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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
三章 茨木童子と安倍吉平

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二人の決断

 鬼妊薬。その言葉を聞いてすぐに反応したのは吉平でした。


「なんだと……? 鬼妊薬を……?」


 茫然とした顔で茨木童子を見つめる吉平。

 対して茨木童子は余裕を取り戻していました。


「そうだ。てめえらが救おうとしていた小娘は兄弟の鬼妊薬を飲んだ。その意味が分かるか?」


 吉備太郎は不安げに吉平を見つめます。


「吉平さん、こいつは何を言っているんですか? 鬼妊薬ってなんなんですか?」


 吉平は唇を噛み締め、苦々しげに呟きます。


「鬼妊薬。鬼の魂を呪術によって封じ込めたものだ。それを飲んだ女性は魂を封じ込めた鬼の子を宿すという――」


 吉備太郎はハッとして娘を見ます。

 こんな小さな子どもに、鬼の子が宿っている。そう考えるとおぞましく思えます。


「なんと面妖な……」

「茨木童子、何故そんなことをしたんだ!」


 吉平は茨木童子に食ってかかりました。


「保険だよ。万が一俺が負けてしまった場合、てめえらが苦しむようにな」


 茨木童子が最初に娘を殺そうとしたのは演技でした。そうすることで娘を助けないといけないと思わせることが目的だったのです。


 人間は助けた人間を見殺しにできないと鬼は考えました。


「さあ。どうする? その小娘を殺すのか? 生かして兄弟の子を産ませるのか?」


 選択を迫られました。

 殺せば罪もない娘を死なせることになり。

 生かせば鬼が新たに産まれてしまいます。

 どちらを選んでも人の道を外れることになります。


 吉平は降り続ける雨の中、思いを巡らせました。

 自分の出生のこともよぎりました。

 これからの対応も考えました。

 そして出した結論は娘を生かすことでした。


「吉備太郎ちゃん――」


 吉平は吉備太郎なら生かす道を選ぶだろうと思って、声をかけました。


「この子を生かそう――」


「駄目です。それは」


 吉備太郎の言葉に予想もできなかった吉平でしたが、吉備太郎のほうは既に覚悟を決めていました。

 覚悟とは――殺す覚悟。


「吉平さん、この子はここで殺すべきです。鬼が産まれる前に、今ここで」


 暗くなった雨空に再び雷が鳴りました。

 光と共に浮かび上がったのは、吉備太郎の冷たい顔でした。


「き、吉備太郎ちゃん? 正気なのかい?」


 吉平は信じられない思いで、吉備太郎を見つめました。


「鬼は一人残らず殺す。殺さないといけないんです」


 ぶつぶつと独り言を言って、娘に近づく吉備太郎を吉平はかける言葉はありませんでした。

 だから、肩を掴んで止めました。


「放してください。吉平さん」

「駄目だ。殺すのは間違っている」


 吉平は力を込めて、吉備太郎を制します。


「いくらなんでもやりすぎだ。殺さないでくれ。今方法を考えるから――」

「方法なんてありませんよ」


 吉備太郎は吉平のほうを振り向きます。

 ゾッとするような冷たい目でした。


「生かしてどうするんですか。どう解決できるんですか。まさか鬼妊薬を無効にできる呪術でもあるんですか?」

「……残念ながら、それはない」

「だったら――」

「それでも殺さない」


 吉平は吉備太郎を見据えます。


「何の罪もない子どもを殺すのか、吉備太郎ちゃん。それで竹姫ちゃんに胸張って誇れるのか?」


 竹姫という名前に吉備太郎は悲しそうな目で「幻滅されるでしょうね」と答えます。


「それでも私は殺します」

「なんでそんなに頑ななんだ! 一体どうしちゃったんだ!」


 吉備太郎に向けて大声で主張する吉平に対して――


「なら素直に産ませればいいのか!?」


 とうとう我慢できなくなったのは吉備太郎のほうでした。


「この子を生かしておけば鬼は産まれてしまう。それは絶対に避けなければならない。百歩譲って、鬼の子どもを産ませて、その子を殺せば問題ないですよ。でも、そしたら吉平さんはこう言うでしょう。『罪もない子どもを殺す気か』と」


 グッと言葉に詰まってしまう吉平。


「結果として鬼の子が人間に復讐するかもしれない。しかし子どもの父親を殺したのは私だ。人間が殺したんだ。私のみに復讐すれば良いが、他の人間を殺すことになったら? 復讐とは関係なしに人間を殺したら? 誰が責任を取るんですか!」


 吉平は「だからといって殺すことが正しいとは思えない!」と反論します。


「親が鬼だからとしても、その子が悪になるとは限らない! 少しでも善意があれば人として生きていける。半分は人間だからな。その可能性はあるんだ!」

「そんなのはまやかしだ! ありえない!」


 吉備太郎は意図しないことですが、吉平の心の傷を抉ってしまう言葉を口にしてしまいました。

 もしもここでそんなことを言わなければ、二人は友人として共に鬼退治ができたでしょう。

 しかし口から出てしまった言葉は、もう二度と無かったことにはできないのです。

 どんな呪術でもできはしないのです。


「鬼の子どもは鬼に決まっている! 汚れた血は絶やさないといけないんだ!」


 吉平は、友人だと思っていた吉備太郎から出た言葉が信じられませんでした。


「き、吉備太郎ちゃん、君も奴らと同じことを言うのかい?」


 吉備太郎は吉平が何を言っているのか分かりませんでした。

 ただ様子がおかしく、小刻みに震えています。目は見開き、何もかも信じられないといった表情でした。


「吉平さん?」

「そうか。君も同じだ……奴らと同じ、人間だったんだ……!」


 吉平は肩に置いた手を放しました。


「所詮、人間には気持ちは分からないか」


 吉平の目に涙が浮かびました。


 何故泣いているのか、吉備太郎には皆目見当がつきませんでした。


「吉平――」


 問いかけていた、そのときでした。


 吉平は吉備太郎を睨み、呪術を行使しました。

 ばあんという爆発と共に吉備太郎の身体は後方に吹き飛びました。


「な、何を――」

「せっかく友人になれたと思ったのに、残念だよ」


 吉平は娘のそばによって、呪術で淡い緑色の泡のようなもの――結界を作りました。


「吉備太郎ちゃん、俺は君を殺したくない」


 吉備太郎が立ち上がると吉平は大声で言いました。


「だから、退いてくれ。そのまま都に帰ってくれ。そうすれば、俺は君を殺さずにいられるんだ」


 吉平の目に溜まっていた涙が零れました。


「こちらの台詞ですよ、吉平さん」


 吉備太郎は吉平に向けて叫びます。


「どうして、そんなに庇うんですか!」

「この子は、この鬼の子は俺なんだ! 俺と一緒なんだ!」


 吉平は泣いていました。


「俺も半々妖、化け狐の血を引いたものとして分かるんだ! この子は人間に恨まれるだろう。差別されるだろう。産まれて来なかったら良かったと後悔するだろう! それでも、この子が生まれてはいけない理由にならないんだ! だって、命は平等だから!」


 吉備太郎はそれを聞いて、もう戦いは避けられないと悟りました。

 知らず知らずのうちに涙が零れました。


「間違っています。そんなのは間違っている! 鬼は人を喰らうんですよ! いつか必ず人を殺してしまうんですよ! それでも良いんですか!?」


 最後の話し合いでした。


 でも二人は既に決まっていました。

 自らの考えを変えないことに。


 降り注ぐ豪雨。

 鳴り響く雷。

 友人だった二人は自分の守りたいもののため、殺し合いをすることになります。


「絶対に殺させないぞ! この子だけは殺させない!」


 都を守る陰陽師。その彼が今は鬼を孕んだ子どもを守るために友人に対峙します。


「殺さなきゃいけないんだ! そこをどけぇええええ!」


 稀代の武者、吉備太郎は鬼ではなく罪も無い子どもを殺すために友人と対峙します。


 二人の影が重なるとき。


 二人の道が分かれることになるのです。


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