終戦処理
鬼の根城の奥には牢屋があり、大江山の周辺から攫われた村人たちが収容されていました。おそらく『食糧』もしくは『非常食』として捕まっていたのでしょう。
ろくな食事も与えられていないせいか、彼は飢えていました。武者たちが現れたことにも反応しませんでした。意識が朦朧として、考えることもできないようでした。
「運搬部隊に連絡して、食事の準備を。かなりの人数だ。食糧の半分を使え」
吉平は武者たちに指示をします。本来ならば命令する立場ではありませんが、戦いで活躍したこと、武者たちは戦うことすらできなかったことから、上下関係ができてしまいました。
「はい。分かりました」
「ああ、それと食事はかゆにしてくれ。できる限り食べやすくしないといけないからな」
吉平は知りませんでしたが、飢えた人間に握り飯を与えると空腹のあまり勢いに任せて食べてしまい、胃痙攣を起こして亡くなってしまう場合もありました。
村人に食事を与えた後、吉平は山吹のほうへ向かいました。
彼女は戦いが行なわれた広間でぶつぶつと呟きながら膝を抱えて放心していました。
「山吹。お前、大丈夫か?」
吉平はこんな山吹を見るのは初めてだと思いました。それは怒りよりも悲しみと苦しみが勝っていたからでしょう。
「……大丈夫なわけ、ないだろう」
山吹は吉平の言葉に反応しました。
「我のせいで、父上は死んだのだ……」
「…………」
そんなことはないと吉平は言いかけましたが、何の慰めにもならないと悟りました。
本人がそう思い込んでしまったら、誰も考えを変えることはできません。
「酒呑童子に向かわなければ、父上は我を庇って、死ぬことはなかっただろう」
「……そう考えるな。定森さまはお前を助けるために――」
「違うんだ! 吉平、違うんだ……」
山吹は顔を上げました。顔中に涙が流れて、ぐちゃぐちゃになっていました。
「父上は我に言ったのだ。足手まといになるから、連れて行かないと。実際、我は足手まといになってしまった。結果、父上は死んでしまった。それがたまらなく悔しくて悲しくて、自分に怒りを感じる……」
後悔の念にかられている山吹に吉平は同情を覚えました。
しかし吉平には慰めることができませんでした。それは自身が半々妖であることも起因しています。鬼と同じ魔の者である自分がどうして声をかけることができるのでしょうか。
山吹に声をかけられる者は同じ境遇の人間しか居ません。
それは――
「山吹さん、それは違いますよ」
広間に通じる門が開き、現れたのは吉備太郎でした。
吉備太郎はいまだに暗い表情であり、顔色もかなり悪いのでした。
「違うだと……慰めならいらない――」
「あなたを連れてきたのは間違いではありませんよ」
吉備太郎は山吹を遮って話を続けます。
「あなたが居なければ私は最初の鬼に殺されていた。そして私が殺されていたら、酒呑童子を殺すことはできなかったでしょう」
「…………」
「もちろん、私が居なくても他の武者たちが酒呑童子を討ち取っていたでしょう。でも犠牲は出ていたはずです。定森さま以外の犠牲が」
「それを支えにしろと? 結局、我が殺したのと変わりはない」
「殺したのは酒呑童子です。あなたではない。責任を感じる必要もない」
そして吉備太郎は山吹に言いました。
「あなたを連れて行く判断を最後にしたのは定森さまです。そして自分の命に代えてあなたを守ったのも定森さまです。それのどこに責任を感じることがあるのですか」
「貴様は、それを認めろと言うのか? 責任は全て父上にあると?」
山吹の目が後悔から怒りに変わっていきます。まるで父親を侮辱された気分になってしまったからです。
「もしもあなたが責任を感じるのであれば、それは自らの弱さを悔やむべきだ」
残酷なことを平然と述べる吉備太郎に吉平は冷や汗をかきました。これで怒りを助長させたら、どんなことが起こるのか分かってしまったからです。
「なんだと!? 我が弱いだと!?」
山吹は怒り心頭に発して、傍らに置いてある薙刀に手を伸ばしました。今にも斬りかかりそうでした。
「そうでしょう。父親の仇を取ることもせずに泣いてばかりいるなんて弱すぎます」
吉備太郎には特別な感情はありませんでした。ただ自分の思っていることを述べているのに過ぎませんでした。
「父上の仇は貴様が討ち取ったではないか! 一体誰を仇とすればいいのだ!」
山吹は立ち上がり、吉備太郎に問います。
「決まってるじゃないですか」
吉備太郎は真っ直ぐ山吹の目を見つめました。曇りの無い純粋な目でした。
「鬼の大親分ですよ。酒呑童子の上に立つ、鬼の大将です」
吉平はそういえばと思い出します。酒呑童子が何度か口走った『大親分』の言葉を。
「私は誓ったのです。鬼を滅ぼすと。山吹さん、私に力を貸してください」
頭を下げる吉備太郎に山吹は「何故だ? 何故そこまで鬼を恨む?」と訊ねます。
「貴様は子どもだろう? 親兄弟は何も言わないのか? 何がそこまで貴様を駆り立てる?」
吉備太郎の過去を知らない山吹は疑問に思いました。
「鬼に全てを奪われたのです。両親も友人も故郷も。全てを奪われてしまったのです」
山吹はようやく、吉備太郎が鬼に拘り、鬼を憎んでいたのか知りました。
「まさか、まことのことなのか?」
驚愕する山吹に吉備太郎は黙って頷きました。
山吹は吉平に信じられないといった顔で確認を取ります。
「そうだよ。吉備太郎ちゃんは伊予之二名島の生き残りだよ」
山吹は吉備太郎に何かを言おうとしました。
けれどそれを妨げることが起こったのです。
「ふざけるな! 母さんと父さんを返せ!」
吉備太郎が入ってきた際、門はきちんと閉まっていませんでした。牢屋があった場所から、次々と怒声が聞こえます。
「何かあったみたいだ。二人とも来てくれるか?」
吉平は二人に頼んで騒ぎになっているところへ向かいます。
牢屋の前で悶着を起こしていたのは、助けたはずの村人でした。
いえ、竹姫と同じくらいの年齢の子どもでした。周りの大人たちは止めようとせず、一様に武者たちを睨んでいます。
「何事だ! なんだこの騒ぎは!」
「吉平さま。この子どもが騒いでおりまして――」
ボロボロになった着物を着ている女の子は吉平をキッと睨みます。
「あんただな。この役立たずの大将は!」
いきなり役立たずと罵られて目を丸くする吉平。続けて女の子は言います。
「あんたたちが早く助けてくれなかったから、母さんと父さんは死んでしまったんだ!」
三人はここでようやく状況が飲み込めました。助かった村人たちは安堵ではなく不満で一杯でした。人間腹を満たせば思考が回復します。この場合は悪い思考で考えてしまったのでしょう。
「あんたたちが遅いせいで、目の前で母さんは喰われて死んでしまった! 父さんはそれを助けようと必死で叫んだら、虫けらのように殺されてしまったんだ!」
女の子は十にも満たさないうちに地獄を見たのでした。
「返せ! うちの家族を返せ! なんでもっと早く来てくれなかった! この役立たず! 恥知らず!」
思いつくかぎりの罵声を浴びせる女の子に誰も何も言えませんでした。
村人たちも怒りが高まっています。暴動が起きても不思議ではありませんでした。
吉備太郎はどうしたものかと考えていました。女の子の気持ちは分かるけど、どうしていいのか分からないのです。
「――ごめんなさい」
女の子の罵声が止まりました。
何故なら、山吹が女の子を抱きしめたからです。
「な、何をしてる――」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
戸惑う女の子に山吹は謝ることしかできませんでした。
「我らが早く来ていれば、そのようなことはさせなかった。本当にごめんなさい……!」
女の子を抱きしめながら山吹は泣きました。
「そ、そんな、ことされたら、うちも泣いて、しまう、じゃない……」
女の子も抱きしめられながら泣いてしまいました。
周りの武者たちは泣かないように必死に堪えていました。
村人たちは気まずく思いました。助けてくれた武者に対する対応ではなかったからです。
こうして大江山合戦は終結しました。
武者の犠牲者は四人。
村人の犠牲者は百を越えました。
傍から見れば大勝と言って良い戦果ですが、こちらは大将を討たれてしまったので、痛み分けと言うのが正しいでしょう。
吉備太郎はこの合戦で大いに名声を得ることになるのです。
同時にそれが吉備太郎にさらなる苦難を与えることになるのでした。




