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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
三章 茨木童子と安倍吉平

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鷲山中納言

 朝早くから吉備太郎が屋敷の庭で虎秋と剣術の稽古をしているときでした。


「吉備太郎ちゃん、中納言さまの屋敷に行かないかい?」


 振り返ると吉平はいつもの狩衣ではなく、正装をしていました。


「中納言さま? それって誰ですか?」


 吉備太郎が訊ねると「鷲山中納言さま。俺より偉い人さ」と答えにならないことを言いました。


「それで、その偉い人が吉備太郎に何の用なのよ?」


 近くで吉備太郎の稽古を見ていた竹姫が怪訝そうに訊ねました。


「今日、文が来てね。何でも大江山での戦いで活躍した武者を一目みたいとのご所望なんだ」

「なにそれ。まるで吉備太郎が珍獣みたいじゃないの」


 不満そうに言う竹姫に対して吉備太郎は「別にいいですよ」と承諾しました。


「吉備太郎、あんた簡単に頷いてどうするのよ?」

「人と会うだけだろう? 変なことにはならないさ」


 吉備太郎は楽観的なのかもしれません。いや、鬼以外の事柄は無頓着なのです。


「ありがとう。それじゃあ準備してくれ」


 吉平は式神に吉備太郎の具足を持たせて差し出しました。


「鎧を着ていくんですか」

「中納言さまは武者が見たいらしいんだ」


 よく分からないまま、吉備太郎は具足を身につけました。


「竹姫ちゃんも来るかい?」


 どうせ断るだろうなと吉平は思いましたが一応声をかけてみました。


「いや、あたしは――」


 そう言いかけて、言葉を止める竹姫。そして彼女は答えます。


「やっぱりあたしも行くわ」


 吉平は驚きました。面倒なことを嫌がる性格だと思っていたからです。


「うん? どういう風の吹き回しだい? 呼び出しなんて偉そうだって考えると思ってたのに」

「あたしもそう思うけど、何か――」


 嫌な予感がすると言いかけましたが、直前でやめて「ただの気まぐれよ」と誤魔化しました。


「ふうん。まあいいや。じゃあ竹姫ちゃんも準備して。綺麗な着物を用意するから」


 吉平は気にかかりましたが、追求するのも良くないと思ったのか、やめることにしました。

 こうして準備が整った三人は牛車で中納言の屋敷に向かいます。




 牛車内で竹姫は吉平に訊ねます。


「中納言さまってどんな人なのよ?」

「そうだな。頭は切れるが良いことに用いない人だ。あと太ってる」


 竹姫は太ってるという部分を無視して「良いことに用いないって意味が分からないんだけど」と訊き返します。


「いつも悪巧みをしている。都で起こる陰謀やら策略の黒幕は鷲山中納言さまであると噂されるほどだ」


 聞いているかぎりはあまりよろしくない人物であり、人格であると思われます。


「そんな悪名高い人間のところに行くわけ? なんか嫌だなあ」


 竹姫が嫌そうな顔をすると吉平は苦笑いをしました。


「まあね。人格者でないのは確かだが、あの方のおそろしいところは貴族であり続けることだね」


 吉平の言葉に吉備太郎は疑問に思います。


「貴族であり続けることですか?」

「ああ。醜聞の多い人物でありながら罪人として訴えられることがないんだ」


 罪人と聞いて竹姫はぴくりと反応しました。


「陰謀家で策略家な中納言さまは人に恨まれているが、訴えられることはないんだ。それは他の貴族の弱みを握っているからかもしれない。でも一番の理由は陰謀に証拠がないから関わっていないとされていることかな」


 吉備太郎は「証拠もないのに噂はあるんですよね」と訊ねました。


「そこが不思議なんだよ。噂があるけど真偽は明らかではない。それに加えて出世もしている。どうしてだろうね」


 笑っている吉平でしたが、竹姫は不気味に思いました。

 そんな陰謀と策略に満ちた人物に吉備太郎を会わせていいのかと心の中で思っていました。


 牛車が停まり、下男の式神が「到着しました」と報告をしました。


「お、到着したか。降りよう」


 吉備太郎たちが降りると、そこには吉平の屋敷よりも豪華な屋敷がありました。


 美に疎い吉備太郎はともかく、感受性の豊かな竹姫は「悪趣味だわ」と思ったそうです。

 わざと不協和音を奏でているような配置の木々や池の石。そして屋敷の構造。


「ぬう! 貴様、あのときの!」


 中納言の屋敷の下男たちが騒ぎ出しました。


「うん? ああ、あのときの」


 吉備太郎は思い出しました。病気の子どもを庇う母親を斬ろうとした下男たち。


「貴様、何故ここに!」

「私は鷲山中納言さまに呼ばれて参ったのだ。それが何か?」


 下男たちはせせら笑いました。


「お前が中納言さまに呼ばれただと? ふざけるのも大概にしろ!」


 下男が吉備太郎に詰め寄ろうとしたときでした。


「ふざけてないよ。吉備太郎ちゃんは中納言さまに呼ばれたんだ」


 牛車から出てきた吉平が下男たちに言います。下男たちは驚愕の表情をしました。


「なんですと!? 安倍さま、何故このような子どもと――」

「うん? 君は今、俺の友達を『このような子ども』って言ったのかな?」


 吉平はニコニコと笑っていますが目は笑っていません。


「いえ、そのようなことは!」

「じゃあ謝ってくれるかな。吉備太郎ちゃんに。今までの非礼を含めて」


 下男たちは一斉に伏せて「申し訳ございませんでした」と吉備太郎に謝りました。


「吉備太郎ちゃん。これで勘弁してくれるかな」

「私は別に――」


 吉備太郎が言い終わらないうちに、屋敷からぬっと出てきた人が居ました。


「吉平殿。貴殿は何をしているのだ?」


 ずっくりと太った身体の貴族の正装をした初老の男性が現れました。

 顔は陰険かつ意地の悪いもので、竹姫は一目見て「嫌な人だわ」と思いました。


「おお。中納言さま。実は俺の――」

「よい。その子どもの顔を見た瞬間、全て把握しておるわ」


 貴族にとってはつまらないことである数日前の諍いを覚えているだけではなく、当事者の顔まで覚えているとは、素晴らしい記憶力だと言わねばなりません。


「下男たちは反省しておる。それに私の牛車を停めた罪は不問とする。それで良いな」


 中納言は「そこの三人、着いて参れ」と偉そうに言って、屋敷の奥へ行きます。


 竹姫は「なんなのこの人」と憤り。

 吉平は「相変わらずだな」と呆れ。

 吉備太郎は「あれが中納言か」と特に何も思いませんでした。


 下女に案内されて通されたのは、周りを障子で閉ざされた部屋でした。


「こちらでございます」


 下女が障子を開けると、そこには中納言が座っているだけではなく――


「山吹! なんでお前が!?」

「吉平! なんで貴様が!?」


 同時に驚きを表したのは吉平と山吹でした。


「吉備太郎、誰よあの人」


 山吹とは初対面である竹姫がひそひそ声で吉備太郎に訊ねます。


「坂井山吹。大江山での戦いで戦死した征鬼大将軍の娘だよ。前に話しただろう」


 吉備太郎もひそひそ声で返します。


「なんでと言われたら、俺は中納言さまに呼ばれて来たんだ」

「我もだ。中納言さまに今朝、文を頂戴したのだ」


 二人が詳しく話そうとすると中納言は「要するに二人を呼び寄せたのは私だ」となんでもないように言いました。


「二人と鬼を討ち取った武者に話があって、呼び寄せた。その娘は知らんがな」


 ぞんざいに扱われた竹姫はむっとしましたが、文句は言いませんでした。


「それで、何故我々をこの場に呼び寄せたのですか?」


 吉平は座りながら訊ねると中納言は「単刀直入に言うが」と冷やかな目を向けます。


「貴殿は茨木童子と熊童子を討ち取っておらぬだろう。その責を負ってもらおうと思ってな」


 吉平はまずいという表情をしました。


「いえそれは――」

「言い訳は良い。それより私の話を聞け」


 中納言は一同に言いました。


「ここに居る者だけで茨木童子を討ってほしい。用件はそれだけだ」


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