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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
四章 流亡

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推定だらけで断定はできないけど

 おじさんに連れられて、吉備太郎は都の郊外にある屋敷の前に来ました。

 吉平や鷲山中納言の屋敷と比べて豪華ではりませんが、吉備太郎は素朴な造りで良いなとぼんやり思っていました。

 何かを思わないと胸が張り裂けそうになるからです。

 竹姫と吉平の安否が知れない中、次にどうすれば良いのか、吉備太郎には分からなかったのです。


 屋敷の奥から出てきた侍女らしき者は「ご主人さま、都の様子はいかがでしたか?」と不安気に訊ねました。


「駄目だ。生き残っているものはいない」

「……そうですか。そちらの方は?」

「この子か。……君はかゆの準備を」


 侍女におじさんはやさしく言いました。


「かゆ、ですか?」

「この子は弱っている。だから何かを食べさせないと」


 侍女は真剣な顔になり「承知しました」と急ぎ足で屋敷に戻ります。

 おじさんは吉備太郎を気遣うように話しかけます。


「君にどんなツラいことがあったのかは分からない。けれど今だけはゆっくり休みなさい。君まで壊れることはないんだよ」


 吉備太郎は黙って頷きました。


 屋敷の一室に案内された吉備太郎に、すぐさまできたてのかゆが運ばれました。


「さあ。お食べ。まずは腹ごしらえだ」


 さじを手に取ったまま動けずに居た吉備太郎でしたが、おじさんの言葉でようやく口にかゆを運びます。


「――美味しい、です」


 吉備太郎の呟きにおじさんは嬉しそうに「そうか。良かった良かった」と笑いました。

 かゆを残さず食べ終えて、吉備太郎はすっかり話す気力を取り戻しました。


「ありがとうございます。なんとお礼を申したら良いのか……」

「いいんだ。それよりも訊きたいことが山ほどあるんだ」


 おじさんは柔和な瞳で見つめます。


「まず、君の名前はなんだい?」


 吉備太郎は何も考えずに正直に名乗りました。


「吉備太郎です」

「吉備太郎? まさか大江山の酒呑童子を討ち取った若武者、かな?」


 おじさんは驚きましたが吉備太郎のほうも驚きました。


「私のことを知っているのですか?」

「当然だとも。君は知らないのか? 都ではかなりの有名人だった」


 おじさんの「だった」という言葉は悲しみを帯びていました。


「そうですか……」

「もしかして、鬼が来たことを聞きつけて、都に来たのかい?」


 おじさんはどうやら都が襲われているとき、吉備太郎は不在であったと考えていました。

 それは間違いではないのですが、吉備太郎は質問に対して「それは違います」と否定しました。


「実は茨木童子を倒しに都を離れて、帰ってきたら、都が……」


 おじさんは怪訝な表情でさらに訊ねます。


「茨木童子? 大江山で倒したのではないのか?」


 吉備太郎はこれまでの経緯を話すことにしました。

 鷲山中納言に茨木童子を倒すように命令されたこと。

 吉平たちと協力して、茨木童子を倒したこと。

 とどめを刺そうとしたときに、悲しくておそろしい決断を迫られたこと。

 吉平との対決。そして起きると山吹の死体があったこと。

 元々説明するのが苦手な吉備太郎でしたが、おじさんは根気よく話を聞いてくれました。


「そうか。そのようなことが……」


 おじさんは顎に手を置いて、考え込んでしまいました。

 吉備太郎は次の言葉を待っていましたが、耐えきれなくなって訊いてしまいました。


「すみません。竹姫という娘と吉平さんの無事が分かりますか? 竹姫は私と一緒に居た十才くらいの少女で、吉平さんは――」

「うん。吉平くんの安否は確認できているよ。彼は無事だ」


 おじさんが遮るように言いましたが、そんなことはどうでもいいらしく吉備太郎は喜びました。


「良かった! それで今どこに――」


 次に居場所を訊こうとしたとき、おじさんの顔は暗く厳しいものになっていて、訊くことを戸惑ってしまいました。


「あのすみません。何かあったんですか?」


 質問に答えるべきか悩む表情を見せるおじさん。

 確かにこれから言う言葉は誰しも躊躇してしまいます。

 まさか、鬼を憎む武者の友人が――


「吉平くんは、鬼の味方になった」


 都を滅ぼした張本人であることを。


「えっ? 何を言っているんですか?」


 吉備太郎は頭が真っ白になりながらも訊くことはできました。


「鬼の味方になったって、嘘ですよね?」


 信じられない思いでおじさんに詰め寄る吉備太郎。


「嘘ではない。吉平くんが先頭に立ち、鬼共を導き、都を滅ぼしたんだ」

「そのような冗談――」

「冗談でそんなことが言えるかい?」

「どうして吉平さんが――」

「それは私が訊きたいくらいだよ」


 おじさんは少し考えて、吉備太郎に訊ねました。


「山吹――確か坂井家の人間だったな――の死体はどうなっていたんだい?」


 吉備太郎は質問の意図が分かりませんでしたが「どうにもなってませんけど」と答えました。


「本当にどうにもなっていなかったのかい」

「あの、意味が分からないんですけど」


 おじさんは悲しげに言いました。


「それじゃあ喰われていなかったんだね」


 吉備太郎は一瞬意味が分からず――次の瞬間、理解しました。


「なんで、鬼が殺したはずなのに、喰われていないんだ……?」


 そうなのです。鬼に殺されたのなら喰われているはずなのです。

 そしてあの場に居たのは吉備太郎を除いて――


「多分吉平くんが殺したんだね」


 吉備太郎は信じたくありませんでした。


 都を滅ぼした者が吉平であることも。

 山吹を殺した者も吉平であることも。

 何もかも信じられなかったのです。

 いや信じたくなかったのです。

 しかし――信じてしまう自分が居ました。


「どうして、山吹さんを殺めたんですか?」


 吉備太郎は縋る思いでおじさんに訊ねます。


「分からないけど、その女の子が関係しているかもしれない。他にも理由があるかもしれない。推定だらけで断定はできないけど、これだけは言える」


 おじさんはきっぱりと言いました。


「吉平くんは鬼の味方で君の敵だ。それは揺るぎの無い真実だよ」


 未だ十五才の吉備太郎には重過ぎる真実でした。もはや何を信じればよいのか分からなくなりました。

 吉備太郎は吉平のことを思います。

 優しくて頼りがいがあって、どんなときでも味方になってくれた吉平。

 そんな彼が敵に回ったと考えるだけで混乱してしまいます。

 おじさんはそんな吉備太郎に声をかけようとしました。


「右府さま! いらっしゃいますか!?」


 どたどたと足音が二つ、屋敷の中に響き渡りました。

 そしてがらりとふすまが開けられました。


「おお、右府さま、ここにいらしましたか」


 一人は褐色の背の低い中年の武者。

 もう一人は枯れ木のように痩せた武者。

 二人とも血相を変えて入ってきました。


「おお、二人とも無事だったのか」


 おじさんは喜びましたが、褐色の武者は大声で諌めました。


「右府さま、何ゆえ一人で都へ行かれたのですか! 鬼共が未だ居るやもしれぬのに!」


 するとおじさんは困った表情で弁解します。


「いや、その、自分の目で見たくてな」

「何をのん気なことを言っておられるのですか! このようなときに!」


 褐色の武者がなおも言おうとしたとき、枯れ木の武者は「そちらの小僧は何者ですか?」と訊ねます。


「おお、こちらは吉備太郎くんだ」


 おじさんが紹介すると武者たちが感嘆の目で吉備太郎を眺めます。


「おお、あの鬼殺しの……」

「酒呑童子を斬った若武者か」


 吉備太郎はおじさんに「あなたは何者ですか?」と今更なことを訊ねました。


「自己紹介がまだだったね」


 おじさんはにっこりと笑って言いました。


「私は匂宮基篤。右大臣をやっているよ」


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