうございました。この御恩は一生忘れません。私はこれより礼智山に向かいます。必ず御恩は返します」


 右大臣は「もう行くのかい?」と訊ねました。


「もう少し休んだらどうだい」 


  吉備太郎は頭を下げました。


「私の大切な友人が待っているかもしれません。急いで迎えに行きます」


 そう言って吉備太郎は足早に屋敷を後にしました。


 目指すは礼智山。


 白鶴仙人の元へ走り出します。


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