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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
二章 大江山合戦

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大江山合戦の開始

「親分、ただいま戻りました」

「おお、鬼平太。おめえどこに行ってた?」

「へえ。ちょっとその辺をうろうろと。それより親分、上物の酒が手に入りましたぜ」

「酒だと!? でかした鬼平太! どこのもんだ?」

「いえ、それが運んでた人間を皆殺しにしちまったもんで。どこのもんだか……」

「ふん。まあいい。それより味見をさせろ……こ、こりゃ上物だ! よくやった鬼平太! おいお前ら! 今日は酒盛りだ!」

「うおおお! ありがてえ!」

「鬼平太、お前も飲め! こんな酒初めてだ。長年生きているが一等かもしれん」

「親分、俺は運んでいる奴らがまだ居るか探してきますよ。親分が気に入ってくれたなら、もっと奪ってきます」

「ほう。見上げた心がけだな」

「それより、酒盛りというのにここには人数が足りませんね」

「ああ、茨木と熊のやつは出かけているぜ。大親分に呼ばれたみたいだ」

「いつお戻りで?」

「さあな。多分三日後ぐらいじゃねえか? おめえなんでそんなことを訊くんだ?」

「そりゃあ……親分が全部飲んじまったら、二人に申し訳ねえなあって」

「あぁん? おめえいつからそんなに気を使うようになっちまったんだ?」

「だってよ、こんな上物の酒をみんなに飲ませたいってのが――」

「構うことねえよ。少しは残してやらあ」

「そうですか。では俺はまた探してきます」

「おう。ついでに人間を二、三匹攫ってきてくれ。つまみにするからよ」

「……へえ。お任せください」


 以上が式神を通して行なった、死体と成り果てた鬼平太と、大江山に住み近隣の村々を襲い続ける元凶であり、鬼の首領である酒呑童子との会話でした。


「なんとか飲ませることに成功したよ」


 吉平は額に浮かんだ汗を拭いつつ、吉備太郎に言いました。死体を動かすのも疲れますが、鬼のような巨体で、しかも会話までするとなると多大な集中力を必要とするのです。


「そうですか……鬼は何をしていますか?」


 吉備太郎の質問に吉平は「ちょっと待ってくれ」と式神の準備をします。


「鼠の式神を送り込んでいる……今、あいつらは酒盛りの真っ最中だな。上座に酒呑童子、傍らには四天王の三匹、残りの六匹は下座で胡坐をかいて飲んでいるよ。それとあまり言いたくないが」


 そこで吉平は言葉を切りました。


「人間をつまみに飲んでいる。救いは死んでいることだな。流石に生きている人間をそのまま食べているところは見たくない」


 吉備太郎は眉間に皺を寄せました。


 日がとっくに暮れた晩。吉備太郎と吉平は大江山の麓、酒呑童子の住む根城近くに居ました。雑木林に隠れて様子を窺っています。

 定森や山吹、他の武者たちは吉備太郎たちと別の場所で待機しています。


「しかし茨木童子と熊童子が居ないのは予想外だったな」

「そいつらは何者ですか?」


 吉備太郎は話していないと鬼への怒りが勝って突撃しそうになりました。


「茨木童子は酒呑童子の右腕で、副首領だ。熊童子はさっき言った四天王の一匹。ああ、四天王は他に虎熊童子、星熊童子、金熊童子が居るんだ」

「たった十三匹しか居ないのに、五人も幹部が居るんですね」


 吉備太郎の指摘に吉平は笑いました。


「あるいはもっと増やすつもりだったのかもしれないね」

「もっと増やす? 鬼の数ですか?」


 あまり想像したくないことですが、たった十三匹の鬼で都の活気が無くなってしまうのです。後十匹も増えれば、都は滅んでしまうかもしれません。


「そうなる前にここを壊滅させる必要がある。鬼を全員皆殺しにする必要があるんだ」


 吉平は目を瞑って、意識を集中させています。鬼たちは上機嫌で酒盛りを続けています。


「そろそろ鬼に毒が回ってもおかしくないはずだが……」

「そういえば、どうやって鬼に効く毒を創りだしたんですか?」


 吉平は「鬼だけではないよ」と答えます。


「魔のものであれば必ず効く。たまたま鬼が相手だったから『神便鬼毒酒』なんだ」


 吉備太郎が続けて訊こうとしたときでした。


「――っ! 毒が効きだした! 鬼が苦しんでいる!」


 それを聞いた吉備太郎は「狼煙を上げますか」と準備をしました。


「ああ、全員口から泡を吹いている。成功だ。すぐに狼煙を上げてくれ!」


 吉備太郎は火種を草木に投げ入れ、火打ち石で火を点けました。

 白い煙が星空の輝く夜空にたなびきます。


「声を上げるな。迅速に進入して鬼どもを打ち滅ぼすぞ」


 定森は武者たちにそう厳命して、大江山の根城に入りました。

 それを確認した吉平は吉備太郎に言います。


「よし。俺たちも行こう」

「……はい。分かりました」


 吉備太郎は目を閉じてから、再び開き、吉平に続いて大江山の根城に向かいます。


 吉備太郎の心には迷いがありませんでした。

 それに加えて覚悟もありました。

 しかしそれは自分が死ぬ覚悟だったのです。

 だから、これから起こることが吉備太郎の心を傷つけることになるのです。


 根城に入ると、鬼の悪臭と人間の死臭が入り混じった独特の臭いがしました。

 気分の悪くなる二人でしたが、構うことなく先へ進んでいきます。

 流石に鬼が出入りする根城です。幅も高さが必要以上に大きく、五人が横一列に入っても十分なほどでした。

 これなら武者をもっと連れてくれば良かったと吉平は思いました。


 やがて、大きな門が二人の眼前に現れました。

 門は少し開いていて、中から人間と鬼の争う音が聞こえます。


「吉備太郎ちゃん、開けるけど大丈夫か?」


 吉平は最後に問いかけます。


「この門を開いたら引き返せない。まだ君は子どもだ。逃げてしまっても構わない」


 吉備太郎は笑おうとして、それは失敗して引きつった笑みを見せてしまいました。


「平気です。もう地獄は見ています」


 吉平は吉備太郎に頷いて、そして門を開けました。

 そして、そこには――


「父上! 今加勢します!」


 予想もできないことが起きていました。


「ぐぅうううう! この卑怯者めが!」


 大江山の鬼の首領、酒呑童子は毒にやられながらも生きていました。


 酒呑童子は一丈ほどの大きな鬼でした。目は鷹のように鋭く、口は頬が裂けていると見まがうほど大きく、威圧的で高圧的な姿をしていました。


 肌は紫色に変色していました。おそらく毒によって変質してしまったのでしょう。

 酒呑童子は武者たちを睨みつつ、自身の得物である金棒を杖にして立っています。

 他の鬼たちは倒れて動かないでいます。四天王たちですら、声も無く苦しんでいます。


「俺の可愛い同胞たちに何を盛った!」


 金棒を振り回して、武者たちに叩き込もうとしてますが、目測を誤り、なかなか当てられません。

 大半の武者たちはあまりに巨大な鬼をおそれて近づけませんでした。


 しかし征鬼大将軍の定森だけは果敢に攻めていました。

 自分の薙刀を振るい、酒呑童子と渡り合っています。

 山吹と勇気ある武者はなんとか加勢しようと試みます。


 定森と酒呑童子の戦いは激しさを増していました。


「うろちょろと――くたばれ人間がぁあ!」


 酒呑童子の一撃は外れましたが、その衝撃が地面を揺らし、定森にたたらを踏ませます。


「くっ――!」


 酒呑童子は体勢を崩した定森に金棒を振り落とそうとしました。


「父上! 今助太刀します!」


 山吹は酒呑童子の脇腹を薙刀で刺しました。

 深く刺さった薙刀。しかしなかなか抜けませんでした。


「女ぁああ! ようやってくれたなあ!」


 逆上した酒呑童子は、山吹に金棒を振り落としました。


「――あ」


 誰も逃れられないと思いました。


 ――しかし。


「あほんだらぁああ!」


 定森は山吹を突き飛ばしました。


「父上――」

「山吹、逃げ――」


 それが最期の言葉になりました。


 鬼の怪力と金棒の硬さは凄まじい一撃となり、定森を叩き潰してしまいました。


 飛び散る肉片と血。そして鈍い音。

 征鬼大将軍、坂井定森は娘を庇って死にました。


「あ、ああ――」


 山吹は自分の顔に付着した血を触りました。


「ああああああああああ!!」


 戦場でありながら、あろうことか山吹は放心してしまったのです。


「次は貴様だ! 小娘!」


 山吹に向けて金棒が振り落とされます。


 避けることなど、できませんでした。


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